第三十話 睦月 ビッチの魔法
屋根付きの通路とは言え、訓練場に着いた時には汗だくになっていたわ。
私が着ているローブは、一応風通しが良くなっているみたいだけれど、肌の露出を極力ひかえられているので、どうしても服の中は蒸れてしまうわ…。
ロイーズがタオルを取り出して私の汗を拭ってくれて、アメリーヌが飲み物を差し出して来てくれたわ。
「ありがとうございます。それから先程は待たずに先に行ってしまい、ごめんなさい」
私は二人にお礼を言い、待たずに先に行った事に対して素直に謝罪したわ。
嫌がらせを受けたので少し意地悪をしたのだけれど、ちょっと大人げなかったと反省している所よ。
悪い事をしたら謝る。
私が弟と妹にいつも言っている事だから、守らないといけないわ。
謝られた二人は「今頃言っても遅いのよ!」みたいな感じで少し怒った表情を見せていたわ。
私もそう思うし、もう意地悪は止めようと思うわ。
私は渡された飲み物で渇いた喉を潤しながら、訓練場を見渡してみたわ。
結構広い訓練場では、数名が的に向けて魔法を撃ち出しているわね。
あれが魔法なのね…。
弟がやっているゲームでは見ていたけれど、実際に見ると怖いわね。
炎の玉が的に向かって飛んで行き、的に当たると激しく燃え上がっていたわ。
あれが私に当たれば、間違いなく焼け死んでしまうと思うわ。
花先生は、この世界の生物は全て魔法が使えると言っていたから、いつ、どこで、あれが私に飛んで来ても不思議では無いわね。
皆が銃を持っているのと同じだと言う事よね。
そして、私も当然その魔法と言う名の銃を持っているのよ。
しっかりと訓練をして、身を守れる程度にはなっておかないといけないわねと、真剣に思ったわ。
少し離れた場所では、剣の訓練をしている人達もいるわ。
魔法がある世界で剣が役に立つのかは分からないけれど、訓練していると言う事は役に立つと言う事なのでしょうね。
汗も引いて来たし、見学していないで魔法の訓練を始める事にしたわ。
空いている的の所に行くと、周囲にいた人は軽く会釈をするくらいで、自分の訓練に戻って行ってくれたわ。
初めて魔法を使うから失敗するかもしれないし、注目されなくて良かったと思うわ。
的に向かい、ジスレーヌが教えてくれた呪文を唱えて見る事にしたわ。
「ラキュー ホロレ リムラキュ オムーラ」
良く分からない単語の羅列で言いにくかったけれど、何とか間違えずに唱えることが出来たわ。
呪文を唱え終えると、私の前に三十センチくらいの魔法陣が現れ、そこから拳くらいの炎の玉が出て的に向けて、ひょろひょろと今にも落ちそうな遅い速度で飛んで行ったのだけれど…。
『あぁ…やっぱり駄目でしたか…』
『やっぱりって、どういうこと?』
『私は攻撃魔法が苦手なんです…』
『そう言う事なのね…』
私が放った魔法は、的に当たる前に消えてなくなってしまったわ…。
周囲で訓練していた人達から、見守るような温かな視線を向けられるのが非常に恥ずかしいわね…。
でも、訓練を続けないと上達しないわよね。
視線を気にせず、何度も繰り返し魔法を使ってみたわ!
「聖女様、一度休憩しませんか?」
「そうします…」
何度魔法を使ったか覚えていないけれど、一度も的まで届く事が無かったわ…。
呪文が間違っているのかとも思ったのだけれど、エネットがお手本を見せてくれた時も同じ呪文だったわ。
私に才能が無いのかと思う、かなり落ち込んでしまったわ…。
訓練場にある、屋根のある休憩所に移動して椅子に座ったわ。
私が俯き加減で落ち込んでいると、三人が話しかけて来たわ。
「聖女様、苦手な魔法の訓練をすることはとても良い事だと思います。
ですが、毎日続けても成果が出ていないのですから、いい加減諦めて得意な魔法の訓練に時間を割いた方が良いと思います」
「そうよ!私達も側にいて恥ずかしいのよ!」
「聖女様が得意な防御魔法と治癒魔法に専念した方が良いと思います」
「…」
成果が出ない事を続けるのは、とても辛いと思うわ。
でも、ジスレーヌは諦めずに頑張っているのよね。
聖女としての責任もあるのでしょうけれど、ジスレーヌが続けてきた努力を私が止める事は出来ないわ。
休憩を終えて、時間の許す限り魔法の訓練を続ける事にしたわ…。
結果は変わらなかったのだけれど、魔法と言う不思議な現象を体験できたことは良かったと思うわ。
訓練場から歩いて帰る際に、魔法の事についてジスレーヌから色々話を聞いて見る事にした。
『ジスレーヌは、防御魔法と治癒魔法が得意なのよね?』
『はい、そちらの方はきちんと出来るのですけれど、聖女は魔王を倒すのが役目ですので…』
『でもそれは魔法じゃなくて、女神クーリスの力を借りてって事だったわよね?』
『はい、その通りです。ですが、魔王の周囲には七魔天という七人の魔族の守護者がいますので、魔王に辿り着くには、その七魔天を倒す必要があります』
『それで、攻撃魔法の訓練を続けていると言う事なのね』
『はい』
魔王を倒しに行くのに、ジスレーヌ一人で向かう事はあり得ないわよね。
だから、ジスレーヌは皆を守ったり、怪我人の治療をしたりすればいいと思うわ。
ジスレーヌとしては、後ろで他人が戦っているのを見ていられないのでしょうね。
でも、魔王を倒しに行く前に、聖女を辞めさせることが出来れば良いのよね。
その為には、私がここで経験を積み、成長したと花先生に認められればいいんだわ。
どうすれば認めて貰えるのかは分からないのだけれど、とにかく頑張ればいいのよね!
それに、魔王を倒すのはあの馬鹿のはずよ!
そして魔王の宮下は…彼には悪いけれど、馬鹿に早く倒されてもらいたいと思うわ。
その事で思い出したのだけれど、他のクラスメイトもこの世界に来ているわ。
私に協力してくれそうな人は…一人だけ思い浮かんだのだけれど…。
ううん、彼に迷惑をかけたくは無いわね。
私は頭を振ってその考えを振り払い、私だけで頑張って行こうと覚悟を決めたわ。
午後は、教会に祈りに来た人たちとの面会だったわ。
私は聖女として慈愛に満ちた笑みを浮かべているだけで、応対は白衣神官長が行っていたわ。
意外と辛い時間だったのだけれど、笑顔を絶やさず頑張ったと思うわ。
そして夜にお風呂に入る事になり、私は自分で体を洗おうとしていたら、エネットから止められてしまったわ。
「聖女様、今日は言い過ぎました。ごめんなさい」
「「ごめんなさい」」
「いいえ、私の方こそ、ごめんなさい」
三人が謝罪して来たので、私も謝罪したわ。
ジスレーヌが言うように、悪い人達では無かったわ。
ただ少し妬んでいただけで、私も同じ立場なら妬んでいたと思うわ。
三人に体を洗ってもらったのだけれど、今朝のような事にはならなかったわね。
私も三人と仲良く慣れそうな気がして、少し嬉しい気持ちになったわ。
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