第三十一話 智哉 聖騎士との対話

 俺は兎滝川うりょうがわ 智哉ともや、私立芍薬高校に通う二年生、十七歳だ。

 改めて自分を認識し、目を見開く。

 何故そのような事をしているのかと言うと、突然違う世界に放り込まれたからだ。

 普通なら信じられない出来事だが、花子先生の行った事だから、事実として認めなくてはならない。


 俺は父親の敷いたレールから逃げ出し、低ランクの芍薬高校に入学した。

 友達でも作って遊びまわろうかと思っていたが、入学初日に絡んできた相手を全て叩きのめした事で、俺を恐れて誰も近づいて来て来なくなった。

 つまらない高校生活になってしまったが、父親に背いた罰なのだと思うしかない。

 そんな高校生活だが、担任の木下 花子先生の授業だけは面白かった。

 クラスメイトに合わせた授業内容は聞く必要はなかったが、時折話してくれる花子先生の体験談はとても興味深い物だった。

 それと、花子先生の人心掌握術も素晴らしかった。

 最初は催眠術かとも疑ったが、俺は催眠術の対処方法も教わっているので、その手の誘導にかかるはずはない。

 他の先生の授業では、殆ど授業をまともに受けているクラスメイトはいないのに、花先生の授業だけは全員真面目に受けている。

 そんなこと普通はあり得ない。

 俺は花子先生をよく観察し、家に帰ってから話術、心理学、はたまた呪術まで、色々調べてはみたが分からなかった。

 だけど、今こうして花子先生の魔法で異世界に連れて来られた事実があり、あれは魔法なのだったのだと理解し納得した。


 俺が異世界に来て一番最初にしなければならないのは、体の宿主との会話だ。

 花先生の目的は、俺達が異世界で宿主と共に協力し合いながら宿主の持つ問題を解決し、人生経験を積む事だろう。

 おそらく、宿主の問題が解決すれば日本に帰れる。

 だが、父親の敷いたレールから逃げ出した俺は、このまま異世界で一生暮らしたいくらいだ。

 しかし、それは出来ない。

 これは、異世界転移でも異世界転生でもなく、異世界憑依と言った所だろう。

 宿主の魂もそのままの残っている以上、俺がこの異世界に残る為には、宿主の魂を追い出す、つまり殺して体を奪うしかない。

 そんな事をすれば、花子先生が許してくれそうには無いし、俺もそんな事をするつもりは無い。

 残念だが、花子先生から与えられた課題をクリアーし、日本に帰った後で、花子先生に異世界に転移できないか相談して見るしかない。


『俺は兎滝川 智哉。しばらくの間体を借りる事になった者だ。よろしく頼む』

『はい、おれはルワース聖国の聖騎士セルムです。ウリュウ…』

『あぁ、言いにくいだろう、セルム、名前のトモヤで呼んでくれ』

『分かった、トモヤ、よろしくお願いします』

『さて、どの様な理由で俺を受け入れたのか、詳しく教えてくれないか?』

『はい、分かりました』

 セルムから話を聞きながら、疑問が出た所はその都度質問して行った。


 セルムが俺を受け入れた最大の理由は、幼馴染の聖女を傍で守りたいと言う事だった。

 今のセルムは、その聖女を守る聖騎士なのだが、聖騎士の中でも最下層の地位にいて、聖女に近づく事も許されない。

 聖女のお側でお守りするのは、聖騎士の中でも優れた二十人の中に入らなければならない。

 その二十人は聖翼騎士せいよくきしと呼ばれていて、ルワース聖国では聖女に続いて憧れの存在となっている。

 セルムは聖翼騎士になる為に必死に努力を続けているが、聖翼騎士はおろか、同僚にすら実力で劣っているのが現状だ。

 そこで、俺を受け入れて、聖翼騎士に成って貰おうと言うのがセルムの願いだ。


『セルムは聖女の事が好きなのか?』

『…はい、ジーヌは聖女様になったので、せめて傍にいてあげたいと…』

『だが男として、好きな女性の為に、他人の力を頼るのはどうかと思うぞ?』

『そうなんですけれど、時間が無いんです…』

『詳しく話してくれ』

『はい…』

 セルムは好きな女性の為に聖騎士にまで成ったのだ。

 今後も努力を続けて行けば聖翼騎士にも成れただろう。

 だが、セルムには急がなければならない理由があった。

 それは、ルピオン帝国に現れた勇者が原因だ。

 勇者と聖女は、この世界において共に魔王を倒す存在だ。

 しかし、勇者はルピオン帝国が抱えていて、聖女はルワース聖国が抱えている。

 この二国は、五百年前に協力して魔王を倒している。

 しかしその時、聖女が勇者を出し抜いて魔王を倒した事で、二国の仲は険悪な物となっている。

 そして今回、ルピオン帝国は一国で魔王を倒そうとしている。

 ルワース聖国としても、国の威厳を保つためにも魔王討伐を行いたいと考えている。

 セルムは聖翼騎士と成って、魔王討伐に向かう聖女を傍で守りたいそうだ。


 ここで俺は、この世界に来る前の事を思い出していた。

 花子先生が、クラスメイトに与えられた職業を見て回るように言った時、俺はそれをしなかった。

 しかし、クラスメイトの会話聞いて、全て把握している。

 勇者は小松 翔で、魔王は宮下 祐樹だった。

 この二人が普通に戦えば、間違いなく小松の勝利となる。

 しかし、宿主の魔王と勇者の実力は不明であり、勝敗の行方は分からない。

 俺自身も、セルムの実力は未確認の為、聖翼騎士に成れるかどうかも不明のままだ。

 それは、この後確認すればいいだけだ。


 聖女は水谷 睦月。

 俺がクラスで言葉を交わしたのは、藤崎と水谷の二人だけだ。

 藤崎とは、クラスで必要最低限の言葉を交わすだけの仲で、この世界では女王になったはずだが今は関係ない。

 水谷とは、少し関わりを持っただけに思う所が無いとは言わないが、俺の感情は伏せておく。

 そして、聖女になった水谷の性格を考慮して、魔王を倒しに行くかと考えれば、答えは否だ。

 しかし、俺がそうであるように、宿主の聖女の意見を尊重しなくてはならない。

 ルワース聖国の思惑も、聖女の思惑も現状では分からないが、魔王討伐に行くと言う前提で今は考えよう。


『分かった、俺が協力した所で聖翼騎士に成れるかは分からないが、精一杯努力すると約束しよう』

『はい、よろしくお願いします』

 まだまだ分からない事が多く、どの様な事態になるかは不明だが、セルムと共にこの世界で頑張って行こうと覚悟を決めた。

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