第7話 #7 20XX年8月18日〜21日 リハビリ

 明朝、○六○○起床。軍とは違って起床ラッパは鳴らないが、起床時間は身体に染み付いている。

 負傷兵なら採血や検温を看護師から受けるがオレは全身義体なのでその必要はなかった。が、まだ起き上がれないのでベッドの上半身を起こして過ごす。

小隊は全滅したと聞いている。オレ以外に唯一残った軍曹は義手をつけてもらえただろうか……。


 ○八○○に国歌がスピーカーから放送されるのを聞く。この間に前庭の掲揚台で国旗が掲揚される。

 やがて朝食が運ばれてくる。見た目は普通だが、完全義体専用食とのことだ。看護師によると、『一般の全身義体の人はドリンクだけなんです。これは普通の食事のような外見と食感、味の合成物質です』だそうだ。

 まぁ味覚も正常らしいが、やっぱり病院食だけはある。美味くはない。軍食堂のビュッフェ形式が懐かしいが二度と口にすることはできないんだろうな。


 一○○○、軍医と看護師が入室してくる。

 慌てて敬礼をすると答礼するが、「あ、自分は医師なので今後敬礼は不要だ。それより少尉、本日一○三○よりリハビリテーションスケジュールを始める。看護師は毎日変わるが、メニューは射撃訓練を含めて7日間で現役に復帰できるよう組んだ」

「承知いたしました。一日も早く――」

「いやいや、そう焦らずともメニュー通りに訓練すれば大丈夫だ。少尉は『義体』との神経接続さえうまくできれば普通に動けるからそれがメインだ。そうすれば義体の能力をフル活用できる」。

「四肢、指はある程度動かせていますので、まず……」と看護師に補助してもらいながら車椅子に乗るところから始まり、リハビリ室で歩行練習、階段昇降練習、床上動作練習を繰り返すことになった。


 義体化して驚いたことがある。皮膚の感覚は生身と変わらず、さすが日本州の『義体化技術』は一流だ。

 そしてこの身体、なんと便意を感じ実際に排便ができたことだ(一般の全身義体者はドリンクだけなので排尿だけだ)。驚きついでに言うと女性の『あれ』までちゃんとあった。

 戦闘用に特化しているのであれば、実際のところ食事・排泄の時間はムダ時間である。「全身義体」に「中枢神経系」だけ移植すれば戦闘は継続可能だ。

 が、それではただの戦闘マシンになってしまうし、これは聞いたウワサだがその義体は「暴走」してしまうらしい。つまりある意味「人間味」のある所作というのは、精神衛生というか「人間性」を保つために必要なのだろうな。

 だからオレはただの全身義体ではない『完全義体』だったんだ。


 一二○○の昼食(また完全義体専用食だが)を挟み本日は歩行練習を行った。

 夕方、一七○○国旗奉納時までリハビリは続いた。義体のため汗もかかず息も上がらないが、まだ動きはぎごちない。

 リハビリ後、義体とはいえ身体を清潔に保つためシャワーを浴びることにした。

 女性の身体に少しは興奮を覚えるかと思っていたが、実際裸になって自分の身体を見ても、ま、こんなもんかという感じだ。

 胸も大きくなく幼児体型なのか特に興奮することもなかった。しかも義体のためか『つるぺた』だった。

 それに後頸部(うなじ)にある数個の小さな突起物が気になったが濡らしてはいけないといわれていないのでそのままシャワーを浴びた。

 それよりも髪があまりにも長く、低身長(何センチなんだろうか?)なのに腰までのストレートロングを乾かすのに一苦労した。

 後で看護師に洗髪とドライヤーのうまい使い方を聞くとするか。

 一八○○夕食、二二○○消灯ラッパで一日を終えた。


 リハビリテーション4日目を終了。夕食後の二○○○に軍医が病室を訪れた。

「リハビリの結果を見ると少尉の義体接続の調子が良いようなので、メニューを繰り上げ明日○九○○より病院敷地内地下の射撃訓練場で射撃訓練を行う」

「あ、ありがとうございます!」

「いや、これも少佐と義体のなんと言うか、我々は『相性』と呼んでるが、それが良かったのだと思う。開発側は『相性』などないと言ってるがね」

「なるほど……『相性』ですか。自分はこの『少女』の身体はまだ『自分』という感覚が無いですが……」

「まぁ嫌でも慣れてもらわないと軍務というか作戦に支障が生じる。だから一日も早く……」

「そうですね、承知いたしました。そういえば軍医殿、オレの義体はただの全身義体ではなく『完全義体』とおっしゃっていましたよね。その意味がわかりました」と、リハビリ初日に感じた「人間性」を保つための「人間味」のある所作についての考えを話してみた。

「よくそのことに気がついたな。ただ単に『中枢神経系』を義体に移植するだけでは数年が経つと暴走してしまうのは聞いたことがあるだろう?食事をし排泄をするといった人間的な行動が精神を安定化させる。ちなみに外性器があったと言っていたがまぁ作戦の可能性として性交渉も想定されているからな」


 げ、オレが男と寝る作戦もあるのか……まいったな。が、軍医は淡々と続ける。「だが、生殖する必要がないので義体には内性器はない。そのうち『完全義体』も民生用になれば人間も不老不死を手に入れられるかもしれないな。ま、一介の軍医にすぎない自分にはあまり興味はないが」

「なるほど……あともう一つよろしいでしょうか」

「なんだ?」

「自分付きの軍曹はその後どうなりましたでしょうか?」

「あ!忘れていた。カワカミ軍曹か。彼女は一昨日義手を取り付け、術後の経過も良いので少尉と同じく明日から射撃訓練を開始する」

「それは朗報です! また一緒に訓練できる日を待っていました!」

「それは何よりだ。では後ほど看護師に軍服を持たせる」

「ありがとうございます!ナカジマ中尉殿!」と敬礼をすると、「だから敬礼は要らんと。それに軍医殿だけでいい」と部屋を出て行った。


 そうか〜!軍曹も義手をつけてもらえたか!これで一緒にまた訓練できるな……その日はなかなか寝付けなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る