【完結】ちょいSな彼女に気持ちよくイジられるラブコメ(2700文字の短編。すぐ読めます)

夕奈木 静月

第1話

「はあ……この季節になると貴志たかしと出会ったころを思い出すわね……」


「なんだよそれ。しんみりするような歳でもねーだろ、俺たち」


 大きな川沿いのベンチに座る俺と沙希菜さきな。川の色は多少くすんではいるものの、地方河川らしく澄んだ色を所々で見せている。そして視界の中ほどは桜色で埋め尽くされていた。その上から青空が満開の花を優しく包んでいる。


「だって、なんか感慨深いというか、もうあれから3年たったんだね」


「まあそうだな」


 だから、距離が近いって。そんなに近づかなくてもいいだろ……。態度で示さなくてももう分かってるっつーの。もう数年間恋人同士、ってのをやってるんだから。


「もう……なんでイヤがるの?」


 俺の視線に気づいたのか、沙希菜が唇を尖らせた。そうしながらも身体をすりよせてくる。


「お、おーい……」


「肌寒いの! 分かるでしょ」


「あ、ああ、そうか」


 納得したら余計に密着度アップだ。やめろ、人の視線があるだろ……。


「ホント、出会ったころから変わってないね、貴志は」


「いや、そんなことないだろ。仕事だって上手くやれるようになってきたし、入社したころとは違うはずだ」


「たしかに、仕事ではね」


 俺と沙希菜は3年前、同じ会社の同じ部署に新卒で入社した。


 そう、俺はどんな仕事もいとわず、かつ最速で処理してきた自信がある。時間も労力も惜しまず、学生時代に身につけた体力を武器にひた走ってきたつもりだ。


「貴志はずっと、ずーっと負けず嫌いだもんね。なんでも一番じゃなきゃ気が済まない」


「なんだよ、分かったようなこと言うな」


「分かるよ。3年も一緒にいればさ。……ううっ、やっぱり寒いね」


 さえぎるものが何もない堤防を強い風が吹き抜けた。子どもが悲鳴を上げて野球帽に手を添えている。


「今日は何か話があったんじゃないのか?」


「どうして分かるの?」


「顔見りゃ分かる。こっちだってな、だてに長くお前と一緒にいないんだ。それくらいお見通しだ」


「ふふっ、ホントかなあ……。じゃあ、私が今から話そうとしていること、分かる?」


「ま、まさか、別れ話とか……」


「ぷっ! あーやっぱり分かってない。貴志は相変わらずこういうとこ、疎いよね。恋愛向いてないよ」


「お、お前に言われたくない! お前だってさ……」


「ストップ! はいこれ」


「へっ!?」


 目の前に差し出された用紙に目をやる。えーっと名前と住所を記入して、それなら捺印……。なんか二人分の枠があって……って。うわー。先を越された。


「貴志も何か話、あったんじゃないの? らしくない格好してるじゃない、今日」


 確かに俺は今日ジャケットなんか着こんでるけども……。バレてたか。


「あ、ああ、これ……もらってくれ」


 俺はカバンから小さな箱を取り出した。定番の給料3か月分する結婚指輪が入っている。


「催促しちゃったみたいでごめんね……。ありが……とう」


「い、いや……こちら、こそ……」


 こういうムードになると俺たちは付き合いたての中学生みたいだ。目をそらしてうつむいてしまう。おたがいにこういうところは成長しない。でもそれを沙希菜に言うとなぜか『私はそうじゃない』と怒られる。


「……」


「……」


 風の音がうるさくてちょっと助かった気がした。沈黙が怖い。


「な……なあ、ちょっとあそこまで走らないか?」


 いたたまれなくなった俺は目印になりそうな大きな木を指さした。


「え……? うん、いいよ。じゃあ、用意……スタート!」


「おわっ! こらっ、スニーカーずるいぞっ!」


「あははっ! 知らないよっ。似合わないのに革靴なんか履いてるからだよ! はーい私がいっちばーん!」


「くそっ!」


 息せき切って走った俺たちは桜の木の陰にしゃがみこむ。


 薄ピンクの花びらに透けて見える青空が綺麗でしばらく見とれてしまった。


 と、気づけばすぐ目の前に薄紅色の花弁が。


「うわっ……やめろっ、こんなとこ……うぷっ」


 沙希菜の唇で言葉をシャットダウンされた。ぷるぷるしてみずみずしい感触に気が遠くなる。お、俺ってこんなに体力なかったっけ? 動悸がするんだけど……。


「……よかった。ちゃんとドキドキしてるね、貴志の胸」


「や、やめろ、触るな……。は、恥ずかしい」


「ぷぷっ……。それって女の子のセリフじゃない? ヘンな貴志~」


「ほ、ほっとけ! 急に触るな、キスするな!」


「あいかわらず可愛いね……、貴志」


「可愛い言うなっ! 俺は精一杯生きてるんだ!」


「はいはい、分かってる分かってる。私はね……貴志のそういうところが……」


 なんだよ、タメるんじゃねえよ。さっさと言えよ、緊張するだろ。


「……大好きだよ!」


 ううっ……。言われること分かっててもこれはやばい。何度言われても慣れるってことないな。


「貴志……顔、真っ赤だよ」


「わ、分かってるわ! こうなるの分かってて言ってんだろ、お前っ!」


「もちろん。貴志のことならなんでもお見通しだよ」


「じゃあ……今の俺は何考えてるか分かるか?」


「うーんとね……おなかすいた、かな。全くもう、雰囲気も何もないんだから……」


「……!」


「図星でしょ! やったー、正解!」


「ち、ちが……」


「ちがいません! さあ、お弁当でも買いにいこ?」


「あ、ああ……」


 そんなにまっすぐな目で覗き込んでくるなよ……!なんでも見透かされそうじゃないか。ウソなんて一生つけないだろ。ある種の恐怖だな、これは。


 でも、やっぱり沙希菜との時間はかけがえのない宝物だ。安らげるし、心から安心できる相手だ。


 このまま桜の花びらが落ちなければいいのにな。そうしたら永遠にこの時間が続く気がするから。


 柄にもなくロマンチックな想いに身をゆだねる俺。


「うぷぷ……。今、少女の目をしてたよ、貴志」


「な……! お、俺は男だっ!」


「あはははははっ! なにそれ、昭和のドラマ!?」


「ちげーわっ! 真剣な心の叫びだ! 昭和に謝れ」


「はいはい……ごめんなさ~いっ」


「誠意が足りない」


「すみましぇ~ん」


「ひどくなってる!」


 俺たちは堤防をふざけながら歩く。きっとこれからもずっとこうして他愛もないやり取りをしながら二人で生きていくのだろう。


 桜の花びらが一枚、俺の目の前に落ちてきた。ちょうど片目をふさぐ形になり、思わず目を閉じた。


「ほらー! 少女の目! ピンク色した恋する少女の目だー!」


「う、うるさいっ! ほっとけ!」


「あははっ……。何十年たっても、ずっと貴志とこうしていられるといいな……」


 ああ、きっとそうなるよ。ヨボヨボになってもふざけてる沙希菜が簡単に想像できるから。


「ふっ、腐れ縁ってやつだよ。これからもよろしくな」


「……花びら乗っけて言っても全然かっこよくないよ?」


「くっ……分かってるよ」


 了












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