第6話 #6 20XX年8月15日〜17日 義体化

 現代の医療の発展はめざましく、義手義足及び義眼、組織生体工学に基づく人工臓器、ロボティクスとが結びついて発展し、やがて脳と脊髄の中枢神経系を除く全ての器官が『義体』に置き換えることが可能になっている。

そのため、四肢を欠損しても義体化され軍に復帰する将兵が多く、中には『全身義体化』されるものもいた。

 そして下士官(E-4)以上の階級や戦績が認められた者や、重要な情報を扱う者は優先され、例え心肺停止状態であっても脳死状態でないかぎり義体化により延命措置を施された。


 ドローン落下地点付近の死傷者は50人にも上り、そのうち重傷者で下士官以上の者は二人。一人は左腕を欠損し意識混濁状態。もう一人は全身に火傷を負い熱傷指数が50を超え意識はなく、救命困難な状態だった。

 左腕を欠損したのは軍曹で、しきりと「少尉は?」とうわ言のように衛生兵に問いかけていたと言う。

 幸いにもドローン墜落の報告を受けた勝田基地からV-22が緊急発信していたので、ヘリモードでも20分とかからず緩衝地帯北端に到着する。日本州の義体化研究の中枢でもある筑波大学病院まで直線距離105Kmなので、通常飛行であれば15分以内での搬送が可能だ。

 やがてV-22が到着し、重傷者を収容・搬送して行った。

 受け入れ先の筑波大学病院義体科では慌ただしく全身義体化手術の準備が行われていた。


 8月15日、それはくしくも西暦1945年昭和天皇が『大東亜戦争終結の詔書』を朗読する玉音放送によりポツダム宣言の受諾・連合国への降伏がラジオと新聞で日本国民に伝えられ、大日本帝国が敗戦した日だった。


***


「脳波、高振幅徐波(昏睡状態)から低振幅速波(覚醒状態)へ移行しつつあります。意識レベル正常……覚醒します」と看護師の声。

 目が覚めた…というより意識が戻った。どうやら一命は取り留めたのか? だがまだ目も開けられず、体も動かせない。 おそらくオレは集中治療室でモニタリング用機器やら生命維持装置に縛り付けられているんだろう。

 あれからどれくらいの時間……いや、日数が経過したのだろう。それより軍曹は無事だったのか……?

 そのうち右手を誰かに握られていることがわかり、目を開けた。 ぼんやりとだが、軍曹がオレの右手を握っているのがわかった。 握ってくれている手が温かい。

「しょ、少尉! お目覚めになられましたか!」半分泣き声だ。聴覚も戻ってきたようだが、まだあまり身体を動かせない。

 自分が寝ているのは普通の医療用ベッドだった。左側には軍医の他に看護師がいるようだ。

「タカオカ少尉、義体化は成功だ。 ただ、身体の損傷はかなり激いため全身義体化する必要があった」と主治医であろう軍医の声。 女性だった。

 まだ自分から声を発することができなかったので、軽く頷く。

「そして、少尉の性別・年齢に見合った義体ではなくプロトタイプとして開発されていた『完全義体』に脳と脊髄の中枢神経系を移植した」

 まあいい、生きていられただけでもめっけ物だ……ん?プロトタイプで開発された『完全義体』? 一体どういうことだ?

「い、い……いったい……」か細いがやっと声が出るようになったが聞き覚えがない声だ。

 視覚もだんだんはっきりとしてきた。そういえば軍曹に握られている右手を見るとやけに小さい。 自分のあまりゴツいとはいえないが筋肉質な腕ではないし、やけに白い。

 軍曹が電動リクライニングベッドの上半身を起こしてくれ両手を見ると、小さくそれはまるで少女のようだ。

「軍曹、鏡を……」とまた、か細い声。 これはもしかして『女性』それも『少女』の義体に移植されたということか?

 軍曹が持ってきた鏡で写し出してくれた自分の顔を見ると、白人で髪はブロンド、しかも瞳が赤い。 見た目16〜17歳……ハイスクールGrade10か11(高校1〜2年生)……なかなかの美少女だ。

「え? あ? なん……義体化して頂いたのはありがたいですが、なんでよりによって軍人がこんな弱そうな身体に……もう一度他の義体に移植をお願いいたします」と力を振り絞って軍医にうったえる。ちゃんと発声すると少しハスキーボイスだ。


 軍医は白衣を着ていたので階級はわからなかったが少なくとも中尉以上のはずだ。 それが伝わったのか「官姓名を名乗ってなかったな。 自分は筑波大学病院義体科所属、ナカジマ中尉だ。 少尉、まぁそう熱くならずに。 軍医とはいえ実戦には出ず、こうして負傷した将兵を階級と重症度によって治療するだけなんだ」と物腰が柔らかい。

 軍曹より少し背が高いので165センチくらいだろうか。茶色っぽい瞳で髪は黒のショートボブ。純日本人で美人だ。

 あわてて敬礼をしようとするとそれを抑え、「まだうまく動かせないだろうから敬礼はいい。 少尉、この義体化は陸軍上層部からの命令だ。 また『完全義体』は現在この1体しかない。 そして残念ながら再度の移植に少尉の中枢神経系は耐えられないだろう」と死亡宣告のような言葉を聞いた。

「少尉殿、わたしは少尉殿が生きていてくださっただけで嬉しいです。 わたしを庇ってくださり本当に感謝しています」そう言った軍曹の左腕は欠損していた。

「軍曹、その左腕は……」

「はい、自分の腕は応急処置をしていただき、階級順に腕を義体化していただきます」

「そうか、ならまた軍に復帰できるな……しかしオレのこの義体では……」

「少尉の義体は先ほど『完全義体』と伝えたが、女性タイプとはいえロボティクスのおかげで筋力が増強され腕力脚力共に生身の成人男性の2〜3倍はある。また、瞳が赤いのは視覚能力を高めた視覚センサーとしても機能する」と軍医が説明する。

「そうですか……では、今日からまた軍に復帰できるんですね?」

「いやいや、それはまだ無理だ。 中枢神経系が義体を完全にコントロールできるまで長くて一週間、リハビリが必要だ。 なにしろ義体化手術から丸々3日間、意識が戻らなかったんだからな」

 3日間……その間、軍曹はずっとオレを見守っていてくれたのか……


「軍医殿、質問よろしいでしょうか」

「ああ」

「目が赤いのは理解しましたが……何故白人なのでしょうか?」と聞くと「ああ、それはあまり大きな声では言えないが、アメリカは白人至上主義というか、優位に立つべきであるという思想からではないかと……」と口籠る。

「承知しました。 そ、それにしても何故…この……『少女』なのでありますか?」

「陸軍上層部ではある『特殊部隊』を編成すると聞いているが、そのためではないのかな。 それ以上は自分が知り得る情報はない」

「そうですか……」

「質問がなければまた明朝来る。 軍曹は傷口の治り具合を診るから一緒についてくるように。 以上だ」と看護師を連れ部屋を出て行く。

 そう聞いてこれ以上聞くことがなくなりオレは目を閉じた。


「少尉、お目覚めになり安心いたしました……失礼致します!」軍曹は名残惜しそうに敬礼し、軍医の後を追った。

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