第13話



「……げぇっ?」

 嫌そうな顔になった男の前に、ミリアナは歩み出た。その後ろにはアロイスとギルバート、イドットが控えている。

「ようやくお顔を拝見できましたねぇ。侵入者さん?」

 侵入者の男は面倒そうに顔を顰めた。

「げぇ……なんだよコレ。罠ってコト?」

「そうですぅ。シフルティアさまの抱えている悩みとアーティファクトの能力を知ったらきっと話を持ちかけてくると踏んで、網をかけさせてもらいましたぁ」

 侵入者から話を持ちかけられたら、乗ったフリをして会う日時と場所を決める。それに合わせて騎士団を配備すれば、相手を容易に捕らえることができる、というわけだ。

「待った待った。なんでオレがお姫さまのお悩みとアーティファクトの能力を知ってるって思った? アンタ、アーティファクトの能力はじゃないか」

「はいぃ。あなたはそれをんですよねぇ。城中に設置した『盗聴型』の魔導具で」

 男の眉間に皺が寄る。

「あなたは、わたしが古代魔導式を書き写し終えた直後に盗みに入りましたねぇ? それも、部屋の警備が手薄なときを見計らって。ちょぉっとタイミングが良過ぎましたねぇ。しかもそのとき以外は、怪しい人物は城内で見つからなかった。情報を取りに出歩く必要がなかったからでしょう。盗聴型の魔導具は製作が禁止されていますが、残念ながら地下競売などに出入りしている人間なら手に入りますぅ。侍女にも騎士にも変装することができる人間なら、いろいろなところに取りつけられますよねぇ。だからきっと、わたしがシフルティア様にアーティファクトの能力を明かしたときも、魔導具を使って聞き耳を立てていたと考えました」

「でも、あのときアンタは――」

「はいぃ。シフルティア様にアーティファクトの能力をお伝えしただけ……。でも実は、〝筆談で〟もうひとつお話をしていたんですぅ」



「――『人の心を操る能力』……なんですけどね?」

「ミリアナ様――……!」

 シフルティアは青褪めた。どんなに望んでいたとしても、人の心を歪曲させるなんて。そして何より、それが可能かもしれないということをミリアナが明かすなんて。

 言い募ろうとするシフルティアに向かって、ミリアナは唇に人差し指を立てて見せた。

〝ちょっと聞いていてください〟とでも言うように。

 そうしながら、傍で同じように硬直しているリリーシャに向かって手を動かして見せた。

 リリーシャは、ハッとして羊皮紙を持ってきた。ミリアナはそこに魔導具の羽根ペンを走らせる。

『侵入者に聞かれている可能性があります。話を合わせて』

 シフルティアは頷いた。

「そんな……そんな能力のアーティファクトがあるなんて……」

「わたしも驚きましたぁ。どこまで効力が及ぶかは不明ですが、ある程度、人を言いなりにさせることができるそうですぅ」

『侵入者は、シフルティア様にアーティファクトを持ち出すよう話を持ちかけてくる可能性があります。先に使わせてやるからと言って』

わたくしがそれを、使うことは……」

「もちろん、できません。申し訳ありませんがぁ……。いち研究者としても、これを使うことは勧められませぇん」

『話に乗ったフリをして相手を誘い出せれば、捕縛することが容易になります。ご協力いただけますか?』

 シフルティアの頷きを確認して、続きを書く。

『諦められないよう振る舞ってください』

「でも、でも、わたくしはどうしてもあの方に振り向いてほしくて……!」

「それでも、お貸しすることはできませぇん……。心中はお察ししますが……」

『後ほど、詳しいお手紙を届けます。今はわたしを追い出してください』

「出ていって……出ていってください……! そんなお話なら聞きたくありませんでした……。可能性がなければ、諦められたかもしれないのに……!」

「……申し訳ありませんでしたぁ。どうぞ、お気を落とさずに……」



「――同じ王族であるシフルティア様なら、アロイス殿下が用意した金庫から持ち出せる可能性が高いですぅ。この好機を逃す手はありませぇん。思惑通り網にかかってくれて、良かったですぅ」

「良くねーよ。セコイ手ぇ使いやがって……」

 侵入者の男が睨みを利かせて背後を振り返ると、シフルティアを守るようにヴラルが進み出ていた。その瞳には理性の光が戻っている。どう見ても、「計画を知っていた人間」の顔だ。

 男は忌々しそうに顔を歪めた。

「……演技には見えなかったけどぉ?」

「はいぃ。演技だとバレるかもしれないので、起動はしてもらいましたぁ。ただし……起動式に一文加えて〝五分で解ける〟ように指定しましたぁ。さすがに気づけませんでしたかぁ?」

「クソが……ッ」

 アロイスが右手を挙げ、騎士たちが槍を一段上に構える。

 自分を囲む包囲網がじりじり狭まってくるのを見ると、男は大きなため息を吐いた。

「……なーんて。そんな状況を想定してなかったと思うか?」

 にやりと笑って、懐から何かを取り出した。

「これが何かわかるか?」

 ミリアナはこてんと小首を傾げて見せる。

「う~ん……何かの起動装置に見えますねぇ」

「ご名答。爆発用の魔導具の起動装置だ」

「爆発!?」

 騎士たちがざわめきはじめた。アロイスが男に詰問する。

「爆発用の魔導具は、常人は手に入れることができないはずだが」

「ひとつも取りこぼしがないと言い切れるか? 実際、闇取引所では時々流れてくるぜ。ま、入手しても使い方のわからないボンクラが多いから、オレみたいなのでも重宝されるんだけどな」

「あなたはぁ、その知識をどこで身につけたんですかぁ?」

「あぁ?」

 男はニコニコとしたミリアナの顔を胡散臭そうに見た。状況がわかってるのか、この女。

「たまたまだ。たまたまオレのいた貧民街スラムに魔導書が落ちてて、たまたまそれが読めた。使えなくなった魔導具をバラして核石を売っぱらってるうちに構造にも詳しくなった。そこからは違う仕事が見つかったぜ。魔導具が使える人間は貴重だからな。『組織』じゃ重宝されてる」

「悪の組織お抱えというわけですかぁ」

「なんとでも言え。生きるために特技を活かしてるだけだ。何が悪い? 自分がいい生活できンなら、誰が犠牲になろうと知ったこっちゃねぇ」

「異論ははさみませんよぉ。考え方は人それぞれですぅ」

 あっけらかんと言い放つが、それ以外は許さない。

「でも、そのアーティファクトだけは他に渡っては困りますぅ。引き起こしうる被害が大きすぎますぅ。それこそ……国が滅ぶかも?」

「ハハハハッ!」

 男は嬉しそうな笑い声を上げた。

「いいなソレ! 最高じゃねぇか! オレにこんな境遇しかくれなかった国なんて、滅んじまえばいい。手始めにどこの国に売ってやろうか!」

 フルーレは比較的裕福な国だ。大規模なスラムはない。

 おそらくこの男は、他国の生まれだろう。そこで、普通ではない生き方を強いられてきた。その鬱憤が彼の心をませている。


「……自分の境遇を、宿命以外のせいにしないでもらえますかぁ?」


 部屋の空気が数度下がった。気がした。

 最初に気づいたのは、ギルバートだった。ミリアナの背中が、はっきりと怒気を孕んでいる。

 相対している男も気づいたようで、気圧されるように一歩足を退いた。

 ――なんだこの女。主導権を握れてる気が、まるでしない。

「どんな理由があろうとも、そのアーティファクトをよこしまな心で使わせるわけにはいきません。同じ過ちを繰り返し、ふたたび世界が滅ぶようなことになったら、魔導をこの世界に遺してくれた方々への申し訳が立ちませぇん。そしてその起動式は、わたしが解読したものですぅ。返していただきますぅ」

「ハッ! 城がブッ壊れても、そんな顔してられるか!?」

 男は起動装置を前面に押し出す。

「仕掛けた数は、三十はくだらないぜ。まさかそれを全部取り除いたとか言わないだろうな」

「はいぃ。爆破自体は予想していましたが、取り除く時間はありませんでしたぁ」

 アロイスに可能性だけは伝えたが、探すには時間がなかった。騎士団を使って下手へたに探り、罠にかけようとしていることに気づかれたら元も子もない。盗聴用の魔導具も取り外せないため、ミリアナ側でできることは当日までの相談程度だった。

 男が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 国の象徴である城が壊れる様は、さぞ見物だろう。

「――ハデに壊れてくれよ」

 ――カチッ

 押した感覚はあるのに。反応がない。

「何――なんでだ!?」

 侵入者の男は咄嗟に起動装置を確認した。外傷もおかしなところも、どこにもない。起動装置が壊されたわけではないのに。

 彼はふと、異変に気づいた。

 起動装置が熱を帯びている。

 熱はどんどんと上がり、やがて沸騰したやかんのような温度に達した。

「アッ、ツゥ!」

 持っていられず床に落とされた装置は、それでもまだ熱を増し、ついには融解しはじめた。大量の熱量を一点に集中させたかのように、強固な素材でできていた装置がドロドロと熔けていく。不気味な光景だった。物質がゾンビ化していくかのようだ。

「女……何しやがった!」

「はいぃ。魔導具自体を取り外すことはできなかったのでぇ……爆発の熱量を圧縮したうえでゆっくりと逆流させてもらいましたぁ」

「ぎゃ……逆流……!? 不可視の回路に侵入して、力の流れを逆向きにしたってことか……? ンなこと、なんの魔導具もなしにできるわけ……!」

「魔導具ならありますよぉ?」

 ミリアナは懐から懐中時計型の魔導具を取り出して見せた。

 常時城中を盗聴していた男は、それがなんなのか知っていた。あらゆることを可能にする、という程度だったが、想像以上に無茶苦茶な能力を持っていたらしい。

 そのことを理解すると、男は心の底から歯噛みした。

「失敗したぜ。――ソイツを盗めばよかった」

「返り討ちにしますぅ♪」

 男は盛大な舌打ちをひとつすると、ドカッと床に座り込んだ。

 すかさず騎士団の槍が男を取り囲む。男は目を伏せ、顔を顰め、心底面白くなさそうだったが、懐からアーティファクトと起動式の書かれた紙を取り出すと床に放った。

 ミリアナはそれを拾って、訊ねる。

「あなた、名前はなんというんですかぁ?」

「聞いてどうするんだよ」

「ただ知りたいだけですぅ。それとも、名無しさんですかぁ?」

 舌打ちしたいような顔で男が答える。

「……〝ザイィ〟だ」

「ザイィさん。罪をつぐなって牢から出てきたら、きちんとした学び舎で魔導を学ぶつもりはありませんかぁ?」

 ザイィは床に向かって目をみはり、数秒固まった。

 言われたことが理解できなかったのだろう。顔を上げると「はあぁっ!?」と、素っ頓狂な声を上げた。

「なッ、なッ、何言ってんだアンタ!? オレは王宮も巻き込んで国を滅ぼすっつったんだぞ!?」

「それはそれ、これはこれ、ということでぇ。魔導研究者は常に人手不足なのですぅ。あなたは独学でここまでの知識を身につけた。魔力も強そうですし、才能ある若者は歓迎しますよぉ?」

 ザイィは顔を引き攣らせながら、言葉を失った。

 ミリアナの背後を見ると、護衛の若いほうの騎士は驚いているが、王子アロイスとギルバートは傍観している。話は通してある、ということか。

 けれど。

 ザイィは座り込んだまま項垂れた。

「……そんなこと、無理だろ。オレは罪人だ。人殺しとかどわかしだけはしちゃいないが、オレみたいな素性の人間が学び舎で勉学なんかできるわけ……ない」

 罪は一生つきまとう。ザイィはそう思っている。

 彼の周囲は罪人ばかりだった。法を犯すことで生きてきた。

 組織を抜けようとした者は粛清を受けたが、運良く抜けることのできた者が普通に暮らしているという話は聞いたことがない。代わりに、違う組織で見かけたという話ばかり聞いた。

 自分もきっとそうなる。

 普通の顔をして往来を歩いていても、どこか後ろめたさがつきまとう。日の光の下を歩いているはずなのに、自分にだけ影が差しているように感じる。自分自身ですらそうなのだ。罪人であることを知ったら誰も彼も自分を拒絶する。

 学び舎の門を叩いたところで、門前払いを受けるのがオチだ。

「できますよぉ? わたしの推薦があれば……ですけど」

「ハ! ただの研究者にそんな力があるワケ――」

 言いかけてザイィはハッとした。

 そういえば、この女は、あの難解な古代魔導式を解読したんだった。天才魔導研究者と名高いリズ・トワイライトでもないのに。

 目的さえ達成できれば、解くのは誰でも関係なかった。しかし、目的を阻まれたことで、この女が何者なのかということが急に気になってきた。

「ただの研究者じゃない……?」

 ミリアナはにっこりと微笑む。

「ザイィさんはぁ、〝金獅子〟はご存知ですかぁ?」

「バカにしてんのか? 金獅子は魔導の守護獣だろ。魔導学が盛んじゃないこの国じゃマイナー扱いだけど、オレの生まれた国じゃかなり信仰されてる。それがなんだってんだ」

「金獅子は魔導を司るもの。その身体自体が、魔導の叡智の結晶ですぅ。金獅子は魔導の知が正しく人々に行き渡るよう、選ばれた者にしかその身に触れさせないと言いますぅ。そんな伝説から、大陸全土の魔導を掌握する者には、金獅子になぞらえた称号が与えられていますぅ」

 ザイィはその称号を知っていた。ゆえに目を見開いた。

「まさか……」



「わたしの正式な名は、ミリィ=アナスタシア。グロア帝国よりいただいた称号は《金獅子の鬣ゴルテリオラ》。この大陸であらゆる魔導知の収集と閲覧を皇帝陛下より許可された、唯一の存在ですぅ」



 大陸の半分を掌握する帝国のお墨付き。その身は、一国の王にも等しい。

 アロイスやシフルティアよりも身分はずっと高い。その事実に、すべての者が驚きを隠せなかった。

「アンタ……が、《金獅子の鬣ゴルテリオラ》? 魔導を志す人間にとっては、天上の存在――……」

「光栄ですぅ。ともかくわたしの推薦があれば、どんな罪状もあってないようなものですぅ。庇いきれない罪があれば話は別ですが、そうではないのなら……魔導学の弱いこの国にあなたを推薦することは、やぶさかではありませぇん」

 グルグル眼鏡越しでも、自分を見つめるミリアナの目に偽りのないことが、ザイィにはわかった。

 自分を本当に必要としてくれている。

 罪をつぐなうのなら、日の光の下に手を引いてくれると言っている。

 罪があっても。


――信じると、言ってくれている。


 人に信じてもらえる。たったそれだけのことなのに――何よりも嬉しい。

「――よろしく、お願いします」

 ザイィは床に手をついて、深く頭を上げた。

 心からの感謝を表わすのと同時に、溢れる涙を、隠すように――。







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