第7話 天下五剣
ヌアザ達と別れ受付嬢の案内の元、二階へ渡る階段を登り切るとロビーに出る、しかしそれは一階のそれとは全く雰囲気が違って見えた。
例えば、それは一階の薄汚れた木目の床ではなく下がシックなレッドカーペットであったり。
例えば、それは一階の大衆酒場ではなくマスターが在中しているようなバーであったり。
例えば、そこに座っている冒険者達の歴戦の風格であったり。
それくらい二階と一階では、隔絶した差をイリウは感じていた。
そう、ここはギルド等級
だが、エトランゼと受付嬢は気にも止めずに三階へ続く階段に登ってしまう。
イリウも後に続き、三階に登ればそこはまた、二階とは打って変わって木目の内装に切り替わる。如何にも落ち着いた内装の事務所といった印象を受ける。
そんな廊下の奥には一目でそこがギルド長室だと分かる華美になり過ぎずも趣味の良い扉があった。
「会長、受付のシンディです。お話にあったエトランゼさんをお連れしました」
「おお、待っていたぞ。入れ入れ」
とっ受付嬢がノックをすれば中から野太い声が響き渡る。
受付嬢が扉を開けば、刈り上げられた青い髪に傷だらけの顔、そして何より左目の眼帯が特徴のガタイの良い男が質の良い椅子に座り、丁度何かの調印を済ませている所であった。
余りにも体が大きいためか男の身動ぎ一つで椅子がキィキィと悲鳴を上げている。
「すまねぇなエトランゼ、無理言ってよぉ。本部からのいきなりの緊急依頼でな、断りきれない依頼だった。……そんで後ろの嬢ちゃんが今回の依頼のエルフかい」
「そうだ…もう一人も居たんだがこいつを守るためにアレスに抱かれてヴァルハラへ旅立った」
その言葉にイリウは下を向かなかった。
イリウの中でそれは自分を戒める出来事であってもエリザの気高き生き様を損なわせる物では無かったから。
「それは……誉れ高き戦士だったのだろう。その偉大な勇士に黙祷をささげる」
そして男二人は黙祷を捧げる、それは傍目には祈りのように見えて…
イリウとシンディもその光景に自然と黙祷を捧げた。
そうして誰もが黙祷を解いたタイミングでギルド長が口を開いた。
「まぁ、湿っぽい話はこれっきりにしてよぉ。エルフの嬢ちゃんには自己紹介がまだだったな。俺はモナーク…モナーク・ルガルガンだ。北方支部のギルド長を任されてるんだが…これがどうにも合わなくてな、しかも中々に後任が見つからないってんで、仕方なくこの椅子に俺がふんぞり返ってるってわけだ…」
とっ軽口を交えながら椅子に深く座りなおす仕草をするモナーク。
「会長にはまだまだ働いて貰わないと困ります。今、北区で長官の影響力が無くなってしまうなんてトラブルの元ですから…最低でも後、10年は働いてもらいます」
とすかさず半目になりながらシンディが返し、モナークも何時も手厳しいなっと頭を掻いている。
状況を見るにモナークギルド長とシンディのやり取りはいつもの事なのだと思わせる気軽さがあった。
「んで、エルフの嬢ちゃんの名前は何て言うのかな?」
「イ、イリウです…」
机からズイっと身を乗り出し聞いてくるモナークに変な圧を感じながらイリウが答える。
モナークも"いい名前だねぇ"とっ本人は普通に笑っているつもりだろうが彫りが深い顔のせいで笑った時の影が微妙に怖い。
「会長、何時も言っていますが本当に気持ち悪いので笑うの辞めてもらいませんか?こんな幼気な少女を怖がらせてこの子が何をしたのか…!」
そんなギルド長の顔に怯えたのかヒッ!っと足元にしがみつくイリウをあやしながら毒を吐くシンディにそんな〜と50を越えようかというオヤジが本気で落ち込んでいる。
そんなやり取りが落ち着いた頃、エトランゼが今回の依頼であった一連の出来事をモーナクに報告する。
「カナンの民か…」
「聞いたことはあるか?」
「無いな。だが、少なくとも
とモナークが深刻そうに唸り。
「後から来た、重さを操る女は最低でも
それを補足するようにエトランゼが口を開いた。
「ごめん…話は聞いていたのだけれどさっきからソウイとかセキイって何の事を言ってるの?」
そんな、男二人の話を邪魔しないようにしていたのだがソウイなど分からない用語が出てきては流石に口を挟んでしまうイリウに、冒険者ギルドなど存在しないエルフの国の姫様ならしょうがないかと皆、顔を見合わせた。
「そうねぇ何処から説明しましょうか…」
とっ本職のシンディがイリウに目線を合わせ説明し始める。
男達もこれ幸いと口休めの為かティーカップなどを持ってきてはお茶の準備などを始め、淹れているのはギルド長でもあるモナークだった。
紅茶を淹れるのは完全にモナークの趣味であった。
「えっと、まずさっきの赤位や蒼位って言うのが何となく冒険者のランクって言うのは分かる?」
その問いに肯定を返すイリウ。
「それでその冒険者のランク分けって言うのが位階序列、つまり
「じゃあエト達が言ってた赤位って何番目なの」
と、言うイリウの問いかけにシンディは右上を見て脳内の記憶を漁るようにして。
「うーん、確か上から6番目くらいかしら」
「思ったより低い…」
「そんなこと無いわよ!だってそこに到れる人なんて本当に一部の人だけなんだから」
「まぁそーだなぁ。確か、王国の奴ら全員合わせたら10万人は冒険者は居るが赤位以上に行ってる奴らは5千人居るかいないかくらいじゃ無いか?上から6番目の位でそれって事だ十分すげーだろ」
そんな話を紅茶を飲みながら聞いているろくでなし二人組の片割れモナークが口を挟む。
「会長、何で貴方達だけで紅茶を嗜みながら優雅に聞いておられるのでしょうか?」
「い、いやお前達の分もちゃんと用事しているから…そ、そんなに睨むなよシンディちゃん」
流石ですねっと素知らぬ顔でカップを受け取るシンディとお礼をしながら受け取るイリウ。
特にイリウには熱いから気をつけろよっとデレデレの笑顔で渡すギルド長のモナーク、気持ち悪い…
「じゃあエトの階位はどれぐらいなの?」
とっ会長をスルーしつつ無駄に美味しい紅茶を飲みながらイリウは純粋に疑問に思った事を口にした。
その問いにエトランゼではなくモナークが代わりに答える。
「こいつは上から3番目、王都にも38人しかいない
ここは静謐であった…争いと言う物を知らず血と言う物を知らない潔癖と言われるまでに白く…
しかし今は二人、玉座腰掛ける己とリオナ戦役と言う混沌を共に歩いてきた友であり宰相でもある男が報告書の束を持って我が前に立っている。
「陛下、例のエルフがあのエトランゼと共に王都に入っておるとの情報が上がっておりますが…」
少しの間があって陛下が答える。
「ここには今は二人、昔のような荒々しい口調でも我は問題ないのだぞ」
この王にしては珍しい突拍子もない話題に内心驚きながらもそれをおくびにも出さず宰相は答える。
「若かりし頃の私の恥部です。宰相でもあるこの私があの頃の口調などを陛下にしては下に示しがつかなくなります故」
その言って宰相は苦笑を噛み殺し、反対に王は激動の、しかして青春を駆け抜けた遠い情景を瞳に湛えている。
きっと始まったらこんな軽口も言えなくなる。そんな予感を感じながらも先程の質問に王は答えた。
「
「聖堂協会からも電報があり既に協力する手筈は整えてるとの報告がありましたが」
「何とも、耳の速い事だな。好きに恩を売らせておけ、どうせそれどころでは無くなる」
その陛下の言葉に宰相は
だからつい言葉がでた。
「また、戦争になるでしょうか…」
王はその言葉に立ち上がりながら窓の方へ脚すすめながら答える。
「分からん、しかし私達が此処で食い止めねばならないことだけは確かなのだ。奴ら、カナンの民のな」
そう言ってリオナ戦役さえも乗り越えてきた我が城下町を見た、一瞬そこには弱々しい老人の姿が映って…だが次の瞬間には冷徹な老いを感じさせぬ王の顔があった。
時間は少しの巻き戻り北区のギルドハウス、その会長室に戻る。
紅茶も飲み終えたという頃、エトランゼは一通りの情報共有は済ませたと立ち上がる。
「最後にモナーク、聞きたいことがあるんだが、俺が聞きたいのは…」
「悪いがその問いには答えられねぇ」
その答えはギルド長がエトランゼに出来るギリギリの発言であった。
エトランゼの問いに被せられるようにして言った言葉はエトランゼ自身ある程度は予想していた事でもあった。
…それは、この依頼の出処。
両者の間に長い沈黙が降りる。
「……近頃王都がきなくせえ感じがする。離れるなら速いほうが良い、何か用事があるならな。…………守ると決めたなら死んでも守れ」
モナークはイリウを見つめ、再度エトランゼに視線を戻した。その視線は
「分かってる」
「…まぁオヤジの戯言だ。若者にはチョイと耳の痛てぇ話だったな」
ガハハと笑うモナークは先程の剣呑な雰囲気を感じさせない明るさがあった。
そして、"今回の報酬だ"と少なくない額の金貨の束が入った袋が置かれる。
「まぁ、今回は無理を言ったからな…俺からの餞別も入ってる。ガキは素直に受け取っとけ」
「助かる」
エトランゼは素直に袋を受け取り軽く礼を返し、イリウもそれが相場よりかなりの金貨が入っているのだろうことがわかり深くお辞儀を返した。
そんな感謝が恥ずかしいのか回転式の椅子でエトランゼ達から背を向け"早く行けっ馬鹿野郎共"と手をひらひらと降っている。そう言うモナークの耳は少し赤かった。
そんな会長の姿にシンディも苦笑いを隠しきれていない。
そうしてエトとイリウが会長室から出ようとした時、かなり急いでる様子のノックが響き、会長の了承を得ないままその扉は開かれる。
「メリィ何時も言っている事ですがノックは相手の…」
とシンディが苦言を訂そうと口を開いた所で…
「シンディさん今ぁそれ何処じゃないんですぅ〜!!会長、騎士団の方々がギルド一階のロビーに!!………エトランゼとその銀髪のエルフを差し出せと詰めかけて来てるんですぅ〜!」
その報告に立ち上がるモナーク。
「何!?速すぎる…おいエトランゼ!裏手に回って…」
「いい…世話になったなモナーク。…俺が話しをつける」
そう言うエトランゼの顔が余りにも凪いでいたから……モナークはもう何も言えなかった。
一階へ降りるエトランゼ一行。そこでは、いきなり入ってきた騎士団に"ここは冒険者の場所だ!なにデカい顔してやがる"と突っかかる冒険者とそれを強い口調で抑える騎士団でごった返している。
だがその喧騒もエトランゼには目に入らなかった何故ならその一番前…全ての空間から切り離されたかのような様な。白に近い長い金糸を煌めかせながらこの世の者とは思えぬ美貌を携えた女がその赤眼を光らせていたから。
「赤眼…」
イリウが畏怖を含みながらも言葉が漏れる。それも無理からぬ事だろう何故ならそれは神と袂を別れた源流を同じく持つ《《神人の証で》であったから。
そして冒険者も王国騎士団も対象のエトランゼと銀髪のエルフ、さらにギルド長のモナークさえ降りてきた為に自然と静かになる。
そして初めからそうであるかのように赤眼の女が美しい声を発する。
「久しいなエト」
それだけで空間は支配され誰も声を上げることは出来なかった。ただ一人を除いて…
「こんな所で、何の用だ?剣聖ともあろう女が」
そのぶっきらぼうな言葉に女は笑みを浮かべた…その笑みはただの一度も敗北を知らぬ気高き獅子を彷彿とさせる。
そう、この女は世界に名を轟かせる天下五剣の一人、剣聖の名を冠する者、神人。
最悪の剣聖…法を繰る者…神人…彼女を示す言葉は幾つもある…だが真っ先に彼女を形容する時、人々は畏怖と敬意と隔意を込めてこう呼んだ。
『美しきユースティティア』と…
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