魔女キャロリシアの異世界強制職業体験

よしの

第一話 彩 メイドになる

 …眠りから意識だけ目覚めた私は、いつもの様に体を横にして枕元に置いてあるスマホに手を伸ばした。

 ぱふ、ぱふ、ぱふ…。

 手から伝わって来るのは布団を触る感触だけで、スマホの硬い感触が無い…。

 目を開くて見ると、薄暗い枕元にはスマホが無かった。


「そうだった…」

 薄暗い中、目を凝らして部屋の様子を見る。

 明らかに昨日まで暮らしていた自分の部屋とは違う。

 顔に当たる空気は少し暖かいから、今は夏なのだろうか?

 体を起こし、ベッドから抜け出て床に足をついた。


「冷たい…」

 足をつけた床はゴツゴツとしていて、石みたいなもので出来ているのが分かった。

 私は慌てて足を上げ、暗い床に靴が無いかと探した。

「あれかな?」

 私は見つけた靴に足を滑り込ませた。

 初めて履いた靴なのに、しっくりと足が良く馴染むのは、この足で長い間履きなれてきた証拠だよね。

 部屋の明かりを点けたいけれど、場所が何処か分からない…。

 確か…頭の中で考えながら声を掛ければいいんだったよね?

 私は言われた事を思い出しながら、頭の中に居る人に声を掛けた。


『アリーヌさん、アリーヌさん、起きてくれませんか?』

 言われた通り頭の中で考えながら声を掛けると、自分の声が頭の中で響いている様な、不思議な感覚を覚えた。

『う、うーん、ごめんなさい…まだ眠いです…おやすみなさい…』

 そして、アリーヌの寝ぼけた声が頭の中に響いて来た…。

 普通の人は寝ている時間なので、寝ぼけているのは仕方のない事だとは思うのだけれど、目を覚まして貰わないと私が何も出来ないので引き続き起きて貰うように声を掛けた。


『ふぁぁぁぁ~、おはようございましゅ…』

『アリーヌさん、おはようございます』

 まだ寝ぼけているみたいだけど、しっかりと目を覚まして貰わないと私が困る…。

『アリーヌさん、しっかりと目を覚まして下さい!』

『ふぁい!ごめんなさい!目を覚ましました!』

 ちょっと申し訳なかったけれど、私は頭の中で大声を出してアリーヌを起こした。

『ありがとう、アリーヌさん、部屋の明かりを点けたいのだけれど、どうすればいいのか教えてください』

『明かりなら、扉の近くにある白い球体に触ると点きます』

 私は室内を見渡して扉を見つけると、私の身長よりちょっとだけ高い位置に白いボールみたいな球体が壁についていた。

 私は扉の前へと移動し、手を伸ばして白い球体を触った。

『点いた』

『それは明かりの魔道具と言って、もう一度触ると消えます』

『そうなんだ、アリーヌさん、ありがとう!』

 私は魔導具なんて物を初めて見るので、試しに何度も触って消灯を繰り返して見た。

『明かりがそんなに珍しいのですか?』

『いえ、魔道具を始めて見ましたので…』

『そうなんだ、アヤのいた所では魔道具が無かったんですか?』

『はい、魔道具はありませんでしたが、明かりが点く道具はありました』

『そうなんだ…』

 電気の事を説明しても、分からないんだろうな…。

 あっ、そんな事よりも、今は早く着替えないといけない!


『アリーヌさん、服は何処にあるのでしょうか?』

『服はクローゼットの中です。それから、私の事はアリーって呼んでください』

『分かりました。アリー、改めてよろしくお願いします』

『はい、アヤ、よろしくお願いします』

 私は頭の中に居るアリーと挨拶を交わした。

 何とも不思議な感覚だけれど、今日からはこれが普通になるんだ。

 私は部屋に備え付けてあるクローゼットの前に行き、クローゼットの扉を開けた。

 クローゼットの中には、同じメイド服が五着下げられていて、下にある籠の中に白一色の地味な下着が綺麗に畳んでおいてあった。

 私は下着とメイド服を一着取り、ベッドの上に置いた。


『アヤ、下着も着替えるのですか?』

『えっ?アリーは下着を着替えないのですか?』

『お風呂に入った時には、着替えますよ!』

『そ、そう…』

 アリーは驚いているけれど、普通は朝も下着を着替えるよね?

 私は着替えないと気持ちが悪いので、遠慮なく着替えさせて貰う事にした。

 寝間着を脱ぎ、下着を脱いでいる時に気が付いた…。


「うっ…」

『アヤ、どうかしましたか?』

『いえ…何でもありません…』

 私の胸は小さかったのですが、アリーの胸はとても大きい…。

 私もこのくらいの大きさがあれば、男の子達に好意を寄せられていたのかな…。

 アリーの胸の大きさに打ちのめされつつ下着を身に着け、メイド服を着た。


『アリー、顔を洗いたいのだけれど、何処に行けばいいのでしょうか?』

『テーブルの上に桶が置いてありますので、魔法で水を出してください。あっ、呪文は教えます』

『お願いします!』

 この世界には魔法があり、全ての人が魔法を使えると教わっていた。

 そして私も魔法が使えるんだよね?

 ちょっとドキドキしながら、アリーが教えてくれた呪文をテーブルの上に置いてある桶に向けて唱えた。


「ウルメル ティラデ」

 桶に手を突き出してアリーに教えて貰った呪文を唱えると、目の前に淡い光を放つ小さな魔法陣が現れて、桶の中に水が溜まって行った。


「凄い!凄い!凄い!アリー、出来ました!!」

『良かったです』

 水道からではなく、魔法で水を作り出した事に感動しつつ、魔法で作った水を両手ですくってみた。

 うん、無色透明の水だね。

 ちょっと口に含んでみると、寝起きの渇いた喉が潤されていく。

「美味しい」

 飲んでいる場合では無く、顔を洗い、テーブルに置いてあった布で濡れた顔を拭った。

 次は髪を整えないといけない。

 テーブルの上に櫛と髪留めと小さな鏡が置かれていたので、椅子に座って髪に櫛を通しながら鏡を覗き込んだ。


『アリーって、可愛いですね』

『えっ、そ、そんな事ないです。ほら丸っこい童顔だし、そばかすもありますし…』

 アリーの顔は確かに童顔でそばかすもあったけれど、それもチャームポイントかなって思う。

 それよりも、淡いピンクの綺麗な髪とライトグリーンの目がとても印象的です。

 アニメでしか見ないような淡いピンクの髪を綺麗だと思いながら櫛を通していると、何処からともなく鐘の音が聞こえて来た。


『アリー、あの鐘の音は何ですか?』

『あれは起床の鐘です。いつもならこの鐘が鳴るまで寝ているので、まだちょっと眠いです…』

『ごめんね…』

 スマホが無いから時間が分からないけれど、私は多分いつも通り目を覚ましたんだと思う。

 アリーにはちょっと早い時間だったみたいだけれど、明日からはアリーの気が済むまで寝ていて貰おうと思う。

 髪を両手で後ろに纏めて、頭を左右に振って鏡で確認した。


『アリー、こんな感じで良いのかな?』

『はい、前に来なければ大丈夫です』

 アリーに確認して貰いながら髪留めを付け、 立ち上がって初めて着たメイド服に問題が無いか確認した。

『大丈夫かな?』

『はい、完璧です』

 私は可愛いアリーのメイド服姿を見ながら、今日から新しい生活が始まるのだと思い、なんだか楽しい気持ちになって来た。

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