第七話 彩 上司 その二

 洗濯がやっと終わり、アリーは美味しそうに昼食を食べていた。

 昼食もクレマさんがやって来て、アリーは好きな料理を選べなくて不満に思っているみたいだけれど、私から見ればバランスのとれたとても良い食事に思える。

 でも今は、食事の事を気にする余裕もないくらい、私は疲れ果てていた…。

 お母さんが毎日頑張って働いている仕事も、こんなに大変なのかな?

 私は半日で疲れてしまい、こんなのが毎日続くのかと思うと、日本に帰りたい気持ちでいっぱいになってしまった。

 駄目駄目!

 私も卒業後は働いてお母さんを楽にさせてあげるのだから、こんな所で値を音を上げていては駄目!

 アリーも毎日同じ仕事を頑張ってやっているのだし、私も頑張らないといけない!

 アリーがお腹いっぱい食べてくれたお陰で体は元気いっぱいだから、午後の仕事も頑張ろうと思う。


「午後はトイレとお風呂掃除です。しっかりと働きなさい!」

「は、はい!」

 クレマさんにトイレとお風呂掃除を言い渡され、私はアリーに聞きながらトイレとお風呂の掃除をする。

『アリー、汚れを落とす魔法は無いのですか?』

『ありません…それがあればどんなに便利だったかと…』

『ですよね…』

 そんな楽な魔法があれば、お城で大勢の使用人達が働いている必要はないよね…。

 掃除をするときに使った魔法は、水を出す、体を浮かせる、お風呂場で濡れた床を風で乾かすの三種類だけでした。

 どの魔法も、魔法を使った事が無い私にとっては驚きの連続で、それを自分が使えたことが非常に嬉しかった。

 そして、魔法を使っている時だけ、仕事の疲れを忘れることが出来た…。


『アヤ、これで終わりです』

『やっと終わった…』

 最後のトイレ掃除が終わり、疲れ果てた私は廊下で座り込んでしまった…。

『アヤ、大丈夫ですか?』

『うん、少し休めば…』

 一日働いた事で、肉体的にも精神的にも疲れ果てていた。

 お城の廊下で座り込むのは本当はいけない事なのだろうけれど、少しだけ休ませてもらう。

 アリーも私を心配して声を掛けてくれているが、返事をするのも億劫な感じ…。

 少し俯いて呼吸を整えていると、誰かが近づいて来ている足音が聞こえた。

 早く立たないとと思うけれど、体が言う事を聞いてくれない。

 そしてその足音は、私の近くで止まった。


「アリーヌ、廊下で座り込まないの!ほら、立ちなさい!」

 声を掛けて来たのはクレマさんで、私の手を引いて立ち上がらせてくれた。

「ごめんなさい、少し疲れてしまって…」

「具合が悪いとかでは無いのね?」

「はい…」

「今日は良く頑張っていましたからね。いつもこのくらい頑張ってくれれば怒らずにすむのですよ」

 クレマさんは私の体調を心配し、ちょっと待ってなさいと言って、私が使っていた掃除道具を片付けてくれた。

「歩けますか?」

「はい、何とか…」

「では、夕食に行きますよ!」

 クレマさんは私の手を引いて、食堂まで連れて行ってくれた。

 そしてクレマーさんは私を食堂の席に座らせ、バランスのとれた夕食を持って来てくれた。

 アリーは肉料理が少ないと頭の中で私に文句を言いつつも、美味しそうに夕食を食べていた。


『アリー、クレマさんってとても良い人ですね』

『私は毎日怒られていたのに…』

 私がクレマーさんの事を良く言うと、アリーは落ち込んでしまった。

 アリーが普段どんな風にクレマーさんから怒られていたのかは知らないけれど、私が今日一日接したクレマーさんは良い人だと思う。

『アリー、クレマーさんが怒っていたのは、アリーに仕事を覚えて貰いたかったからではないかな?』

『そうかも知れないけれど、毎日同じ事を怒る事は無いと思うんです…』

『それは、アリーが同じミスを繰り返していたからでは?』

『うっ…それはそうですけど…』

 ちょっと言い過ぎたかな…アリーが更に落ち込んでしまって、食事をする手も止まってしまった。


「アリーヌ、やはりどこか具合が悪いのではないの?」

「あっ、いえ、ごめんなさい、大丈夫です」

「そう?食べ終えたらお風呂に入って、今日は早めに寝なさい!」

「はい、分かりました…」

 クレマさんは、食事が止まっているアリーを心配して声を掛けてくれた。

 はやり、クレマさんは良い人だと思う。


『アリー、私はお母さんから、怒ってっくれる人の意見をよく聞くようにと教えられました。

 何故なら、怒る人は私に悪い所があるから怒るのであって、そこを直して欲しいと思っているから怒るのだそうです。

 アリーも、これまで怒られた事を思い返して、よく考えて見てはどうでしょうか?』

『…』

 アリーは考えてくれたのだろうか?

 黙々と食事を続けていた。

 そして私に体を返した後も、アリーは必要以外の話をしてくれなくなってしまった。

 怒らせてしまったと思ったけれど、アリーには理解して貰わないと私を迎え入れてくれた事の意味がなくなる。


 私は花先生から強制的にアリーの体に連れて来られたけれど、アリーは花先生と約束をして私を受け入れてくれている。

 その約束とは、アリーが仕事で怒られなくなるようになる事。

 本当はこの仕事から逃げ出したかったそうだけれど、逃げ出した所で仕事は無いので生きていけない。

 だから、怒られなくなるようにして欲しいと願い、花先生もそれを受け入れたそうです。

 花先生がした約束なので、私がやる事も無いのだけれど、私は体を使わせてもらって貴重な体験をさせて貰えた恩もあるし、アリーには怒られないようになって貰いたいとも思う。

 でも、寝るまで話してくれなくなったのは、ちょっと言い過ぎたとも思うし、また私は友達を遠ざけてしまったと後悔した…。


 そして翌朝、昨日と同じように起きて、昨日と同じように朝から窓拭きをやっていた。

 まだアリーは黙ったまま話してはくれない…。

 黙々と窓拭きを続けていると、やっとアリーが話しかけてくれた。


『アヤ、少し代わって貰えませんか?』

『はい、いいですよ』

 私は体の主導権をアリーに渡すと、アリーは私に代わって窓拭きを始めた。

『アヤ、悪い所があれば教えてください』

『う、うん、えーっと、まず水を付けすぎですので、力一杯布を絞ってください』

『分かりました…』

 アリーの窓拭きは、お世辞にも上手とは言えなかった…。

 でも、アリーなりに一生懸命窓拭きをやっているし、やり方をしっかり覚えて貰えれば、すぐに上手くなると思う。

 ただ残念な事に、アリーが体を使う時間は限られていて、毎日少しづつ覚えて行って貰うしかない。


『アリー、私が居なくなるまで頑張って教えますので、一緒に頑張って行きましょう』

『はい、アヤ、お願いします』

 アリーとの仲も元通りになり、アリーとの共同生活を楽しく送って行くことが出来そうだと思った。

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