第3話
「アーティファクトというものは、遺跡以外から発掘されることは、まずないんですよぉ。発掘した人が売買して闇ルートなどに流されることはありますけど、それだって元は出土したものです。つまりぃ……」
「王宮の井戸から見つかるわけがない、ということですか」
根負けしてイドットの隣に腰を下ろし、焼き菓子を一つだけいただいたギルバートが確認するように訊くと、ミリアナは頷いた。
「そういうことですぅ」
「え、でも、実際にアーティファクトは王宮の井戸の中から見つかったんですよね? どうしてそんなところに落ちていたんでしょう? ……あ、鳥が咥えていたのを落としたとか?」
ごくごく真面目な顔で、イドットが謎解きに挑む。ミリアナは教え子を見守るような優しい顔で微笑んだ。
「可愛い発想ですねぇ。確かに、鳥さんはいろいろなものを咥えていったりしますから、ありえないことではないかもしれません。でも、引っかかった場所が丁度良すぎるんですよねぇ。金属ですから、普通は井戸の底に沈みます。ただ水を汲んだだけでは、底にあるものはめったに桶に入りませんよねぇ」
「あぁ、そうかぁ……」
ということは、そもそも井戸の中にあったものではない。偶然入ったとも考えにくい。
だとしたら、答えは一つだ。ギルバートが訊ねる。
「ミリアナ様は、何者かが故意に桶にひっかけたとお思いですか」
「だと思いますぅ。おそらく、見つけにくい場所に最初からひっかけてあったんじゃないでしょうかぁ」
「ええっ? なんのために!?」
宝飾品以上に貴重なものを、桶と一緒に水の中に落とすというだけでも、イドットには理解しがたい。
「もちろん、発見させて調べさせるためですぅ」
遺跡から出土したアーティファクトなら、然るべき場所で調査される。
けれど、何らかのルートを使って秘密裏に入手したものなら、然るべき場所に依頼して調べることはできない。
「入手した人間が魔導の知識を持っていれば、魔導式を解き明かして使ったでしょう。アーティファクトはそれぞれ、今は失われた特殊な力を持っていると言われていますから、上手く使えば、富を生み出せるでしょうねぇ。けれど、もし知識を有していたとしても、解き明かせるほどの能力がなければ、使えません。そして実際にわからなかった。だから、『専門家』に任せたかったのでしょう~」
王宮で見つかったものなら、王族が威信にかけて一流の魔導研究者に依頼するだろう。そう見当をつけて、誰かがアーティファクトを落とした。
「で、でも、今回は王太子殿下がミリアナ様に依頼しましたけど……王宮の外で調べさせることにしたら、もうアーティファクトはその人の手に戻らないのでは……?」
「はい、その通りですぅ」
不思議がるイドットに、ミリアナはのほほんとした調子で答える。
「だから、こんな謎めいたことをしたのでしょう。『こんな変なことを考える何者かが王宮に入り込んでいるぞ』というメッセージになりますからぁ」
「あっ、そうか! 王宮で仕事をしている人が、こんなことするはずないっすよね!」
アロイスも、アーティファクトが意図的に置いていかれたものであり、何者かが王宮に入り込んでいると気づいたのだろう。王宮を預かる王族の一員として、看過できることではない。
「……ミリアナ様がアーティファクトの起動方法を解明したとき、その〝何者か〟は、その方法ごとアーティファクトを取り返そうとするでしょうね」
顔を顰め、ギルバートが低く言った。ミリアナは、優秀な生徒を前にして嬉しくなったような顔で二人の顔を交互に見、グルグル眼鏡の向こうで微笑む。
「はいぃ。それは同時に、絶好の捕縛のタイミングとも言えますぅ。つまり、アロイス殿下の依頼は二つ。一つはアーティファクトの解明と起動。そしてもう一つが、その〝何者か〟に対しての――わたしは『囮』というわけですねぇ」
ギルバートの眉間に寄っている皺が一層深くなり、イドットは言葉を失った。
どちらも、敬愛する王太子の所業とは思いたくないという顔だ。
そんな二人の騎士とは対照的に、ミリアナはおいしい紅茶においしそうに口をつけた。囮にされたことなど、砂糖の粒ほども気にしていない。
しかし、確かに思い当たる節はあった。アロイスは言ったのだから。
〝――気をつけて。ミリアナ嬢〟と。
「悪い方法ではないと思いますぅ。相手をおびき出すのに、囮は有効的ですからぁ」
「しかし、そのために一般人である貴女を危険な目に遭わせるわけにはいきません」
ギルバートの隣で、同意するようにイドットが頷く。
騎士は国のため、ひいては民のためにある。ミリアナもまた、彼らにとっては守るべき民だ。
その言葉は頼もしく、彼は物語に出てくる理想的な騎士のようだった。そのうえギルバートは、恵まれた体躯に貴公子としても見劣らない容色を持っている。こんな騎士にもし愛を囁かれたら、世の女性は家も捨てるだろう。
「わたしはなぁんにも心配していませんよぉ。だって――ギルバート様とイドットくんが、守ってくださるんですよねぇ?」
二人は目を見開き、互いに顔を見あわせた。
騎士の職務は国を、民を守ること。
そして今の役目は、この少女のような研究者を守ること。
ギルバートとイドットは頷きあうと、ミリアナに向き直り、拳を肩に当て誓いを込めた。
「もちろんです」
「おまかせください!」
「はい、お願いしますねぇ」
そのとき、ドアがノックされた。
初老の執事が現れ、恭しく礼をする。
「お待たせいたしました。お部屋の準備が整いましたので、ご移動をお願いいたします」
「はぁい」
ミリアナはソファーからすくっと立ち上がると、その瞳に研究者らしい好奇心と不敵な自信を浮かばせながら微笑んだ。
「さあ、お仕事開始ですぅ」
***
翌日から、本格的に
アロイスから与えられた部屋は、彼が王から与えられている一室の一つで、普段はあまり使われていないところだった。
しかし、掃除と手入れは行き届いていたため、すぐにでも作業部屋として用意できた。また、本棚には魔導に関する書物も多い。そういったことを調べたり研究したりするための部屋なのかもしれない。
ミリアナは、マホガニー製の立派な書斎机で、アーティファクトに組み込まれた魔導式の転記を行っていた。
魔導に卓越した証として魔導研究者は「魔導眼」を持つ。魔導眼があれば、魔導具やアーティファクトに組み込まれている「魔導式」を視認することができる。その文字数と行数は、読み取ってみなければわからない。さらにそれを研究するためには、まず式自体を一文字残らず紙に転記しなければいけなかった。
その作業を、ミリアナは朝からほとんど休むことなく続けていた。昼に一度昼食をとったが、それもサンドウィッチ片手に資料と思われる紙の束を見ながらだった。実質、お茶時まで一度も席を立っていない。
部屋の扉は、内側からギルバートとイドットが守っている。二人は腰の後ろで手を組んだ待機の態勢になりながら、机から全く動くことのないミリアナを驚きの目で見つめていた。
「魔導式って、あんなに長いんすね……」
「そのようだな……」
そのうえ、一文字も間違えてはいけないため、少し進めたら間違えていないか確認する必要もある。グルグル眼鏡の下で、彼女の目は休むことなく腕輪型のアーティファクトと紙面の上を行ったり来たりしている。ペンを持つ手も休むことがない。
ギルバートとイドットの背後で、入室の許可を求めるノックがした。
ミリアナはそのことにも気づかずガリガリと羽根ペンを走らせ、キリがいいところで一旦手を止めた。
「ふぅ」
と息を吐いて、ティーカップに手を伸ばす。
カップの中身は空だった。すっかり冷めたお茶さえも、いつの間にか飲み終わっていたらしい。
「――おかわりはいかがですか?」
澄んだ女の声が傍でした。
顔を上げると、一人のメイドがティーポットを持って傍らに立っていた。
オリーブ色の髪をきっちりと結わえ、上がることがあるのだろうかと思ってしまうほど唇を真横に引いている。整った細い眉も平行。つまりは無表情に近いのだが、それが逆に有能そうに見える見目麗しいメイドだった。
ミリアナが破顔する。
「さすがオリビアさん~。ちょうどいいタイミングですぅ」
「お茶用のお菓子もお持ちしました」
「有能すぎてお持ち帰りしたいですぅ」
「恐れ入ります」
褒められると、オリビアと呼ばれたメイドは誇らしげに不敵な笑みを見せた。
オリビアは、アロイスが部屋とともに用意してくれたミリアナ専属のメイドだ。普段はアロイスやその妹姫についているのを、能力などの点を考慮して選出してくれたらしい。王子の推薦だけあって、メイドとしての働きには目を見張るものがあった。
どうしてミリアナの休むタイミングがわかったのだろう。まるで狙い定めたかのようにお茶のワゴンを携えて現れたので、ギルバートもイドットも驚いた。二人にはさっぱりだったが、女性同士で通じるものがあるのか、ミリアナとオリビアは楽しそうに話をしている。
「キリがいいので、お茶にしましょうかぁ。ギルバート様とイドットくんもいかがですかぁ?」
ミリアナはようやく立ち上がると、書斎机の斜め左に備えつけられている寛ぎスペースに移動しながら二人を手招きした。テーブルを挟んで長いソファーが向き合い、それを左右に見ながら一人用のミニソファーが置いてある。数人で座るにはちょうどいい。
ギルバートとイドットは目を見交わすと、大人しくソファーへ向かった。どうやらそのほうがミリアナも休みやすいようだと、初日の件から学習したのだ。
オリビアが、ギルバートとイドットにも紅茶を淹れてくれた。メイドである身をわきまえて、あとはミリアナの斜め後ろで控える。
「調査は順調ですか」
ギルバートに訊ねられて、一人用のソファーに腰を下ろしたミリアナは、紅茶のカップを両手で包みつつ答えた。
「今のところは問題ないようですぅ。魔導式が欠損していたらちょっと面倒だったんですけど、それも大丈夫みたいですねぇ。ただ、式が普通より長いみたいですぅ。どこまであるのかは書き取ってみないとわかりませんが、そこから解析するとなると、いささか時間がかかるでしょうねぇ。……、……リズちゃんが戻ってくるまでに終わるといいんですけどぉ……」
後半は、ちょっと困った顔で呟く。リズ・トワイライトが学会から戻ってくるまでにブロウ村に戻らないと、何かあるのだろうか。
「元の所有者が匙を投げたのも、そのためでしょうか」
「かもしれませんねぇ。おそらく、魔導式の書き取りは終わっていないと思いますぅ。この〝苦行〟に耐えられるくらいの研究者だったら、非正規のルートでアーティファクトを手に入れることも、デメリットを承知で王宮を巻き込むはずもありませんからぁ」
――あ、やっぱり〝苦行〟なんだアレ……。
その場にいる、ミリアナ以外の人間は、皆思った。
ミリアナは花型のパイの焼き菓子をサクッと齧る。
「……でも、面白いことがわかってきましたよぉ」
「えっ、なんですか?」
倣うようにイドットも同じ焼き菓子に手を伸ばし、訊ねた。
「はい。アーティファクトは、大きく分けて三つの時代に製作されていることがわかっていますぅ。世界が一度滅びたとされるラスト時代、その前約三百年のルミーズ時代、それ以前のカオス時代。今回のものに使われている魔導式は、ルミーズ時代のものなんですが、この時代で知られていることってカオス時代よりも少ないんです。文献も情報も少ないので、情報入手のための伝手がなければ研究者でもお手上げですぅ」
ミリアナの小さな唇がにこりと笑う。
「でもぉ、逆を言うと……『そのことを理解しているかもしれない』ということでもありますぅ。きちんとした研究者とは思えないのに、知識はある……。在野の人材ということでしょうか。どんな人なのか、だんだん興味が湧いてきましたねぇ」
それは、いずれ自分を狙ってくるかもしれない相手のはずなのに。
研究者の少女は、くすくすと楽しそうに笑っている。
賢いことは確かなのだろうが、面白がる部分がわからない。
それもまた、優れた頭脳の構造がそうさせるのだろうか。
「……とはいえ、あまり動かずにいると体力も落ちるでしょう。少し、外を歩かれてはいかがですか」
見かねて、ギルバートは控えめに提案した。
早く進めたい気持ちはわかるが、やりすぎて体調を崩されては、頼んだ身として申し訳ない。そもそもこれは天才と呼び名高いリズ・トワイライトへの依頼だった。それをミリアナに頼み、巻き込んだのは、ギルバートだ。最終的にはアロイスからの正式な依頼になったとはいえ、巻き込んだ責任を少なからず感じていた。
そんな心を読んでか、ミリアナは少しきょとんとした後、……妙にふわりとやわらかく笑った。ぶ厚いグルグル眼鏡があって瞳は見えないが、優しく笑ったことがなんとなくわかった。
「……ギルバート様は、お優しいですねぇ」
お菓子のような甘い声が、響く。
甘い一方で、まるで年上の女性に撫でられているような安心感もある。
不意を突かれ、思わずドキリとするような声だったと思った次の瞬間、その声は元の軽やかなものに戻っていた。
「では、お言葉に甘えて王宮を散策させていただきましょうかぁ」
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