第四話 彩 日常から非日常へ

 情報教室、パソコンが置かれている教室に入り、皆は仲の良い友達同士集まって席に座った。

 友達がいない私は、空いている席を探したけれど…男の子の隣しか空いていなかった。

 仕方なくその席に座ろうとしていると、ゆーちゃんから声を掛けられた。


「い、五十嵐さん、うちの隣が空いているから…こっちに来ない?」

「あ、うん…藤崎さん、ありがとう」

 幼馴染のゆーちゃんとは、学校ではよそよそしい感じになる。

 でも、久しぶりに学校で声をかけて貰って、ちょっと嬉しかった。

 私はゆーちゃんの隣の席に座ると、ゆーちゃんはニコッと笑みを浮かべていた。

 仲の良かった小学校の時を思い出して少し嬉しくなり、私も笑顔を浮かべながらパソコンに視線を向けた。


「皆さん、特別授業を始めますので、パソコンの電源を入れてください」

 花先生の指示に従い、パソコンの電源を入れた。

 パソコンが苦手な私だけれど、高校に入ってから簡単な事は出来るようになった。

 パソコンが起動している間に、花先生が話し始めた。


「皆さんは二年生の半ばまで来ており、高校生活も残り半分となりました。

 この前進路希望を提出して貰い、進学、就職、皆さんは卒業後にそれぞれの道へと進む事になる事でしょう。

 進路希望には夢みたいな事を書いている人もいましたけど、現実は甘くありません。

 芍薬高校の卒業生達は、社会の最底辺で汗水流して働いています。

 それは大学に進学したとしても同じ事で、このままでは皆さんも卒業生と同様になってしまいます。

 担任の私としても、皆さんに夢の無い将来を送って貰いたくはありません。

 ですので、夏休みを前にして皆さんには意識改革を行ってもらおうと思い、この特別授業を行う事にしました」

 花先生の話が一区切りついたところで、皆が騒ぎ出した。


「特別授業ってなに?」

「えー、夏休みは遊ぶ予定が詰まってるんだけど?」

「最底辺って、そこまで言う?」

「でも、俺ら最底辺だし、しょうがねーんじゃね?」

「そうだな。今から焦ってもどうにもならねーよ」

「「「あははははは」」」

 私も勉強が出来る方では無いし、花先生の言う通りまともな所に就職することは出来ないだろう。

 お母さんは、朝早くから夜遅くまで一生懸命働いている。

 一生懸命働いているお母さんを悪く言う事は出来ないけれど、お給料はいい方ではない。

 だから私は就職を希望し、働いてお母さんを楽にしてあげたいと思っている。

 でも、花先生の言う意識改革をすれば、少しでもお給料のいい所に就職できたりするのかな?

 お給料をいっぱい貰えれば、もっとお母さんを楽にしてあげられる!

 そう思って私は特別授業に興味を示し、花先生の話を待つ事にした。


「パンパン、皆さんお静かに」

 花先生が手を二回叩くと皆は静まり返り、花先生の話に集中する。

「特別授業と言ってもゲームみたいなものです。

 パソコンの画面を見てください。

 私のアイコンがありますので、それをクリックしてください」

 パソコンの画面を見ると、花先生が二頭身にデフォルメされた魔女姿の可愛らしいアイコンがあった。

 私がそれをクリックすると、画面一面に大きな文字が表示された。

「魔法の世界カーディアナへようこそ!」

 背景には西洋のお城があり、ファンタジー世界のようです。


「花ちゃんが作ったゲームなの?」

「ゲームなら得意だぜ!」

「面白そー、花ちゃん始めてもいい?」

「始めていいです」

 男の子達はゲームだと聞き、喜んで始めたみたい。

 私も(スタート)と書かれた所をクリックした。

 名前を入力する所が出て来たので、自分の名前(五十嵐いがらし あや)と入力して次に進んだ。


(カーディアナは全ての生物が魔法を使える世界です。

 カーディアナは様々な種族が暮らしており、時には対立したりもしています。

 五十嵐 彩さんはカーティアナの地に降り立ち、そこで生活して貰います)

 カーディアナと言う世界の説明が流れ、次にこのゲームでの職業が表示された。


「えっ?」

 私は画面に表示された職業を覗き込んでしまった…。

(五十嵐 彩さんの職業はメイドです)

 何度見ても変わる事は無く、メイドさんの絵も表示されている。

 他のクラスメイトの職業も表示されているみたいで、騒々しくなっていた。


「五十嵐さんは、メイドなんだ…」

「う、うん…」

「うちは女王だよ」

「す、凄いね…」

 ゆーちゃんが私の画面を見て、微妙な表情をしていた。

 魔法が使えるゲームの世界でメイドって、何をやるんだろう?

 ゆーちゃんの女王も良く分からないよね。

 あまりゲームはやった事ないけれど、普通は魔法使いとかになるんじゃないのかな?


「パンパン、皆さん静かにしてください。

 職業の変更は出来ません。

 与えた職業は、私が皆さんに合っていると思い選んだ職業です。

 これから皆さんにはカーディアナの世界に行ってもらって、その職業を体験してもらいますが、その前に皆さんがどの職業を与えられたのかを、それぞれ確認し合ってください」

 花先生がそう言うと、皆は席を立って職業を確認し合っていた。


「五十嵐さん、一緒に見に行かない?」

「うん…」

 私もゆーちゃんの後ろに着いて行き、画面を見て回った。

 他の人達はゲームによく出て来る剣士、ハンター、治癒師、暗殺者、聖騎士等普通の職業だった。

 でも、聖女、勇者、魔王なんかもあったし、ゆーちゃんの女王も納得は出来た。

 私のメイドだけなんか浮いている気がするけど、戦うのは苦手だし丁度いいかなとも思った。

 花先生が私に合っていると思って選んでくれたのだろうから、メイドを頑張ってみようと思う。


「見終わったら席に着いてください。席に戻ったら始めますので、確認ボタンを押してください」

 私は席に戻り、いつの間にか表示されている確認ボタンをクリックした。

(カーディアナの世界に行きますか?はい、いいえ)

 私は素直に(はい)をクリックした。

 すると、画面には輝く魔法陣が表示されていた。

 ゆーちゃんの画面を見ても、同じような魔法陣が表示されている。

 皆揃ってからゲームが始まるんだろうな…。

 そう思っていると、花先生がいつの間にか曲がりくねった杖を持って呪文みたいなのを唱え始めた。


「ダールゾーイ ガウロア イスエゾ オムオーム ベラードム ウロロイ…」

「花ちゃん、呪文?面白ーい」

「なんか、本物の魔女っぽいね」

「雰囲気あるー」

 皆楽しそうに呪文を唱える花先生を見ている。

 画面に表示されている魔法陣も、花先生の呪文に合わせるかのように輝き始めた。

 演出が凝っているなぁと思っていたのだけれど、花先生の後の黒板にも魔法陣が現れ、私の足元にも、ううん、皆の足元にも魔法陣が浮かび上がっていた。


「旅立ちの時間です。皆さん頑張って来てくださいね」

 花先生がそう告げると、魔法陣が目を開けれいられない程の眩い光を放ち、私はそこで意識を失ってしまった。

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