王都カナディラル

第6話 なるべくして成るもの

 かくして3日の村人達との大所帯な旅も終わりが近づく。


 あれに見るはリオナ戦役にて半壊になりながらも乗り終えた城"エディンバラ"。


 首都人口400万人全てが仰ぎ見る、不屈を司る白亜の城である。


 そして王都の検問所の行列は凄まじく、エトランゼ一行もそんな行列に捕まっている所である。


 エトと村長達は王都に入ってこれからの事について話し合っている。

 

 村人達はなんでも、贔屓にしてもらっていた大商人の建材業者を頼るのだと言う。


「ねぇ、あれは何の串肉なの?」


 そんな中、行列に露店を開いている商人を指差し問いかけるイリウに目線を送るエトランゼ。


「あぁ、あれはドブネズミの串焼きだな、隣のやつはナガロムカデの煮込みだ。」


「ド、ドブっ…ムカッ……!」


「腹が減ったのか?…仕方ないな、ほら」


そう言って投げ渡されるセグル通貨の入った袋。

「ドブネズミの方は食うなよ、王都に初めて来るやつは絶対腹を壊すからな。初心者が食うなら…ムカデの方が良いだろうな、あっちはなかなか旨い」


「食わないよ!」


 腹を空かせてる扱いも心外だが。

 なにより女性に食わせるには余りにもなゲテモノぶりに憤慨してエトの胸に財布袋を投げ返した。

 

 エトはちょっと悲しそうな顔をしながら"ムカデ美味いだけどな"とボソボソ言いながら財布を懐に仕舞う。



 王都に入るでも無くこの賑わいなら中は如何程のものなのか、とイリウは戦々恐々としていると遂には自分達の順番がやってくる。


 「次の者…っとエトランゼか、随分遅かったじゃないか、後ろの者達は?」

「今回の依頼で保護したエルフとユミル山脈での開墾村の住民達だ…取り敢えず住める状態じゃあないから王都にな」

「住民達と………エルフか、何があった?」

「詳しい話は今からギルドでするが…カナンの民って知っているか?そいつらからの襲撃があった」

「いや、此方もそんな団体は聞いたことは無いな。或いは

「まずは住民達の保護を憲兵には頼みたい、何でも贔屓にしてる建材屋が居るらしい」

そんな話をしていると村人達を代表して村長が出てくる。

「ご挨拶が遅れ申し訳ございません、村長ファガロと申します。ご覧の通り、私達は田舎者でして王都に不慣れございます。そこで、憲兵様にはくだんの建材屋まで案内して貰いたいのですが。」

「これはこれはご丁寧に、自分は憲兵科北門地区担当のアルバです、案内の件私達にお任せください。」


「話は付いたみたいだな」


 そう言ってエトランゼは何か切符の様な物を取り出すと、それをアルバに差し出す。


アルバもその紙に慣れた手付きで穴を開ける。


 エトランゼが最初に出した時は半円だった穴は今は見事な模様の円になっていた。


「これで入門手続きは完了だ、今回の依頼もご苦労さま」


「ああ」


 そう言うとエトランゼは村人達が居る方を一瞥する。

 その視線に気づいた村長は一礼し、奥の村人達も手を降ったり、男達は"酒に溺れるなよー"とっ好き勝手言いながら手を降ってくる。


 此処が別れの時だと薄々気づいているのか…


 イリウも"また会お〜"と大きな声で手を振り返している。

 エトランゼは既に歩きだしていたが一回だけ右手は上げ、別れを告げる…



 素直な好意を寄せられると言う事が、少し…気恥ずかしかった。


 そうして二人が歩くは北区最大の大通り、"バーボイド"。

 古来より歌で伝わる、何でもありの剣闘士の名前を冠した大通りには何やら怪しい商人や大人数の観光者、更には酒に酔い潰れた浮浪者と、とにかく声のデカい客引きなどでごった返していた。


 だが、そんな中であって…


 大部分の人はそうではないのだか、ごく偶に私を見る者の目が冷たいと感じるのは何故なのだろうか…

 そんな言いようの無い不安をかき消すようにエトの袖を掴みながらイリウは口を開いた。


「これからどうするの?」


「まずはギルドでお前と今回の件を報告する」

「その後太陽の沈まぬ国アメン・ラーへの行き方を知ってる奴に心当たりがあるからソイツに会う」


「本当!?」

 

「あまり…会いたくないがな…この際、しょうがない………」


 思わず声が出るイリウに少し渋い顔をしたエトランゼは返した。


 そう、如何にアメン・ラーが境界森林にあると分かっていても途方もない大きさの森に入っても迷うだけだろう。


 言うなれば。


 装備も何もなくアマゾンの奥地に、ある特定の部族の集落を探してこいと言われればその困難さは想像にかたくないだろう。


 それは余りにも無謀だった。


 なので、本当に会いたくないが会わなければいけない奴がいる。


 そうして大通りを歩いていく内に正面にある種威容をもって現れる。


「うわぁ………」


 エルフの国から出たことのない少女が呆けながら上を仰ぎ見るのも仕方のない事だろう。


 それは、先程の大通りにある様な"建築規定?なにそれ美味しいの?"みたいな建物モドキではない。


 まず、建物が傾いて無い。 


 そして計算され尽くされた匠の技巧を感じ取れるように線対称に作られた台形から伸びる白い壁面の塔が、戦火で尚倒壊しなかったこの建物の堅牢さを物語っている様であった。


 入口の巨大な門は開け放たれ、そこに出入りしている人の群れにイリウは押し潰されながらも迷うものかとエトの服を掴みながら抜ける。


「うわぁ…」


 イリウは再度、感嘆の声を上げた。そこには様々な種族人種が入り交じるイリウからすれば異界の様な光景が広がっていた。


 まず、目に入るのは見事な吹き抜けの天井、そして右手には自営の酒場が併設されてるのか様々なパーティが今日の冒険の収穫を祝い。左手には、巨大な掲示板が有り新人パーティが依頼書を睨みつけながら少しでも割の良い仕事を探している。


 だが一番肌で感じているのは、ここの人間全員から感じる俺こそは成り上がると言う気概の様な見えない何かにイリウは圧倒されたのだ…


 イリウはそんなギルドハウスの中を興味深く見ていると先頭を歩いていたエトランゼがかなり先を歩いている事に気づき、慌ててその後を追いかける。


 見るに、目の前の何十人も一度に捌けそうな巨大な受付に、歩いている様であった。


「エト!凄い熱気だねここ!それに色々な人種が……ほら、エルフも居るよ!」


 エトも歩きながらイリウの指差す方向に目を向けるとそこには見慣れたパーティがいた…いや、と言うかガッツリ目があってるし何なら目を見開いて口をパクパクさせている。


「うわぁ…凄いスピード…」


 イリウが言う様に、そのエルフだけのパーティーは机の料理など見向きもせず此方に走り寄ってくる。


「エトランゼ!これは一体どう言う事だ!」

「何故貴様が王族のエルフ様を引き連れている」


目がキツく怖いと言われているリーダーのヌアザがエトに詰め寄る。


「これには、語るには長く深い訳があってだな」


 エトも厄介な奴が来たと顔を困らせる。


 そして、後からやってきた杖を携えたおっとり巨乳系、生まれ変わったらお母さんになってほしいランキング4位※ギルド調べのティアと。


 ナイフを脇に納めたホルスターを身に着けているエルフ、胸があれば世界を狙えたとギルドの男達に嘆かれた。


 絶壁のナスティーユもイリウを囲んでは王族の証でもある銀糸と蒼い目を事細かに観察して"初めて見た"や"本当に銀髪なんだ〜"などと感嘆の声を上げている。


「貴様ら!何を王族の方に無礼を働いている!下がらんか!どうか私の仲間のご無礼をお許し下さい」

「相変わらず硬いな〜ヌアザは」

「ほんとねぇ〜困ったわ」


 そう言ってイリウから離れるティアとナスティーユと傅くヌアザにイリウは"気にして無いのに"とヌアザを必死に立たせようとしている。


「……まぁ、ここはお前たちに任せて俺は報告に行ってくる」


「あっ、エト!」


 っと色々面倒になって来たエトランゼはイリウの静止の声も無視して受付嬢へ向かって行った。



「自己紹介が遅れました。私の名前はヌアザ、此方の緑髪がティア、赤髪の方がナスティーユと申すものでございます。」


 「うん、ヌアザとティアとナスティーユね、覚えた!私はイリウ、

 「イリウって呼んでくれると嬉しいな」


「おぉまさしく王族の真名…」

「テレティという事は姫さんは月翳ぬ国ヘカトスから来たって事かい」


 ヌアザは王族の真名を聞けたことに感動して居るのかナスティーユの不躾な問いも耳に入っていない様子だった。


「うん、ユミル山脈を超えて此方に来たの」

「親衛隊も付けずにですか………?」

「うん、私達はヘナトスから逃げてきたんだもの」

「ひ、姫様、一応聞きますがわがままとかで帰りたくないとか、そう言うのではなく…ですか?」

「うん」

「何……!?」

「まぁ……」

「マジか……」


 流石に看過出来ない答えにヌアザも意識を戻し、三者三様の反応を見せる。

 王族の姫君が親衛隊も付けずに逃げてきたと言う状況など理解の埒外である。ならば今、ヘカトスで一体どれ程の事が起きていると言うのか?


 「では一体、イリウ様は何処へ行こうと言うのですか?」

「ごめん、その問いかけには答えられない」


 ヌアザの問いにイリウは毅然と答えた。アンバーナインの襲撃により、イリウにはこの旅が危険であることが分かっていたから。

 彼女らを巻き込む事は出来ないし、何より私はエトと連れて行ってもらいたいと願っているから。



 そのイリウの返答に何かを感じ取ったのか、それ以上ヌアザは行き先を聞くことは無かった。


「では、先達の役目として私達からは一つだけ」

 そう言うとヌアザは静かにイリウの手を両手で包み目線を合わせる。その翡翠の目は何処か遠くを見ているように…私に…

「世界は悪意に満々っています。私達の想像以上に、しかし善意も確かに存在しているのです。私達の想像以上に」

 「少なくとも、私達は貴方の道行きが無事であることを願う者達の一人だと言う事を忘れないでほしいのです」

 その言葉にイリウは何か言葉以上に大切なものを感じ取り、姿勢を正した。それがこの世に生まれ落ちて12年の少女に出来る精一杯だったから。


「ありがとう、貴方達の言葉忘れはしません」


 その言葉にその蒼く輝く瞳に…


 ヌアザは"あぁこの方は王族になるべくして産まれて来たのだ"と直感した。


 「おーい、イリウ!ギルド長の部屋に行くぞー」


「わかった〜!!」


 っとエトランゼの声が此方に響き渡り、先程の覇気を霧散させイリウは男の元へ駆ける。


 その途中、此方に振り返り笑顔で手を振りながら…


 その笑顔は年相応の太陽の様な笑顔であった。


 


 






 





 


 






 

 




 














 

 

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