第三十八話 悠斗 暗殺
屋敷は二階建てで、学校の校舎くらいの大きさがある。
ファビアンは庭木の陰から、明かりの付いている窓を中心として注意深く観察していた。
僕もファビアンの目を通してその状況を見ているが、カーテンのかかった部屋の中の様子は何も分からない。
それでもファビアンには分かっているのか、見つからないように慎重に庭木を移動しながら、窓の様子を見て回っていた。
屋敷の庭に入ってから十分も経っていないが、ファビアンは再び壁を駆け上って屋敷の外に出て、急いでその場を後にした。
「ふぅ~」
屋敷から十分離れた所で、ファビアンは大きく息を吐いて呼吸を整えてから僕に話しかけてきた。
『明日の夜に実行するから、それまで覚悟を決めておいてくれ~。
と言っても、実行するのは俺だから、気に病む事は無いからな~』
『はい』
ファビアンはいつもの明るい声に変り、僕にそれだけを伝えてきた。
色々聞きたい事はあったけれど、今は余計な事は話しかけない方が良いと思い黙っておいた。
そして翌日、ファビアンは夜の準備をする事も無く、僕に町の観光をさせてくれた。
僕は町を見て回りながら、今夜の事を尋ねる事にした。
『昨夜の偵察で、ドバイアン伯爵のいる場所が分かったのですか?』
『あぁ、おおよそだがな~』
『そうなんですね、僕には窓を見ただけで、中の様子は全く分かりませんでしたけれど…』
『そうなのか?』
『はい』
ファビアンは不思議そうに尋ねて来た。
見ただけで中の様子が分かるには、透視するくらいしか考えられない。
僕がファビアンの目を通して見ているのと、ファビアン自身が見ている物は違っていたのかな?
そんな疑問を抱いていると…。
『スキルまでは分からなかったか~』
『スキルですか?』
僕が聞き返すと、ファビアンはスキルについて説明してくれた。
スキルは魔法とは違い、全ての人が持っている物ではないそうで、生まれた時から持っているスキルと、後で覚えられる二種類のスキルがある。
前者は強力で、後者は強力では無い物の便利に使える。
ファビアンはスキルを生まれつき持っていて、そのスキルは周囲にいる生物を認識できると言うものらしい。
試しに使ってみろと言われ、言われるがまま町中で使ってみたのだけれど…。
「うわっ!?」
頭の中に情報が大量に入って来て、頭が割れるほどの痛みを感じ、その場に
『すぐに解除するんだ!』
『は、はい!』
スキルを使うのをやめると、頭痛は直ぐに収まってくれた。
『今のがそうなのですね…』
『うん、大量に見えただろ~』
『はい、町中で使うスキルでは無いですね…』
『そういう事だ~』
スキルを切っても得られた情報は残っていて、僕はそれを読み取って行く。
家の中にいる人も、ぼんやりとだけどその輪郭が分かった。
ファビアンは昨夜スキルを使い、ドバイアン伯爵が何処にいるのか確認していたんだ。
だけど、ファビアンはドバイアン伯爵の顔を知らないはず。
それで、関係ない人を殺さないのか心配になる。
そもそも、ドバイアン伯爵はなぜ殺されなければならないのか?
理由も全く分からない状況で、ただ殺せと言われるだけでは納得できないものがある。
でも、ファビアンは実行しなければ、ファビアンが殺される事になる。
それは分かっているのだけれど、何とも言えない複雑な気持ちになる…。
花先生は僕の事を知っていて、僕をファビアンと一緒にしたんだと思う。
それならば、僕はこの事を通じて強く成らなければならない!
僕は覚悟を決め、夜までの時間を過ごして行った。
そしてその夜、ファビアンは昨日と同じように屋敷の庭に忍び込んだ。
ファビアンはスキルを使い、ドバイアン伯爵の場所を突き止めているみたいだ。
ファビアンは居場所を突き止めたのか、二階にある一つの窓に視線が止まった。
『ハルト、何があっても騒ぐなよ!』
『はい!』
ファビアンは僕に念を押し、屋敷に近づいて行った。
そして、スルスルと窓枠や壁の取っ掛かりを使って二階の窓まで一気に登った。
僕には真似できない芸当に感心ていると、ファビアンは窓の端から中の様子を確認していた。
男性と女性がベッドの上で愛し合っているのが見えた…。
それがドバイアン夫妻なのかは分からないが、ファビアンは中に侵入するのを諦め、そのまま屋根まで上り、情事が終わって寝付くまで待つことにしたみたいだ。
『ハルト、時間が足りなくなるかもしれないから変わるぞ。じっとしていれば見つかる事は無いと思うが、見つかった場合は速やかに交代してくれ』
『分かりました』
僕はファビアンと交代し、少し肌寒い屋根上でじっとその時を待つ事となった。
その間僕はスキルを使い、寝付くまで監視していなくてはならない…。
情事に励む男女を覗き見しているので赤面してくるけど、これは仕事だと思い込み我慢する…。
どれくらいの時間が経ったかは分からないけれど、僕の体は冷え込み、体が硬くなっているのが分かる。
男女はようやく眠りについてくれたみたいだけれど、動きが硬くなった体でファビアンが失敗しないかと心配になって来た。
ファビアンと交代すると、ファビアンは少し体を動かしただけで実行に移そうとしていた。
『ファビアン、大丈夫ですか?』
『問題ない、ハルトの方こそ大丈夫か?』
『大丈夫です!』
ファビアンを心配したのだけれど、僕の方が心配されてしまった。
人が死ぬのを見るのは、これが初めてではない。
だから大丈夫だと自分に言い聞かせながら、ファビアンの行動を見守る。
ファビアンは器用に屋根から二階の窓へと降りて行った。
そして、先が平らになった道具を使って窓を音も無く開けた。
外から入る風にカーテンが少しだけ揺れるも、ベッドで寝ている男女は情事で疲れ果てたのか目を覚まさない。
ファビアンは室内に侵入し、ススッとベッドに近づき、寝ている男性の口を手で塞いで首にナイフを突き立てた!
ナイフが首に突き刺さる感触が、僕にも伝わってくる。
間接的にだけれど、殺人を犯してしまった事に対して、複雑な感情を抱いた…。
男性は目を見開くも、そのまま息絶えることになってしまった…。
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