第三十七話 悠斗 指令
「毎度、ありがとうございました~」
僕の初めて行った商売は、意外と上手く行った。
それもそのはず。
ファビアンが続けていた商売を、僕が代わりにやっただけの事なのだから。
常連客も多く、僕は愛想笑いをしているだけで商品が売れて行った。
『初めてにしては上出来だ~』
ファビアンは褒めてくれたが、あまり嬉しくは無かった…。
売れ残った商品を片付けて馬車に積み込んだ後、パンと果物だけの簡単な朝食をすませた。
それから町の商店街を回って、ファビアンに指示された商品を大量に買い集めて行った。
買った商品は、次の町で売るそうだ。
町を転々と移動しながら商売をしていれば、その内組織が接触してくるらしい。
組織とは勿論暗殺組織の事だ。
暗殺組織の名前はアルカディア。
悪を倒し、自由を得るのが理想なのだとか…。
しかし実態は、お金さえ払えば誰でも暗殺する組織らしい。
ファビアンは子供の時にその組織に
ファビアンはその組織から抜け出したいと思っているのだが、抜け出せば間違いなく殺されると言う。
『商売していれば食うには困らないし、暗殺の仕事をしたとしても金は組織に取り上げられて、俺にはほとんど入ってこないからな~』
『それは、ちょっと、いえ、かなり嫌ですね…』
『だろ~』
暗殺と言うリスクの高い仕事をしても報酬が貰えないのであれば、組織を抜け出したくなるのは良く分かる。
『他の国に逃げてもだめなのですか?』
『そうだな、他の国にも組織の者は潜んでいるし、何より、
後で確認したが、ファビアンの胸に蛇がとぐろを巻いているような刺青が刻み込まれていた。
逃げ出したと分かれば、組織が呪殺紋を発動させてファビアンを殺すそうだ。
呪殺紋を消さない限り、何処に逃げても待っているのは死のみ。
だから、花先生と契約して僕を受け入れ、僕が日本に無事帰れれば、花先生が呪殺紋を消してくれると言う事らしい。
僕が日本に帰る為の明確な期日は決められていないけど、ファビアンの呪殺紋が一日でも早く消えるように頑張ろうと思う。
商品を買い終え、次の町に向けて出発した。
乗り心地の悪い馬車だったけれど、異世界の長閑な風景は、なんだか癒される感じがする…。
街道を通る人は意外と多く、何事も無く夕方頃に次の町へと辿り着いた。
この世界には、人を襲う魔物が多くいる。
街道を行き来していれば、魔物に襲われる事も少なくないらしい。
だけど、ファビアンは魔物に襲われなかった事を残念に思っているみたいだ。
『魔物を倒せないようでは、町の外に出ることは出来ないからな~』
『倒せない人は、一生町の外に出られないと言う事なのですか?』
『いいや~、倒せる人を雇えばでられるけどな~』
『なるほど』
お金はかかるけれど、外に出られない事は無いみたいだ。
そして、魔物を倒せる人は、魔物を倒してお金に変えることが出来ると…。
ファビアンは暗殺者としての訓練と、魔物を倒すハンターとしての訓練も受けている。
そして商売も出来る。
暗殺者を、すぐにでも辞めたいと言う気持ちは良く分かった。
僕はファビアンと町を転々としながら、順調に商売を続けて行った。
この調子なら、すぐにでも日本に帰れるのではないかと思う。
だけど、そう簡単に帰れるのなら、花先生が僕をわざわざ暗殺者のファビアンの体に入れたりはしない。
僕が朝市で商売をしていると、恰幅の良いおばちゃんが「差し入れだよ。腐りやすいから早めに食べとくれ」と言って、温かい包みを渡してくれた。
朝市を終え、僕はさっそくまだ少し温かみの残っている包みを開けて、中に入っていたお饅頭みたいな食べ物を口に頬張った。
「美味いな~」
素朴な味のする食べ物は、仕事を終えたお腹を満たしてくれた。
『指令だ』
僕が差し入れの食べ物を食べていると、ファビアンが初めて緊張した声で僕にそう伝えてきた。
『えっ?』
『包みだ、包みの底をよく見てくれ!』
『はい、分かりました』
僕は汚れているのかと思ったのだけれど、よく見ると食べ物が入っていた包みの底には文字が書かれていた。
『ドバイアン伯爵、期限は三日か…』
『三日って、情報はそれだけですか?』
『そうだ』
『えぇっ!』
確かに、包みの底にはそれだけしか書いていなかったけれど、それだけの情報で暗殺を実行しろって事なのだろうか?
もっとこう、ドバイアン伯爵の行動予定とか教えてくれたりはしないのだろうか…。
そう思って、ファビアンに尋ねたのだけれど。
『他人が調べた情報で死にたくは無いからな。自分で調べて自分で行動する。生き残るためにはこれが一番だ』
『そう…ですね』
『では、早速調べに行くか~』
『はい、分かりました』
ファビアンはいつもの口調に戻り、僕に指示に従いドバイアン伯爵の情報を集める事にした。
ドバイアン伯爵は、この町の中の高台に屋敷を構えて住んでいて、警備が厳重で明るいうちに屋敷に近づくのは難しく、日が暮れてから調べる事になった。
そしてその夜、僕は目立たない黒い服装に着替え、出かける準備を整えた。
『ハルト、交代だ』
『はい、お願いします』
素人の僕が行うと危険なので、ファビアンと代わった。
ファビアンは必要な道具を再確認して鞄に詰め込み、それを背負って宿屋の窓から静かに抜け出した。
ファビアンは音も無く闇夜に紛れながら、高台の屋敷に近づいて行く。
屋敷の近くまで誰にも見つかる事なく近づいたファビアンは、物陰に隠れた。
そこから、注意深く屋敷の様子をうかがう。
屋敷は三メートルほどの壁で囲われていて、入り口の門には警備の者が二人立っていた。
普通に侵入するのは難しいと思う。
だけど、中に入らない事にはドバイアン伯爵を調べられないし、暗殺する事も出来ないだろう。
どうするのかと思っていたら、ファビアンは門から見えない位置まで移動し、壁まで一気に走り、三メートルの壁を一気に登りあがった!
ファビアンは壁の上から下に誰もいない事を確認し、屋敷の庭に飛び降りて庭木の陰に隠れた。
『さて、ここからが本番だ。集中するから話しかけないでくれ』
『はい』
ファビアンはそう言って、まだ明かりの付いている屋敷を庭木の陰から見上げていた。
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