第5話 夜の帳
まず、初めに意識を取り戻した時。
アンバーナインは未だに死んで居なかった自分に驚き。
森の奥から半ば溶けかけている剣を持って歩いてくるエトランゼを視認して、こちらが敗北したのだという事実を理解していく。
「ふっ…」
自然と漏れ出た嘲笑は貫いた筈の傷が既に治りかけている奴の非常識さか…
それとも下半身を消失しそれでも生きようと再生を試みる人外となっている自分の意地汚さか…
眼の前が翳る。
顔を上げれば自分を殺そうとする男の顔がよく見えた。
“成る程、化け物と呼ばれることはある”と自然と思えるほど奴の顔は汚れとは無縁の顔をしている。
そして徐々に天高く伸ばされる剣。
それは例え、剣が半ば溶けていようとも、自分がもたれ掛かっている岩さえも一刀両断する様な威容があった。
アンバーナインが感じたのは安堵だった。
「私は貴方のように成りたかったのかもしれません、貴方のように強く、気高く、そんな英雄に。」
だからそんな言葉が自然とこぼれ出た。
エトランゼは剣を高く掲げたまま微動だにせず、顔が丁度影に成っていき、どんな顔色をしているのかは分からなくなった。
それが丁度良かったのかも知れない。
「………お前達の目的は何なんだ?」
「アッハッハッハッハ」
先程まで反応が無かった男が何を捻り出したかと思えば酷くありきたりな言葉だったのでアンバーナインは思わず笑ってしまっていた。
「今更っ言うわけ無いでしょう」
未だにツボに嵌って居るのか半笑いで答える自分と笑われた事に何とも言えない顔のエトランゼ…
これではどちらが勝者か分からない。
「さぁもう終わらせて下さい」
一通り笑い終わった後、自然とその言葉が出た。
アンバーナインは死ぬ間際になって初めて安息を覚えた。
そうして一瞬とも永遠とも言える時間が流れ…
やっと、振りかぶる気配を見せた所でエトランゼは口を開いた。
「俺は、俺の様には成りたくなかったよ…」
「そうですか…」
剣は淀み無く振り下ろされるせめて苦痛無く逝けるように頭蓋骨を切断した…
出来ていた。
そこに蒼い風が吹かなければ。
「ナイン…大丈夫?」
「…………………………………………………………………………………本当に勘弁して下さい」
エトランゼもイリウもアンバーナインも何が起きたか分からなかった。
気づけば青い髪の少女がアンバーナインを背負い、エトランゼから3メートル離れた位置に立っていて。
「…撤退って言ってた筈…なんで瀕死?」
「取り敢えず……もう降ろして下さい、私は此処で死んだのですから…何より生き恥がすぎる!」
「…?それは駄目、貴方の部下に…頼まれてる…から」
新しく現れた少女とアンバーナインはあーでもないこーでもないと未だに言い合っている。
イリウは状況が飲み込めず固まり、エトランゼは新しく現れた敵に意識を集中させる。
そんな殺意が伝わったのか青い髪の少女は言い合いを辞めて此方に目線を戻す。
「あれがそうなの。」
先程の雰囲気を一変させ少女はアンバーナインに問う。
「…まぁもういいです、そうですあれがエトランゼです。」
「最近は丸くなったっと聞いていましたがとんでもないです。奴の戦闘能力は化け物、それこそファースト並みのポテンシャルはあると思っています。」
「ん…分かった…じゃあ…撤退する」
「逃がすと思うか…?」
既に少女との距離は無く横薙ぎの剣閃が放たれる発射前!
「10トン」
"……!?"
いきなりの右腕の異常な重さに体勢が崩れるエトランゼ。
そのまま地面に右腕がめり込む。
そしてそれは、少女の前では致命的な隙だった。
「…5トン」
直後、顔面に飛んでくる少女のキックはその細い足からは考えられない衝撃を産んだ。
ドガッ!!!!
その衝撃に顔が凄い勢いでのけ反る。
だがエトランゼも即座に対応し、10トンにもなろうかと言う右手を信じられない速度で振り抜く。
しかし簡単に少女にヒラリと躱される。
「…今ので顔が飛ばないとか…普通…じゃ…ない。」
そうして少女はエリウの方を見て
「だから…ごめんね」
そう言ってエリウの頭上の木に質量を付与した。
途端、折れるには余りにも太い幹がエリウの頭上へと落下していく。
エリウはそれを呆然と見ることしか出来ない。
「…あっ」
しかしエトランゼが反応。
エリウと木の間に滑り込み、手のひらで受け止めた頃には少女とアンバーナインは影も形も無かった。
無意味とは分かっていても、最後の抵抗とばかりに自らのオドにて少女が消えた森へ縦横無尽に光線を疾走らせる。
霧を掴むように手応えは無い。
しかもヒト一人を抱えて走る速度ではない…恐らくは質量を軽くすることも出来るのだろうと予想出来た。
「ごめん…私のせいで…」
さっきの件を気にしているのかエリウの表情は暗い。
「いや、お前の弓のお陰で助けられた、ありがとう」
そう言えば、エリウは恥ずかしそうに少し笑い、しかしエトランゼはずっと少女が消えた森へ視線を切らさなかった。
ずっと…ずっと…
「…あれ…本当に人間?」
青髪の少女は300mを一蹴りで跳躍する様な重さを感じさせない移動方法を取りながら問いかける。
「…一応は、それにしてもよく助けに来れましたねセカンド」
単純に疑問なのかそんなことを口にするアンバーナイン。
「いや…救援要請出てたし…それに…案外近かったから…」
「ああ、あのオーガの巣の探索を…」
そうだ、教団のこれだけの包囲網に引っかからないのは可怪しいと踏んだアンバーナイン。
エリウ達二人はあのオーガの巣に捕らえられているのではと疑い、要請を出していた。
しかし絶対的根拠も無かった為に保険策として王都に繋がりのある職員に緊急としてギルドにも依頼を出してもらっていたが。
「…あの…化け物が…来ちゃったってコト…?」
「まぁ…そう云う事です、誰とは指名していませんでしたから」
「うん…計画…詰め甘い」
「…」
その容赦の無いセカンドの断言に口を閉じるしか無いアンバーナイン。
「それにまだナインには死なれたら困るって…ボスも…言ってたし…私もナインの戦闘力は兎も角、薬は評価してる…いつもありがとう?」
何故疑問形なのかは、置いといて。
その言葉を聞いてアンバーナインは更に顔を無表情にしつつ口を開いた。
「……セカンドは無口ですが……いつも、一言多いんですよ……」
そんな苦し紛れの一言は少女には響かなかったの言葉はただ木々へ虚しく落ちていく。
そうして二人は、重さを知らぬ風のように何処かへ流れていく。
何処までも、何処までも真っ直ぐに…
かくして、破壊された村に戻り村長達とも話を付ける二人。
村長には抱き着かれながら"娘を救っていただき有難うございます"と泣きつかれそれを娘が引き離そうとしたり。
村人からはお礼を言われたり小さな子から花を貰ったりと。
家を壊した張本人はその度に罪悪感からか微妙な顔をして対応していた事がエリウには面白かった。
一先ず、村?と言っていいのか分からない所に住人達を置いていけないとのことで私達とで王都まで一緒に行こうと言う事になった。
そこからは本当にどんちゃん騒ぎ。
エトが取ってきた凄く大きいイノシシを村の女性達が解体し鍋にする準備をする。
この村の郷土料理、エウリャカと言うイノシシ鍋を振る舞うと息巻いている。
暇な男達は馬鹿みたいにエトが如何にしてあのエルフの男と闘っていたのかを時には体を使いながら説明し騒いでいる。
エトは酒に弱いのか飲むとすぐに顔が赤くなるし目がトロンとする。
それなのに注がれるのを断らないから男達は感謝の印だと言いながら杯が空けばすぐに注ぐ悪いノリが出来上がっていた。
特に、村長と村長の娘と私と笑いあった少女はエトにやけに引っ付きながら注ぐものだから"私だけがエトにお酒を注ぎます!"と怒ってしまった。
と言うか、娘も少女も分かるけど村長は本当にどう言うつもりなの?
と、そんな場面を男達はニヤニヤして見てくるものだから腹が立って、"何であの時、誰も先導して逃げないのよ意気地なし"と罵ってやれば皆、シュンとなって少し静かになった。
"少し…言い過ぎたかな"と思い謝ろうとかと思えば五分もしない内にまた、馬鹿騒ぎをし始めたから男って本当に馬鹿なんだなーと逆に感心してしまった。
誰も彼もが今、生きている自分達に感謝を送る。
そんな、経験したことも無い楽しい夜を私とエトランゼは過ごした。
そんな夜も更けたとき簡易的なテントの中で私は目が覚めた。
テントの間から差し込む焚き火の光が妙に気になって私は外に出た。
すると至る所で男達は地面にそのまま寝ている。
流石に不用心過ぎるだろうと思えばすぐにその理由が分かった。
それはエトが丁度焚き火に薪を投げ入れる所だった。
エトが寝ずの番しているから村人は魔物に警戒もせず眠っているのだ。
それは村人たちの言葉にはしないエトへの信頼の証のように見えて…何だか誇らしかった。
「寝れないのか?」
そうして何人もの酒に溺れた屍を越えて焚き火に近づけばエトは此方に顔を向けずに空を見ながら声をかけた。
「ううん、少し目が覚めただけ。エトは?」
「寝ずの番だ、漸くさっき、村長が寝て静かになった所だ。」
「何の話をしていたの?」
「娘の話を産まれた所から遡って永遠と生い立ちを聞かされていた。」
「ふふ、しつこかったんだ」
そう聞けばエトは酷く顔を顰めて、“かなり恐怖を感じた"と、本気なトーンで答えるものだから、私は皆を起こさないよう、笑いを堪えるのに必死だった。
そして穏やかな時間が二人の間に自然と流れる。
エトは相変わらず空を向いて星と月を見ている。
「エトはお星様が好きなの」
「いや、月が2つあるなって思ってな」
そんな誰しもが疑問に思わないことを口にするエトに不思議に思いつつ私も答える。
「変なエト、そんなの当たり前でしょ」
「初代冒険者のロバート·シュヴァルツァーも言ってた言葉があるでしょう?『様々な場所へ行けども、空を見上げれば月が二つ、私達を見守ってくれていた』ってあの言葉、私好きなんだぁ」
そう言って私も空を見上げた。
産まれたときから当たり前の様にある、赤月と白月が昇る空へと。
「……そうだな………そうだった。変なことを聞いたな」
そう言ったエトの表情は変わらなかったけれども、何故か私にはひどくもの悲しげな表情に見えた。
そうして夜は更けていく異邦人の哀しさもエルフの心配も…全てを洗い流して
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