第六話 彩 上司 その一
アリーの持っている汚れが見えるスキルは、他に持っている人がいない珍しいスキルだそうです。
汚れが見えるだけのスキルなんて、掃除以外では使えないしね…。
スキルと言うのは生まれ持っていたり、後から修得したり出来る物なのだそうです。
一般的に、生まれ持っているスキルは強力で、後から修得できるスキルは弱いそうです。
アリーのスキルは生まれ持っていたそうなんだけれど…強くないよね?
でも、便利なのには変わりありません。
『アヤ、床は見ない方が良いです』
『えっ、うわぁ…』
アリーに注意されたけど、思わず床を見てしまった…。
スキルを使った状態で見た床の絨毯には、他のメイド達が掃除をしていたにも関わらず汚れていた…。
それに、私が踏んだ足跡もしっかりと見えた。
『アリー、スキルを止めるにはどうしたらいいのですか?』
『見えないでーって念じればいいです』
『また念じるんですね…』
見えないでと念じると床の汚れは見えなくなり、掃除し終えた綺麗な絨毯になっていた。
このスキルは掃除をする時だけ使う事にしよう。
間違って食事とか見たら、食べられなくなりそうで怖い…。
窓拭きを終えて、水桶と布を片付けようとしていると、メイドが一人私の所にやって来た。
『あっ、クレマさんだ…』
アリーの声は怯えていて、私が入っているアリーの体も震えていた。
「アリーヌ、まだぐずぐずしているの!早く終わらせないと今日も朝食抜きよ!」
「は、はい…」
クレマさんの厳しい口調に、私もつい返事をしてしまった。
クレマさんは私が拭いた窓を確認し、私もクレマさんの後について行った。
『クレマさんは私の教育係で、毎日毎日私を怒っていじめる怖い人なんです…アヤも気を付けてください…』
『分かった…』
いじめられるのは嫌だなぁと思いつつ、クレマさんの確認を待つ…。
「ここ拭き残しています。早く拭きなさい!」
「はい!」
窓枠の所にちょっとだけ拭き残しがあり、私は慌てて布で綺麗に拭きあげた。
「今日は良く出来ています。さぁ、早く道具を片付けて食堂に来なさい!」
「は、はい!」
クレマさんは私にそれだけ伝えて去って行った。
『はぁ、怖かった…』
アリーはクレマさんがいなくなって一安心しているけれど、私から見ればクレマさんは良い人に見えた。
でも、この時点で判断するのは早計かな?
もう少し様子を見て見ようと思う。
私は掃除道具を片付け、お城で働く使用人専用の食堂へとやって来た。
『アリー、約束通り代わりますね』
『はい、お願します!』
私は体の主導権をアリーに渡した。
すると、スッと体が軽くなったような感覚になり、目と意識だけの存在になったような気がする。
でも、五感は感じるかな…。
それから、自分の意思に反して体が動いているので、不思議な感覚です。
アリーには、一日最低一時間、最長二時間は体の主導権を渡さないといけません。
そうしないと、私がアリーの体に定着してしまって日本に帰れなくなるから。
そしてアリーと話し合った結果、食事時に代わる事になった。
私もこの世界の食事に興味があったのだけれど、この体はアリーの体だし仕方ない。
「今日は何を食べようかなぁ?」
朝食はビュッフェ形式の様で、好きな料理を選んで食べられるみたい。
アリーは肉料理を中心にトレイに乗せていた。
『アリー、野菜も食べた方が良いと思うんだけど?』
『野菜は嫌いです…』
『そ、そう…』
朝から肉料理は重いんじゃないかとも思うけれど、肉体労働だからしっかり食べないといけないのは理解した。
だけど、バランスよく食べないと、体に良くないと思うんだよね…。
「アリーヌ、野菜も食べなさい!肉ばかり食べているから、無駄なお肉がつくのよ!」
アリーが料理を選んでいるとクレマさんがやって来て、アリーの持つトレイから肉料理を取り上げて野菜炒めとかサラダを乗せて行った。
クレマさんの視線は、アリーの大きな胸に行っている。
そうか…お肉を沢山食べれば胸が大きくなるのか…。
私も胸が大きければ、男の子にモテたりするのだろうか?
そんな事を考えていたら、アリーは涙目になりながら、野菜の多く乗ったトレイを持ってクレマさんと隣の席に座って食事を始めた。
『ううっ、お肉が食べたかったです…』
『ま、まぁ、昼食や夕食があるし、朝からお肉ばかり食べていたら体が動きにくなりますよ。
それに、クレマさんが選んでくれた料理はバランスが良くて美味しそうですよ』
『そうですけど…』
アリーも、体が重くなることは自覚しているんだ…。
そして文句を言いつつも、アリーは食べ始めると美味しい美味しいと言ってお腹いっぱい食べていた。
「アリーヌ、早く食べ終えなさい!次の仕事が待っています!」
「は、はい!」
アリーより先に食べ終えたクレマさんは、アリーに早く食事を終わらせるようにと急かしていた。
アリーの食事が特に遅いと言う事では無いのだけれど、周りの皆が早すぎる気がする。
食事くらいゆっくり食べたいと思うのだけれど、仕事があるのだから仕方ないのかな?
私はお母さんが仕事をしている所は見たことが無いけれど、こんな風に急いで食事をしているのかもと思ったら、私も頑張って仕事をしないといけないと思う。
アリーは食事を終え、体の主導権を私に戻してくれた。
『美味しかったです!』
『それは良かった。私もアリーを通して、朝食の美味しさは伝わってきました』
日本とは違った食材と調理方法で作られた料理は、意外と美味しいと感じた。
実際に食べて見たいと思うので、今度アリーにお願いしてみようと思う。
朝食の後に与えられた仕事は洗濯で、浴場の様な広い場所に直径一メートル位の桶が何個かおいてあり、私はその中の一つの桶の前に行った。
『アヤ、魔法で水を桶に溜めて、石鹸は汚れている所だけにつけて軽くこすって洗います』
『分かった、やって見ます』
私の横にはすでに洗濯物が置かれていて、それを一つ取って水を張った桶に入れ、汚れている所に石鹸を付けて洗った。
『こんな感じで良いでしょうか?』
『はい、大丈夫です!』
家でも、手洗いしか出来ない服を何度か洗った事がある。
それと同じようにやって見たのだけれど、上手くいって良かった。
『アヤ、頑張って洗って下さい』
『はい』
洗濯物は次から次へと運ばれて来て、私は洗う事だけに集中させられ、干すのは他の人がやってくれている。
辛い…いじめかと思える洗濯は午前中続き、へとへとになりながら洗濯機のありがたみを噛み締めていた…。
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