第八話 優香 事件

 うちは藤崎ふじさき 優華ゆうか、十七歳、高校二年生。

 朝は身だしなみに時間が掛かっても仕方がない。

 だって、好きな人には綺麗な姿を見て貰いたいと思うのが、乙女心と言うものでしょう。

 茶色に染めた髪は美容師さんに言われた通り、毎日のお手入れを欠かしてないので美しく輝いている。

 今日も髪のウェーブが完璧に出来て最高の気分。

 化粧も薄くして…鏡に映ったうちの姿を左右に首を回してチェック。

 うん、綺麗に出来たと思う!


「優華、そろそろ時間よ!」

「はーい!」

 出掛ける時間が迫って来たのをママが知らせてくれたので、最後にもう一度だけ鏡で姿を確認して家を出た。


「あーちゃん、おはよう」

「ゆーちゃん、おはよう」

 大好きなあーちゃんと朝の挨拶を交わす。

 うーん、今日のあーちゃんも可愛い!

 あーちゃんとは幼稚園の頃からずっと仲良しで、毎朝の挨拶を欠かしたことが無い。

 だけど、小学四年生の時に起きた事件から、あーちゃんとは朝の挨拶以外の会話をしなくなった…。

 うちが全面的に悪く、あーちゃんに心の傷を負わせてしまったので、うちが受ける罰だと思っている。

 だからうちは、あれからずっとあーちゃんを陰から守って来た。

 あーちゃんと一緒に通学し、人通りが多くなった所であーちゃんと別れる。

 本当はずっと一緒に通学してあーちゃんを見守っていたいのだけれど、無言で歩くうちと一緒にいない方が気も楽になると思う。


「ゆーか、おはにゃぁ~」

「ゆーか、おはよう~」

「ひな、もこ、おはよう」

 駅の近くのコンビニで、親友のひなともこの二人と合流する

 語尾に「にゃぁ」を付けているのが、松永まつなが 日向ひなた、通称ひな。

 今日も金髪の髪をツインテールにして、可愛さをアピールしている。

 語尾に「にゃぁ」を付けるのは、ひなの可愛さを高めて良い男を捕まえるためと本人は言っているけれど、変な男しか近寄って来ない…。

 ひなは胸も大きくて顔も可愛いから、普通にしていた方が良い男が近寄って来るとは思うけど、中学の頃はそれで誰も近寄って来なかったらしく、高校になったのをきっかけに今のスタイルに変えたらしい。

 早くいい男が見つかる事を、もこと一緒に願っている。


 棒キャンディを舐めながら甘い匂いをさせているのが、高山たかやま 桃子ももこ、通称もこ。

 もこはひなとは違い、男より食べ物の方が好きで常に何か口に入れているけど、彼氏も欲しいとは常に言っている。

 彼氏が欲しければ、少し痩せておしゃれにも気を使えばいいと思うけれど…。

 せっかく可愛らしいピンクに染めた髪もお手入れが行き届いて無くて、朝時間が無かったのか少しバサバサしている。

 このまま学校に行かせるのは可哀そうだから、櫛を取り出して簡単に整えてあげる。


「ゆーか、いつもありがとう~」

「お礼はいいから、少しだけじっとしてて」

 うちがもこの髪を整えていると、ひなが話しかけて来た。


「ゆーか、仲直りは出来そうにゃぁ?」

「うーん、まだ…」

「夏休み前に仲直りしないと、一緒に遊べないにゃぁ」

「そうなんだけれど…嫌われたらと思うとね…」

「大丈夫だと思うけどにゃぁ」

 ひなが言っているのは、あーちゃんとの仲直りの事なんだけれど、うちはまだ行動に移せないでいた。

 高校二年生まで仲直り出来ていないのを、急に仲直りしろと言われても無理な話…。

 でも、今仲直りしないと、あーちゃんとは離れ離れになってしまう。

 理由はこの前行われた進路希望。

 うちはあーちゃんと一緒の大学に進学するつもりだったのだけれど、ひなに頼んで見て貰ったあーちゃんの進路希望は就職と書かれてあった。

 あーちゃんは母子家庭で二人暮らしだから、優しいあーちゃんは就職してあーちゃんのお母さんを楽させてあげたかったんだと思う。

 もこの髪も整い、三人で通学しながらその事を話して行く。


「あたしが間に入ってあげてもいいよ~?」

「ひなも手伝うにゃぁ」

「気持ちはありがたいけれど、うちが声を掛けないと駄目だと思う…」

 事件の事を思い出し、落ち込んでしまった…。

 二人には事件の事は話してないし、他の誰にも話した事も無い。

 事件の事を知っているのはあーちゃんと、もう一人の男の子は脅して黙らせているので漏れる事は無いだろう。

 でも、二人なら信用できるし、話して相談に乗って貰った方が良いのかもしれない。

 二人には誰にも話さないようにと言い聞かせて、事件の事を話す事にした。


「うちが小学四年生の時、あーちゃんはとても清楚で可愛らしくて…もちろん今も可愛いのだけれど!!」

「はいはい、先に進めてにゃぁ」

 当時のあーちゃんの可愛らしさを思い出してちょっと興奮してしまい、ひなに話を進めるよう言われた。

「えーっと、あーちゃんは可愛くて、男の子達からも人気が高く、何人も告白しようとしていたの。

 当然、全部うちが潰して回ったのだけれど、一人だけうちの隙を突いて告白した馬鹿がいたのよね!」

「えぇ~、彩ちゃんが可哀そう~」

 もこが可哀そうだと言っているけれど、あーちゃんもその当時、男の子は怖くて嫌いだと言っていたので問題はない。


「そんな事ない!あーちゃんは男の子が嫌いなの!だからうちが怖がらせないように排除してたのよ!」

「そういう事にしておくにゃぁ、それで告白した後はどうなったのにゃぁ?」

「あーちゃんは男の子に壁に押し付けられていたので、とても怖がって震えていたの。

 だから、うちは男の子をボコボコに殴った後で、震えているあーちゃんを安心させるように抱きしめてあげたの…」

「ん?良い話だけのにゃぁ?」

「そこまでは良かったのよ…その時のうちはあーちゃんを男に取られるくらいならと…キス…したの…」

「キ、キスって…唇にしたのかにゃぁ!?」

「うん…」

「あ~やっちゃったんだね~」

 女友達同士でふざけて頬にキスしたりは、当時たまに見かけたりもしていたけど、唇へのキスはうちもやり過ぎたと思っている。

 だって、あーちゃんは大泣きしてしまったし、なんとか家まで連れ帰ったけれど、翌日から顔を合わせてくれなくなった…。

 完全に嫌われてしまい、それから今日までずっと同じ状況が続いていた。


「話は分かったにゃぁ。確かにキスはやりすぎにゃぁ」

「そうだよね~。でも~彩ちゃんがゆーかを嫌っているとは思えないけど~?」

「えっ!?そうなの?」

「だって、毎日挨拶はしてくれるんでしょう~」

「う、うん」

「あたしなら嫌いになった人と挨拶も交わしたくないと思う~」

「ひなもそう思うにゃぁ」

「そうかも?」

「だから、今日は思い切って声をかけてみよ~」

「そ、それはちょっと…」

「勇気を出すにゃぁ」

 二人にあーちゃんに声を掛けるように言われたけれど、勇気を持てないまま学校に着いた…。

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