第十四話 優華 女王としてのお仕事 その二

「エルネット女王陛下、ご機嫌麗しゅうございます」

「ヴァレオンも壮健そうですね。急な呼び出しにもかかわらず来てもらえて、嬉しく思います」

 うちは表情を崩さず、エネットに言われた事を口に出した。

 彼の名はヴァレオン・ローラルドと言い、王都ウォルシーにて商人として大きな店を構えている。

 だけどそれは表の顔で、彼は魔族で吸血鬼。

 しかも、魔王を守護する七人、七魔天しちまてんの一人だとエネットから教えられた。

 何故そんな魔族がこの国にいるのとか、色々と思う事はあるけれど、今は驚かなかった事を褒めて欲しいと思う…。


「このヴァレオン、愛しのエルネット女王陛下がお呼びとあれば、全てを投げ捨てて馳せ参じる所存でございます。

 あぁ、今日も一段とお美しい!

 その美しさを永遠の物にするために、このヴァレオンと愛を誓いあいましょう!」

 ヴァレオンは、胸に飛び込んで来てくださいと言わんばかりに両手を広げ、うちに、いいえ、エネットに愛を囁いて来た。

 頭の中でエネットが、嫌そうにため息を吐きながら、次の言葉を教えてくれた。


「貴方の愛は決して!絶対に!受け入れる事はありません!」

「その気高き心も美しい!」

 うちが全力で断っても、まったく諦めては無いみたい。


『毎回こんな感じなのです…』

『大変ですね…』

『今回は魔王に手紙を届けてもらうために呼びましたので、その事を伝えて早々に帰って貰いましょう』

『はい、分かりました』

 ノーラが嫌な表情をしていたのが理解できた。


「ヴァレオン、魔王にこの手紙を届けて貰えませんか?」

「このヴァレオン、愛しいエルネット女王陛下の為ならばどのような用件もお受けいたします」

「そうですか、では出来るだけ早く届けてください」

「承りました。このヴァレオン、愛しいエルネット女王陛下の為に今日中にお届けします」

 近衛兵が器に乗せた手紙をヴァレオンに差し出すと、ヴァレオンは両手でとても大事に手紙を受け取った。


「エルネット女王陛下の美しいお姿を拝見させて頂く為に、すぐに魔王様からの返事を持って参ります」

「ヴァレオン、お願いします」

 ヴァレオンは名残惜しそうにうちの姿を見てから、謁見の間を出て行った。


『疲れました…』

『えぇ、わたくしも疲れました』

 面会していた時間は短かったけれど、うちもエネットも精神的に疲れ果てていた。

 来客はヴァレオンだけで、うちは奥に下がって王冠を外してもらい、ドレスも動きやすい服に着替えた。

 そして、昨日と同じようにノーラと共に、書類にサインする仕事を行っていた。

 仕事をしながら、ヴァレオンの事についてエネットに尋ねた。


『エネット、ヴァレオンは魔王を守護する七魔天だっけ、強いんですよね?』

『えぇ、七魔天の中で一、二位を争う程の強者です』

『そんなに強い魔族がいるのなら、ルピオン帝国を退けては貰えないのですか?』

『ヴァレオンは商人としてロンランス王国に来ていて、彼を戦わせることは不可能なのです』

『やはりそうですか…』

 当然と言えば当然よね。

 うちが考えるくらいだから、当然エネットも考えているはず。

『わたくしがヴァレオンと結婚すればヴァレオンは戦ってくれますけど…その選択は取りたくありません』

『ですよね…』

 ヴァレオンは美形だったけれど、うちも吸血鬼とは結婚したくはないかな?

 種族が違う時点で、結婚の対象にはならないと思う。


 午後はゆっくりと過ごせるみたいで、うちはノーラと近衛兵ロディエットを連れてお城の庭を散策していた。

「気持ちが和みます…」

 咲き誇っている花や綺麗に整えられた庭園を見ていると、ヴァレオンとの面会で疲れた心が癒されて行く。

 ノーラが気を利かせて外に連れ出してくれた事には、感謝しなくてはならない。

 庭園の中にある、丸く白い屋根のあずまやで休憩をする事になった。

 そこで、ノーラが用意しいた紅茶とお菓子をバスケットから取り出し、三人で席に座って頂いた。


「エネット様、例のメイドが見つかりました」

「そ、そう…」

 ロディエットがいるので、ノーラは言葉を濁して伝えてくれた。

 あーちゃんがこの城で働いていると知って安心すると同時に、早く会いたいとも思った。

 でも…メイドとして頑張って仕事をしているあーちゃんに会ったとして、何を話せばいいのだろう…。

 それと、うちはあの事件以来あーちゃんから嫌われているし、女王が会いに行ったともなれば迷惑するよね。

 ノーラの様に、エネットのお世話をするメイドだったら声を掛けても問題無いのだけれど、他のメイド達に声を掛ければ委縮されるだろうし何事かと思われるよね。

 今はもう少し様子を見た方が良いと思う。


「ノーラ、そのメイドはしばらく様子を見ていてください」

「それでよろしいのでしょうか?」

「はい…」

 ノーラはうちがそう言った事で、それ以上追及してくる事は無かったけど、エネットが話しかけて来た。


『ユーカはそのメイドと会いたいのではないですか?』

『会いたいですけど、仕事の邪魔をしては悪いかなと…』

『わたくしの権限を使えば、そのメイドを側仕えにすることは可能です。そうすればユーカも安心できるでしょうし、毎日一緒に過ごすことが出来ますよ』

『うっ…』

 エネットの提案に心を揺さぶられるけれど、あーちゃんの邪魔はしたくなかったので涙を飲んで断った。


 そして翌日から、ノーラはあーちゃんの仕事ぶりを報告してくれるようになった。

「アリーヌは人が変わったように早起きするようになり、仕事もしっかりやり遂げるようになったそうです。

 たまに失敗はするみたいですが、今までの事を考えれば十分な戦力になっているそうです」

「そうですか…」

 アリーヌと言うのはあーちゃんが入ったメイドの名前で、毎日仕事を頑張っていると教えられた。

 あーちゃんが頑張っていると知り、嬉しさのあまり頬が緩んでだらしない顔になっているとノーラから注意を受けた…。


「まだお会いにならないのでしょうか?」

「えーっと、うん、会わない方が良いかな?」

 本当は直ぐにでも会いに行きたいけれど…


『ユーカは意外と勇気が無いのですね?』

『うっ…喧嘩なら勇気を出せるだけれど、嫌われたらと思うと…』

『わたくしもノーラに嫌われたら生きていけませんので、気持ちは良く分かります。

 ですが、話さなければ何も始まりません。

 ユーカは勇気をもって、アヤと話をするべきだと思います』

『ですよね…』

 エネットに言われた通り、勇気を出さなくてはいけない。

 分かってはいるのだけれど、うちは一歩を踏み出せずにいた…。

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