第二話 彩 初めての仕事
扉の所にある明かりの魔道具を触って消し、扉を開けて廊下に出た。
私はまだだれもいない廊下を、アリーの指示に従って歩いて行った。
『アヤ、この部屋です。メイド長のジスレアさんがいるので、挨拶をして仕事を貰ってください』
アリーに教えられた部屋に入ると、そこには少し驚いた表情をしているメイド服を着た三十台くらいの女性がいた。
アリーがメイド長だと教えてくれたので、丁寧にお辞儀をしながら挨拶をした。
「ジスレアさん、おはようございます」
「おはようございます。アリーヌが一番最初に来る日があるとは思っても見ませんでした…。こほんっ、アリーヌはいつも通り、お城の一階の窓拭きです」
「はい、分かりました」
メイド長から仕事を貰い、私は部屋を出て玄関へと向かって行った。
建物の外に出ると、空が少し明るくなってきていた。
そして目の前には、薄闇に浮かび上がるお城のシルエットが見えた。
「大きなお城…」
『凄いでしょう!ティリメーヌ城って言うんです』
『そうなんですね』
マリーが自慢げに教えてくれた。
今日から私が働く場所だし、しっかりと頑張って行こうと思う。
マリーの案内で、お城の使用人専用の入り口へと辿り着いた。
入り口の前には金属の鎧を着て、腰に剣を下げた女性が立っていた。
『アヤ、衛兵さんに名前を告げると通して貰えます』
『ありがとう』
「おはようございます、アリーヌです」
「通ってよし!」
ちょっと怖かったけれど、名前を告げると通して貰えた。
まだ、アリーヌと言う名前には慣れないけれど、間違えないようにしなくてはならない。
何故なら、私がアリーヌの中に入っている事は秘密にしておいた方がいいから。
知られたとしても、花先生から罰が与えられる事は無いんだけれど、面倒な事になるのは間違いないので秘密にしておいた方がいいはず。
それにしても、女性がお城を守っているんだと不思議に思い、アリーに聞いて見た。
『ティリメーヌ城で働いている人のは女性だけなのです』
『そうなんだ…』
男性に気を使わないで済むのは良いのかもしれない。
『ここで靴を履き替えて、私の靴はその棚の左上から三番目の所にあります』
お城に入った所には靴箱があり、アリーに言われた場所からピカピカに磨かれた靴を取り出して履き替えた。
学校みたいだな…。
高校に入ってからは靴を履き替える事は無くなったけれど、小学校と中学校では玄関で上履きに履き替えていたのを思い出した。
履いていた靴を靴箱に入れ、掃除道具が置かれている部屋へとやって来た。
『水桶と布を持ってください。あっ、布は四、五枚持ってくださいね』
私はアリーに言われた通り、水桶と布を五枚手に取った。
洗剤は使わないのかな?
それとも、魔法で綺麗に出来るのだろうか?
魔法で綺麗に出来るのであれば、水桶と布は必要ないよね?
今日の所は何も分からないので、アリーの指示に大人しく従っておこう。
私は掃除道具が置かれている部屋から出て、お城の廊下を歩いていた。
お城の廊下はとても明るく、床はふかふかの絨毯が敷き詰められている。
靴を履き替えた理由が分かった。
こんな上等な絨毯の上を、外で歩いた靴では歩けないよね。
壁には絵画が掛けられていて、等間隔に生花が活けられた高そうな花瓶が台の上に置かれている。
落として割ったら怒られそうだな…掃除する時は落とさないように注意しようと思った。
『アヤ、この窓から綺麗にしていきましょう』
『はい…』
アリーに綺麗にしようと言われた窓ガラスには汚れは見当たらず、私、いいえ、アリーの顔を綺麗に映し出していた。
でも、掃除は毎日しないと直ぐに汚れてしまうので、魔法で水桶に水を溜め…うん、魔法は楽しい!
魔法が使えるだけで、この世界に来た意味があったと思う。
布を一枚水につけて固く絞った。
『アヤは窓拭きしたことがあるの?』
『あっ、間違ってました?』
つい、いつもの様にやってしまったけれど、魔法があるんだから他の方法があるよね?
『ううん、合ってます。一度水を付けた布で拭いてから、乾いた布で水を拭きとってください』
『分かった』
魔法で綺麗にできたりはしないんだ…。
ちょっとがっかりしながら、私はいつも通り窓を拭き始めた。
『アリー、上に手が届かないんだけど…』
窓の高さは私の身長を遥かに超えていて、一番高い所には手が届かなかった。
脚立があればよかったのだけれど、掃除道具が置かれている部屋に脚立は見かけなかった。
『魔法で浮かび上がって拭くのです。呪文は…』
『待って!えっ、空を飛べるの!?』
私はアリーの言葉に驚いて聞き返した。
『飛べますよ。誰でも飛べるわけでは無いのですが、私は空を飛べるのです!』
『アリー、凄いです!』
アリーが空を飛べると自慢げに話し、そして呪文を教えてくれた。
私はドキドキしながら、慎重に教えて貰った呪文を唱えた。
「ベゴアロ リムラキュ オムース」
水を作り出した時とは少し違い、私の足元に淡い光を放つ魔法陣が現れた。
そして次の瞬間、私の体が急激に軽くなったのを感じた。
『アリー、これで飛べるようになったのですか?』
『ううん、今のは物を軽くする魔法で、少しだけ浮かび上がることが出来ます』
『そうなんだ…』
少し…ううん、かなり残念だけれど、よく考えれば廊下で飛ぶのは危ないよね。
それでも、浮かび上がることは出来ると言う事なので、早速浮かび上がって見る事にした。
『アリー、浮いてる!浮いてますよ!』
『アヤ、遊んでないで窓を拭いてください。朝ごはんが食べられなくなります!』
『あっ、ごめんなさい…』
体が浮いたことが嬉しくなり、ついフワフワと廊下の天井近くまで上がってしまった…。
何とか床まで戻り、布を持って上の方の窓を拭き始めた。
この世界に来る事を教えられた時は、どうなるか不安だったのだけれど、こんなにも楽しい魔法が使えて、今では来て良かったと思っている。
帰ったら花先生には、感謝を伝えなくてはいけないね。
そう思いながら、頑張って窓拭きを続けて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます