第四十話 悠斗 勘違い
『そうか…俺が思い出させちまったみたいだな。すまなかった』
『いいえ、僕の方こそ取り乱してすみませんでした…』
ファビアンは、黙って最後まで僕の話を聞いてくれた。
確かに、あの時お母さんの最後を強く思い出したのは間違いない。
でも、僕は今日まで、あの時の事を一瞬でも忘れたことなど無い。
刺激が強かったのは確かだけれど、僕が取り乱したのはファビアンのせいではない。
僕の心が弱かったせいだ。
(悠斗、強く生きてね)
お母さんの言葉を胸に、僕は今日まで強く生きてきたつもりだった。
だけど、まだ全然強く成れていなかったことを自覚した。
もっと!もっと!強く成らなくてはならない!
花先生が僕の過去を知っていたとは思わないけれど、花先生が与えてくれたこの機会で僕は強く成ろうとお母さんに誓った!
『ファビアン、二度と取り乱しませんので、これからも暗殺を続けてください。そして、僕も平気で人を殺せるように強く成ります!』
僕はファビアンに強く宣言した!
これで、ファビアンも安心して暗殺の仕事が出来るだろう。
『はぁ~、いいかハルト、お前は何か勘違いをしていると思うぞ』
『えっ、何をでしょう?』
ファビアンは僕の宣言に対して、大きくため息を吐いていた。
もしかして、ファビアンは僕の心配なんかしていなかった?
それとも、暗殺の仕事はもう来ないと言うのかな?
どちらにしても、ファビアンの話を聞いて見るしかなさそうだ。
『俺に両親の記憶はないし、子供もいない。だがな、俺に子供が出来たとすれば、とても大切にし愛すると思う。
ハルトもそう思わないか?』
『はい、そう思います』
お父さんは僕を大切にしてはくれなかったけれど、お母さんは僕を大切にしてくれていたし、愛してもくれていた。
だから、将来僕が結婚して子供が出来たら、僕の分まで愛してあげようと思っている。
僕のお父さんが異常だっただけで、普通の父親は皆同じ気持ちだと思う。
『だからよ、ハルトの母親が最後に言った言葉「強く生きろ」は、人を殺せるように成れと言う意味では無いと、俺は思うぞ』
『…』
僕がお父さんを殺せなかったから、お母さんが死ぬ事になってしまった。
今まで、そう思っていたのだけれど…。
(悠斗、強く生きてね)
優しいお母さんが、僕に人が殺せるように強く成れと言うはずも無い…。
よく考えれば分かる事だったのに、どうして今までその事に気が付かなかったのだろう…。
お母さん、ごめんなさい。
お母さんが僕に伝えた言葉の意味は、正直まだ良く分からないけれど、これからゆっくりと考えて行き、僕なりの強く生きる方法を探して行こうと思う。
『そう…ですね…』
『だろう?俺も好きで暗殺なんてやっているんじゃない。俺が死なない為に、仕方なくやっているに過ぎない。
だから、魔女と契約して組織から抜け出せるように、ハルトを受け入れたんだからな!
まぁ、ハルトがいる間にまた仕事を受ける事もあるだろう。
ハルトの過去を知れば取り乱しても仕方ないと思うし、無理に我慢する必要も無い。
今度は俺も、上手く対処するからな!』
『はい、御迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします』
『良いってことよ~』
僕はまた取り乱してしまうかもしれない…。
でも、今回の事の様に酷く取り乱したりはしない。
何故なら、お母さんの気持ちを考えなくてはならないし、取り乱している暇はない。
それに今は、僕だけではなくファビアンが一緒にいる。
ファビアンをこれ以上心配させない為にも、僕がしっかりしていなければならない。
ファビアンと話していると、夜が明けて来た。
そう言えば、逃げ出さなくていいのだろうか?
伯爵を暗殺したのだから、捕まればファビアンは死刑になるだろう。
逃げ出すなら早い方が良いと思い、ファビアンに尋ねて見た。
『移動は明後日の予定だな~。急いで町から出れば、逆に怪しまれるってもんだぜ~』
『そうですね…』
『今日明日は、ゆっくり過ごす事にしよう~』
ファビアンの言う通り、二日間は商売をすることなく、のんびりと過ごした。
町では、ドバイアン伯爵を殺した犯人を捜して、警備の人達が行き来していた。
僕が泊っている宿屋にも調べに来て、気付かれたのかと思って少しドキドキしたけれど、ファビアンに代わって上手くやり過ごして貰った。
そして二日後、町を出る際に厳しいチェックを受けたけれど、問題なく街から出られることが出来て一安心した。
次の町に到着し、翌朝に朝市で商売をしていると、また恰幅の良いおばちゃんから差し入れが入った…。
僕はまた指令が来たと思い、警戒しながら包みを開け、中に入っているお饅頭の様な食べ物を取り出して底を見た。
『黒い板が入ってますけれど、これは?』
『それは報酬の金だな、俺が持っているカードに重ねれば入金されるんだぜ~』
『そうなんですね』
便利だなと思いながら、ファビアンのカードに黒い板を重ねた。
『えっ!?たった一万ユピスなんですか!』
『そうだぜ、安すぎてやる気なくなるだろ~?』
『はい…』
この世界のお金は、僕の感覚で一ユピス一円くらいだと思う。
だから、暗殺の報酬が一万円…。
ファビアンは簡単にやってのけたけれど、屋敷に忍び込んで人を一人殺すのは簡単な事では無いと思う。
その報酬が一万円とは、あまりにも悲しすぎるし、ファビアンが組織を抜け出したくなる気持ちも良く分かった。
『商売の方が確実に稼げますよね…』
『そうなんだぜ~、それに、商売で稼いだ金も組織に巻き上げられるからな~』
『えぇぇぇぇ!理不尽すぎます!』
『呪殺紋があるから組織には逆らえないし、金も巻き上げられるから遊ぶ事も出来ないぜ~』
『つ、辛いですね…』
そんな組織は潰した方が良いと思ったけれど、ファビアンは呪殺紋があるから組織には逆らえない。
他の人を頼りたいところだけれど…。
クラスメイトも、この世界に来ている事だろう。
だけど、誰がどの人の中に入っているかなんて僕にはわからない。
数人は予想がつくし、僕がいるルピオン帝国に勇者がいる…。
あいつに頼るのはちょっと難しいと思いつつ、一応候補として考えてみる事にした。
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