茈の魔法使い

夜野やかん

茈の魔法使いと吸魂の腕輪

第1話 魔法学園の入学式

「君たちは今日から6年間魔法に対する知識を蓄え、学生の本分である学びと遊びに励むこと!」


大きなホールの大きな壇上で、髭を生やした学長が長い話の締めくくりに大きな声で叫ぶ。


「新入生の入学を心から歓迎しよう!」


その言葉に合わせて二年生から六年生までの先輩方が歓声をあげた。


「アダムズ魔法学園の閉会を宣言する!」

「すごい盛り上がりだ。」


僕―――ルイス・ベイパレスは、歓声に少し感動する。僕たちはこれだけ歓迎されているのか。歓声にニコニコと微笑みを返した学長は呪文も唱えず腕を一振りし


「すっげぇ、初めて見た...。」


この世界には”魔法“が存在する。そしてここは魔法の使い方や成り立ちを教える学園、アダム魔法学園。俺たちは13歳から18歳の間、つまり今日から6年間魔法について学んでいく。


「転送魔法かな?生成魔法で食べ物を作るのは不可能なはずだから。」


隣の男子がぼそりと呟いた。

僕の驚いた反応に隣の男子は恥ずかしそうに口を押さえて僕に喋りかけた。


「僕はライル・ターナー。ごめん。独り言は癖で。」


僕も挨拶しなきゃ、と隣の男子―――ライルに慌てて挨拶を返す。


「僕はルイス・ベイパレス。ルイって呼んでくれ。独り言は気にしてない。」

「ルイ、だね。魔法を見るのは初めて?」

「いや、火とか水とかは見たことがある。固有魔法も。けど転送魔法とか生成魔法とかは...。」


話していると学長が出現させた食事を食べていい許可が出て、僕たちは目の前の肉にかぶりついた。

魔法には3つの種類がある。属性魔法、無属性魔法、そして固有魔法だ。属性魔法は火、水、土、風の四属性の魔法で、無属性魔法は魔力そのものをこねくり回して生成や転送を行う魔法。固有魔法は、魔法の範疇を超えた魔法だ。血によって伝わることが多いことから「家系魔法」とも呼ばれる。生まれつき使えるが、他人には使えない。固有魔法は自己を主張するアイデンティティでもあるのだ。


一際大きな皿に置かれたステーキにかぶりつきながらライルの固有魔法はどんなものなのか考える。何にしてもだろう。

夕食を食べ終わってしばらくすると、学園長は再び立ち上がり声を上げた。拡声呪文でも使っているのか、ホール全体に声が響く。


「夕食は食べ終わったじゃろうか?それではこの入学式の締めくくりにクラスを発表しようと思う。」


「クラス?」

「性格によって6クラスに分けられるんだよ。―――ほら」


タイミングよく学長がクラスについての説明をする。


「このクラスは同じ寮に通い、同じ授業を受ける仲間じゃ。それぞれ性格によって分けられておる。」

「性格によって?じゃあ一つのクラスはみんな頭が堅い頑固なやつしかいない、って状況になるんじゃないか?」


ライルは無言で肩をすくめた。

学長が指を軽く振ると、汚れた皿が消え代わりにプリントが現れる。楽しみにとっておいたポテトサラダも消されてしまったのでがっかりしたが、僕の興味はたちまちプリントに奪われた。歌うような詩が載っている。


_________________________________________

紅石ルビー

友情熱血 火のように 努力を重ねて掴む物

自らよりも友のため 心を燃やせ 紅石ルビー


蒼石サファイア

冷静沈着 水みたい 時に見せるは冷酷さ

知性に長けたこの力 冷静冷血 蒼石サファイア



黄石トパーズ

安定堅実 山の如く 意思の堅さは岩のよう

一度定めた決意には まっすぐ進め 黄石トパーズ


翠石エメラルド

温厚篤実 そよ風か 優しく吹き込む隙間風

全てを包む優しさを 皆に振り撒く 翠石エメラルド


白石ダイアモンド

純粋誠実 透き通る 誓いは守るよ絶対に

陰を嫌って陽の下に 正義の申し子 白石ダイアモンド


茈石アメジスト

時代を分ける 風雲児 光か闇かわからぬが

人々の上に立つほどの 素質を秘める 茈石アメジスト


あなたのクラスは...__________


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


なんだこれ。記載ミスか?クラスの欄が空欄になっている。念の為ライルのプリントを覗くとライルのプリントも空欄になっていた。


「このプリントは少し特殊での。空欄の部分に自身の血を垂らすのじゃ。垂らし終わったら保健教諭が治して回るのでな。」


へー。すごい仕組みだな。

指先をいつのまにかテーブルに現れた針で刺して、血を垂らす。

プリントの空欄が血を吸い込んで文字をなそうと蠢いた。

紅石ルビー...黄石トパーズ...白石ダイアモンド...茈石アメジスト......再び戻って紅石ルビー...蒼石サファイア...茈石アメジスト...。


「血から個人の魔力や適正、性格を紙が読み込んでおるのじゃ。まさに神のような紙、つっての」


学長のギャグを聞き流して、紙の血の動きをじっと見守る。紙は茈石アメジスト蒼石サファイアで決めかねているようだった。


「お。茈石アメジスト。」

「ルイくんも?一緒だ。」

「おー。」


僕としても初めての友人が一緒なのはありがたい。けど...。

僕は茈石アメジストの詩をまじまじと読む。「時代を分ける風雲児 光か闇かわからぬが 人々の上に立つほどの素質を秘める 茈石アメジスト」。

周りがやれ紅石ルビーだの蒼石サファイアだの騒いでいる中、茈石アメジストという声は聞こえない。なんだか、あまりいいクラスではないように見えた。



● ○ ●



その後。校内の複雑な通路を通って、茈石アメジストの寮の前に着く。道を覚えるにはしばらくかかりそうだ。


「寮内に入るにはこれが必要だ。」


茈石アメジスト組の総長であると名乗ったドレージ・マルタ先生は一年生に水晶がはまった指輪を配りながら言う。


「寮内では基本自由行動だが、節度を保った行動をお願いしたい。ソファーをヒグマに変えるなどと言った悪戯はご遠慮いただこう。」


例として出てくるってことは昔やった先輩がいるんだろうな。


「最後に私から一言。―――茈石アメジストは良くも悪くも時代の主人公たちを輩出してきた。大賢者ガールド、魔王デデネア。学長のイグネシスなどもそうだ。」


卒業生、だいぶ濃いメンツのようだ。僕は張り合える気がしない。


茈石アメジスト寮生として卒業生の方々に恥じない行動をするように。解散!」


僕ら一年生は顔を見合わせる。

波乱に満ちた学園生活になりそうだ。



● ○ ●



自室に通されると二人一部屋で生活しなければならないようだったが、それぞれの一年生が仲のいい人を確保していうようで特に揉めずに決定した。僕?もちろんライルと同じ部屋だ。


茈石アメジスト...特殊な寮なんだな。」

「時代に選ばれた人が集められる―――って、この本には書いてある。」


ライルは手に持っている「魔法学園史-創設から今に至るまで-」をパタンと閉じた。指定されていた教材で、魔法歴史学で使うらしい。


「この本、毎日少しずつページが増えるんだ。僕らが卒業する頃にはめちゃくちゃ重いだろうな...。」

「なに、その頃には軽量化呪文を覚えてるよ。...きっとね。」


僕は部屋の隅っこで泳いでいる紫の熱帯魚を見つめながら言う。


「『時代に選ばれる』ってなんだよ。少なくとも僕は選ばれるような要素はないよ。見た?他の組の一年生の憐れむような目つき。」

「まあ、学長や賢者と同じ寮っていうのは誇れるはずだ―――魔王と同じってのは誇れないけど。」


それをきっかけに魔法についての話が弾み、ついに固有魔法の話になった。


「ねえねえ!使ってみてよ。ルイの固有魔法、見てみたい。今まで他人の固有魔法見たことないし。」

「あー、いいけど...。ショボいからガッカリすんなよ。」


そう前置きして、自らの指に魔法をかける。簡単な呪文はすでに覚えていた。


「【切傷ガッシュ】。」


切傷をつける無属性魔法だ。威力は弱いし、少し血が出るだけ。村での喧嘩で使うにはちょうどいい魔法だった。


「ちょっ!?」


驚きの声を上げるライルを手で制して、流れ出る血で空中に「HELLO」の字を描いた。


「【血操ブラッド】。自分の血を操る固有魔法だ。」

「え、ショボくなんかないじゃないか」

「俺も初めはそう思ってた。けどこの魔法は欠点ばっかりだ。」


持ち歩いている絆創膏を指先に貼りながら答える。キョトン、とするライルに僕は再び口を開いた。


「一つ。一度体外に出した血体内に戻せない。汚れるから。二つ。貧血にならない程度で一度に体外に出せる血の量は1L以下だ。これは計算すると半径6cmの球体を一発しか打ち出せない。普通の水属性魔法を打った方が何発も打てるし威力も大きい。結論。この固有魔法は水属性魔法の下位互換。役立たずだ。」

「...苦労してるんだね。」


思わず一気に自らの固有魔法に対する不平不満をこぼした僕に少し引きながらライルは同情する。


「でもさ」、と彼は続ける。


「さっきの『HELLO』って文字スムーズに書いてたし。大分練習したんだよね?なら使わないのは勿体無いんじゃ...」

「それは、」


反論しようと口を開き、口を閉じる。ここで言い返しても気まずい空気になるだけだ。黙った僕を見つめるライル。張り詰めた空気が流れた。


「じゃ、ライルの固有魔法ってどんなだ?」


ぶっきらぼうに聞く。

ライルは座ったままメガネをクイっとあげ、右手の親指と人差し指を合わせた。そしてゆっくりと親指と人差し指を広げる。二つの指の間に黄色い線が走ったように見えた。


「僕の固有魔法は【雷轟サンダー】。自分の体から雷を放出する。」

「いい固有魔法だね。」


慌てて口を閉じる。会話の流れからすると明らかに嫌味だ。


「そんなことないんだ。使うとしばらく体がビリビリするし、静電気で髪がボサボサになったりするし...。何が言いたいかって、その、固有魔法にデメリットはつきもので―――」

「いいよ。ごめん。俺が悪かった。」


本心から謝る。入学式初日から友達と喧嘩をしたくなかった。俺の謝罪はきちんと受け取られたようで、ライルはにこやかに微笑んだ。


「明日から早速授業だ。もう寝よう。」


このまま気まずく会話を続けるより、一度寝てリセットしたいという思いが強かったので、僕はライルに合意した。素早くパジャマに着替えて歯を磨く。


「おやすみ」

「ああ。おやすみ。」


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茈の魔法使い 夜野やかん @ykn28

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