第3話 代償として

その光景は一言に異常と言えた。

本来、自らのオドが外界へ影響を及ぼす事など無い。

コップ一杯の水を海に流してもその水が海になるだけの様に...


そんな現象あってはならない。


外界への働きかけは魔術などのプロセスが必要になる。


だがその理論は目の前の非現実のなんの説明にもならない。


だからこそ分かる事もある。

今もなお、発せられるオドの濁流に周りのマナがどんどん変質していくのを感じる。


『木々は捻れ狂う蕀の如く』


故に短期決戦。


牽制の如く全長12mもあるトーム杉一つ一つが捻れ鋭く尖り男に迫る。

だが周囲に迸る紫電が延びる。それだけで木々がそのエネルギーに耐えきれずに弾け飛ぶ。


ならばと木を利用し枝をその中の住人へ伸ばす、少しでもこの男の気を逸らすために...


「あっ」


それは誰の声であったか。

子供を守ろうと必死に体を使い子供達に覆い被さっていた母親の声か。

突如の民家の軋みに母親が顔を上げだ時には避けようの無い死が迫っていて...


しかし、唐突な理不尽もやはり唐突に止められる。


突如として捻れる空間、その瞬間天井から発生した木々は軋むように静止していて...


瞬間、感じたことも無い力の本流に体が晒される。


「きゃぁぁぁぉ!!」


「おかぁさん!」


もうなにが何だか分からなくて体をこの突風から守るべく更に姿勢を低くし、息子と娘を強く抱いた。


そうして顔を上げれば長年過ごして来た家などきれいさっぱり無くなっていた。

それは自分達だけではない他の家も同様で飛ばされた家々は一人の男の上で一ヶ所に纏まりつつある。


そのあまりの光景に住人は逃げるのも忘れて見上げるしかない。


「キレイ」


夢見がちな娘がその男をみて思わず呟いた。

其ほどまでに男の周りは異界の様に煌めいて見えた。


「ん...」


ふと、目が覚めた。

それは気を失っているには余りにも周りが騒々しかったからか...


「え」


起きたイリウの目の前には強烈なオドの嵐とそこに数えきれない木々を撃ち込みながら挑むエルフの姿が見えた。


自己が体験したどの魔術戦とは一線をかくす破壊規模。

見れば民家など悉くが吹き飛ばされエトの廻りを周回しそれを容赦なくエルフに跳ばしている。


そして轟音が響く。


それも一回や二回では無い。

浮遊していた民家の残骸を弾の用に跳ばしているのだ。


「ウッッ」


その度に揺れる地面にエリウは耐えるしかない。

そんな風と音の嵐の中確かに悲鳴が聞こえている。

其方の方に目をやれば、民家の持ち主だった村人たちが各々で身を寄せ合い、体を出来る限り小さくさせようとしている。




エリウは考える前に走っていた...



この暴風の中、時折飛んでくる木片は弾丸の様に...

そうして走り地に足がつくといったところで地面大きく揺れ、割れる。


「キャァ」


体勢を崩した少女を風は容赦なく吹き飛ばす。

見ればエトに大きな樹木の拳が振るわれている所であった。


吹き飛ばされた影響か少女の服は土まみれになり肌には幾つもの擦り傷が出来ていた。


それでも走るのをやめず等々村人たちにたどり着くエリウ。


「急いで此処から離れます!」


「私についてきて!」


暴風と轟音の中出来る限りの大声を出した。

指示を出された母と小さな息子と娘はまだ状況が飲み込めないのか口を開けたまま固まっている。


するとすぐ横に紫電が舞い、後ろの木を吹き飛ばしていく。


「早く!!」


一刻の猶予もない。

そう思ったエリウは強引に家族を立ち上がらせ頭を低く走らせようとする。


遠くの男にも早くこの場から逃げろと目配せを送れば家族の父か何かは様子を察し家族共に逃げようとする。

それに続き何人もの村人が一斉にこの場から退避をはじめる。


その光景に安堵を浮かべていると。


「私達どうなっちゃうのかな」


と、母に抱えられている少女が訪ねてきた。


「絶対、大丈夫!だってエトは私を救ってくれたもの」


と言ってとびきりの笑顔を見せる、その笑顔に少女も安心したのか少し笑顔を返してくれた。


直後更に轟音に少女が叫びながら母に更に体を密着させる。


その音にエリウは後ろを振り向いていた。







その戦いは、王家秘匿の戦略地図から名前の無い開墾村の表記が消えるぐらいに。


エトランゼとアンバーナインの闘争は熾烈を極めた。



周囲に木片が舞う。


すかさず振るわれる『切り取られた夜空アストライオ


男の背後に浮かぶ時空の裂け目


しかしその、永く洗練さが伺える連撃も野生染みた勘で悉くを避けられる。


その理不尽が、その才能が、エルフの男の胸中を激しく揺さぶり続ける。


「なんなんだ、それは!」


「何なんだよ!」


「私もモノではなくお前の様にィ...!」


木橾魔術は

歴史上それは森神とエルフ、一部の魔物にしか確認されては居ないからだ。


だが木橾魔術とは...


その性質上森の中でしか満足に発揮出来ないしかもその出力は木を一本操作出来れば良い方とされている。


その汎用性と攻撃力があまりにも他の魔術に劣っていた。


だった男の夢を叶えるのにその魔術はあまりにも心許なかった...


「ッ!」


何十と張り巡らされた樹木を当然の様に掻い潜り繰り出された蹴りに己を樹で囲み防御するも防ぎきれずに吹き飛んで行く。


村の広場に突っ込んだエルフは起きる様子も無い。


吹き飛ばされた拍子に籠手なども壊れたのだろう、エルフの腕が顕になっていて...


それは何重にも張り巡らされ刻み込まれた魔方陣があった。


これ程の数の魔術拡張に省略詠唱、更にはマナ吸引にオド変換。

禁忌とされた魔方陣達...

体に刻む魔方陣はその書き方も然ることながら常時熱と痛みを伴う。

それは刻んだ者が満足に眠れなくなる位には...


使わない時でさえその苦しみだ。


発動しているときなどどれ程の苦痛なのだろうか...


「同情ですか?」


近づく己にエルフが口を開く。


仰向けから起き上がるエルフの顔には自虐的な笑みがあったがその目は暗く、感情を感じさせない矛盾があって...


「これ程の禁忌を犯さなければ実用出来ない私の才能、滑稽ですか?」


男の顔には深い諦観と絶望があった。


更に何かを此方に問い掛けようとする気配。


だがこれ以上、敵の問答に付き合う気も無かった。

すかさず息の根を止めるため足に力を入れ止めを刺そうと...


「循環を司る木々の精よ我が身をもって顕現せよ」


それはヒトには許されぬ真言詠唱


瞬間全ての木々が世界を覆う...


























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