第十話 優華 女王になる

 うちは女王になっていた。

 訳が分からないけど、花ちゃんの魔法でカーディアナと言う異世界に魂だけ移され、そしてエルネット・ジョセフィーヌ・ティア・ロンランス女王様の体の中に入っている。


『と言う事なんだけれど、分かったかしら?』

『だ、大体は…』

『そう、ユーカに体を貸すのは、静寂の魔女キャロリシアとの契約に基づく物だから、安心してわたくしの体を使ってくださいね』

『は、はい…』

『それからわたくしの事は、エネットと呼んでくださいね』

『はい、エネット…様』

『様も不要ですよ。だってユーカはわたくしなのですからね』

『分かりました。エネット、これからよろしくお願いします』

『はい、こちらこそよろしくお願いします』


 エネットの話によると、エネットが女王として君臨している国はロンランス王国と言い、人と亜人が共存して生活している。

 亜人と言うのはゲームに出て来るエルフ、ドワーフ、獣人等、人とは少し違った容姿を持つ種族の事を指すらしい。

 そして亜人と共存する事で、それぞれが得意な技術を生かして国を繫栄させて来た。

 それはとても良い事だと思うけれど、亜人を嫌っている国もあるそうで、ロンランス王国はその国と対立している。

 時折戦争したりすることもあるそうだけれど、最近はそのような危険な事は無く平穏に過ごせている。

 それでうちはこれから、ロンランス王国の女王として生活して行かないといけないのだけれど…。

 無理、無理、無理、無理、無理!!

 ゲームじゃないんだから、普通の高校生がいきなり女王とか無理だから!

 心の中で叫んでも、この状況が変わる事は無い…。

 そして今、うちはエネットの豪華な寝室で目覚めていた。


「エネット様、おはようございます」

 うちが目覚めて体を起こして寝室の中を見渡していると、金髪の髪を後ろでお団子に纏め、少し厳しめの表情をした二十歳くらいの若いメイドがベッドの横に来て、綺麗なお辞儀と共に挨拶をしてきた。

『彼女はノーラ、わたくしが一番大好で大切な人です』

『そ、そうですか…』

 メイドだったので一瞬あーちゃんかとも思ったけれど、あーちゃんならもっと可愛らしい挨拶をしてくるから違うと思う。

「ノーラ、おはようございます」

 うちはエネットとして、普通に挨拶をしたのだけれど…。

「貴方は何者ですか!正直に言わないと刺しますよ!」

 ノーラの表情が更に厳しくなり、次の瞬間目の前にナイフを突きつけられてしまった!

 ナイフを突きつけられた事には驚いた、と言うか普通に怖い!

 だけど、ここで怯んでいては相手に付け込まれる。

 喧嘩と同じ…落ち着いて、相手の目を真っすぐ見ながら話しかけた。


「わ、わたくしはエルネットです。女王にナイフを向けるとは許しませんよ!」

「どうやら、本当に別人のようですね!」

 うちは対応を間違えたみたいで、ノーラから殺意が向けられて来た!

『ちょっと、エネット!うち、このままでは殺されるんだけど!!』

『あらあら、ノーラちゃんには困ったものです』

『笑ってないで、早く代わって!』

 エネットは笑っているけれど、笑っていられる状況では無いので、エネットに体の主導権を渡し、うちは思考だけの存在となった。


「ノーラちゃん、驚かしてごめんねぇ」

 エネットがノーラに馴れ馴れしく声を掛けると、ノーラの放っていた殺気が少しだけ収まった気がする。

 それでもまだ、ノーラはナイフを突き立てたまま警戒は解いていない。

「ノーラちゃんに説明するから、落ち着いて貰えないかしら?」

「…分かりました」

 エネットが説得し、ノーラがやっとナイフを目の前からおろしてくれた。

 うちは一安心し、張り詰めていた気持ちを落ち着かせた…。

 エネットはと言うと、まだナイフを手に持っているノーラに抱き付いた…。


「ノーラちゃん、好き好き大好き!」

「どうやら今はエネット様のようですが、先程は誰だったのですか?」

「それは着替えてから話しますけれど、もう少し甘えさせて頂戴~」

「はぁ、少しだけですよ…」

 ノーラはため息を吐きつつ、エネットにされるままになっていた…。

『エネット、もしかして毎朝ノーラに甘えているの?』

 うちは少し怒りながら、ノーラに甘え続けているエネットに尋ねてみた。

『当然ですよ』

『それなら、うちにもノーラに抱き付いて甘えるように言って貰えれば、怖い思いをしなくて済んだのに!』

『だって、わたくしの体とは言え、ユーカにわたくしの大好きなノーラを抱きしめて欲しくなかったのですから…。

 ユーカも、大好きな人を奪われたくは無いと思うでしょう?』

『…そう…かも…』

 大好きな人と言われて、あーちゃんの顔が浮かんできた。

 確かに、あーちゃんが他の誰かに抱きしめられていたらと思うと、とても嫌な気持ちになる。

 エネットの言いたい事は理解できたけれど、最初からエネットが対応してくれれば、うちにナイフを向けられる事は無かったはず。

 ノーラに甘えているエネットから幸せな気持ちが伝わって来ていて、怒る気持ちは無くなってしまった。

 エネットがノーラから離れると、ノーラは素早くエネットを着替えさせていた。

 そして、二人でテーブルの席に座り、エネットがノーラに説明を始めた。


「静寂の魔女と契約したのですか!?」

「そうなの、ロンランス王国の危機を一度だけ救ってくれると言う条件でね」

「危険なのではないでしょうか?」

「静寂の魔女は恐ろしい存在ですが、契約をたがえる事は無いはずです」

「だと良いのですが…」

 静寂の魔女とは花ちゃんの事らしく、カーディアナでは恐れられているらしい…。

 うちからすれば、花ちゃんは真面目でいい先生だと思うのだけれど、魔法でうち達をこの世界に送り届けた。

 今でも信じられない事だけれど、普通に考えて誰にもできる事では無いのは良く分かる。

 そんな事が出来る花ちゃんは、魔女としては怖い存在なのだろう。


「それで、わたくしの中に入っているのがユーカで、ノーラちゃんにはユーカの手伝いをお願いします」

「承知しました」

 ノーラが納得してくれたので、うちとエネットが入れ替わった。

「初めまして。うちが優華です」

「ユーカ様、エネット様付きのメイド、ノーラと申します。以後よろしくお願い致します」

 改めてノーラと挨拶を交わし、ノーラはうちの手伝いをしてくれる事になった。

 そして、うちの女王としての生活が本格的に始まった。

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