第三話 彩 日常

 …眠りから意識だけ目覚めた私は、いつもの様に体を横にして枕元に置いてあるスマホに手を伸ばした。

 ぱふ、ぱふ…。

 スマホに手が当たったのでつかみ取り、目の前に持って来て起動させ、目を開いた。

 四時四十八分。

 いつも通りの目覚めに満足しつつ、五時にセットしたアラームを解除する。

 次に天気予報をスマホで確認した。

 降水確率ゼロパーセント。

 今日は洗濯日和だと分かると、ちょっと気分が良くなる。


 ベッドから抜け出し、着替えを持ってお風呂場に行ってシャワーを浴びる。

 今は夏休み前で気温は暖かいので、まだ温まっていないシャワーの水が気持ちがいい。

 お風呂から上がると、洗濯機のスイッチを押して台所へと向かう。

 これから朝食とお弁当を作って行く。

 料理をするのは大得意で、最近ではお母さんより上手になったと自分では思っている。

 お母さんはまだ負けてないと言い張っているけれど、仕事が忙しくて休日しか料理出来ないから仕方ないと思う。

 朝食とお弁当を作り終え、お母さんを起こしに行く。


「お母さん、朝だよ、起きて」

「う~ん、彩、おはよう~」

「お母さん、おはよう」

 お母さんを起こし、シャワーを浴びさせる。

 私はお母さんがシャワーを浴びている間に、洗い終えた洗濯物を干していく。

 夜が明けて明るくなった空には雲一つない。

 今は七月で、今日も暑いんだろうな…。

 洗濯物がよく乾くから夏は嫌いではない。

 今日は雨も降らなそうだし、ついでに布団も干す事にした。


 お母さんがシャワーを浴び終えて、髪を乾かしている間に朝食の準備をする。

 お父さん用のご飯とお茶を用意し、仏壇に供えて手を合わせた。

 お父さんは私が二歳の時、横断歩道を渡っていた所を、暴走車にはねられて亡くなっている。

 なので、私にはお父さんとの記憶はほとんどない。

 あるのは、仏壇に飾ってある笑顔のお父さんと、幼い私を幸せそうな笑顔で抱いている写真が数点だけ。

 だから、お父さんが居なくて寂しいと言う気持ちはあまりないかな…。

 私が悲しんでいるとお母さんも悲しむから、笑顔でいないといけない。

 お父さんと朝の挨拶が終わると、代わりにお母さんがやって来て手を合わせる。


 お母さんがテーブルの席についたところで、一緒に朝食を食べる。

「「いただきます」」

 朝食を食べながら、今日の事を話し合う。

 今日の夕飯の事とか、今度の休日は買い物に出かけようとか、何気ない会話だけれど、お母さんと話すのは楽しい。

 朝食を食べ終え、お母さんは出勤の準備を始める。

 私は朝食をかたずけ、お弁当を包んで準備をする。


「お母さん、お弁当!」

「いつもありがとう、じゃぁ彩、行って来るね!」

「お母さん、行ってらっしゃい!」

 七時過ぎ、お母さんは仕事に出かけて行った。

 私も登校する準備を始める。

 そして七時半、私はスクールバックを背負い、戸締りをしっかりとして家を出た。

 家と言ってもオンボロアパート。

 お母さんと二人で暮らすには十分な広さがあるので不満は無い。

 それに…。


「あーちゃん、おはよう」

「ゆーちゃん、おはよう」

 アパートの隣に住んでいるのは、幼稚園からの幼馴染で私の親友のゆーちゃん。藤崎ふじさき 優華ゆうかの一家が住んでいる。

 親友と言ったけれど、そう思っているのは私だけだと思う…。

 その証拠に、同じ高校に通っているのに、ゆーちゃんと話すのは朝の挨拶だけ。

 途中まで一緒に登校するけれど、ゆーちゃんは途中で友達と合流し、コンビニなどに立ち寄ってから学校へと来る。

 なので、いつも私一人で登校している。


 歩いて三十分、八時頃に私が通っている私立芍薬しゃくやく高校に到着する。

 私のクラスは二年三組で、教室に入ると数名のクラスメイトが来ているけれど、誰も私に話しかけてきたりなどしない。

 私は挨拶もせず、極力目立たないようにしながら一番後ろの窓際にある自分の席へと着く。

 スクールバックを机の横に置き、そこから恋愛小説を取り出して授業が始まるまで読む。

 進学校なら、この時間は既に勉強をしているのだろうけれど、うちの高校は進学校に行けなかった人達が通う高校なので、勉強をしている人など一人もいない。

 他の人は友達と集まって楽しそう会話をしたり、スマホでゲームなんかしている。

 私には友達がいないので、時間を潰すのには本を読むくらいしかない…。

 授業が始まる十分前になると、殆どの人が教室に入って来ていた。

 ゆーちゃんも来ていて、仲の良い友達と話している。


 そして五分前、私の隣の席に真っ黒いバイクのヘルメットを抱えた同級生が着席した。

 彼の名前は兎滝川うりょうがわ 智哉ともや君。

 兎滝川君は、必ず五分前に席に着くから私も非常に助かっている。

 だけど、兎滝川君は怖いので、出来るだけ目を合わせないようにしている。

 兎滝川君に歯向かう人は、芍薬高校にはいない。

 このクラスで一番不良の小松こまつ かける君も兎滝川君には逆らわないし、教師達も授業中寝ていようが注意もしない。

 兎滝川君は芍薬高校で誰よりも喧嘩が強く、誰よりも勉強が出来る。

 だから、誰も兎滝川君には誰も逆らわないし近づかないので、隣の席の私の所にも誰も近寄っては来ない。

 友達がいない私にとって誰にも声を掛けられない状況は、怖いのを我慢すれば良いと思う。

 私は小説をしまい、教科書、ノート、筆記用具を取り出して授業に備える。

 授業開始のチャイムが鳴り、花先生が教室に入って来た。


「花ちゃん!どうしたのその格好!コスプレ!?」

「花先生、可愛い!」

「花ちゃんの魔女っ子姿、うける~」

 二年三組の担任、木下きのした 花子はなこ先生。皆からは花ちゃん、花先生と呼ばれていて、普段は超が付くほど真面目な先生なんだけれど…。

 今日はどうした事なのか、花先生は黒い先の曲がったとんがり帽子を被っていて、黒いローブを羽織る姿は、アニメや漫画に出て来る魔女に見える。

 藤崎 優華、松永まつなが 日向ひなた高山たかやま 桃子ももこ、仲の良い三人が花先生の所に行って、スマホで花先生の魔女姿を撮影したり、話しかけたりしている。

 他のクラスメイトも、スマホで花先生を撮っている。

 授業中スマホを使うと怒られるんだけれど、私もスクールバックからスマホを取り出して、花先生の魔女姿を撮影した。


「パンパン、はい、皆さん席に着いてください!」

 花先生が手を二回叩くと皆静まり返り、誰もが大人しく席に着く。

 不思議と皆は花先生の言う事をよく聞くんだよね…。

 授業中はいつも寝ている兎滝川君でさえ、体を起こして真剣な表情で花先生を見ている。

 当然私も、花先生に視線を向ける。


「今日は特別授業をしますので、情報教室の方に移動してください」

 花先生は私達にそれだけ告げると教室を出て行ってしまい、私達も遅れる事無く情報教室へと移動を開始した。

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