第4話 西暦二〇六九年八月十四日 第二〇次北茨城迎撃戦

 今、侵攻してきている敵は「北の国」、すなわちソ連だ。侵攻軍編成は一個大隊約一、〇〇〇人。主力戦車はT-80系とみられ、三個大隊の一五〇両だ。

 それに対し我が軍は一個連隊五、〇〇〇人。主力戦車はM1エイブラムス五個大隊の二五〇両。火力的にも上回り迎撃側としてはかなり優位に立ってはいるが……。


 敵の現在位置は勝田基地の北、約七八キロの緩衝地帯南端まで約二〇キロの地点。一方勝田基地から緩衝地帯北端までの距離は約五二キロ。

 距離的なアドバンテージは敵軍にあるな。

 T-80系の有効射程は五キロといわれているが、片やM1エイブラムスの主砲の射程は約四キロに留まる。

 まぁ最大射程三〇〇キロのMGM-140 ATACMSが首都周辺に無数配備され迎撃体制はできているし、今回は最悪お互い砲弾を数発撃つ程度の軽い小競り合いで済むだろうな。

 こういった侵攻は数年に一度、ソ連からしかけてくる。奴らにしてみれば軍事演習、あるいは軍事力のアピールだろうな。第一、一個大隊で侵攻して来ること自体がおかしいだろう?

 だが今回の迎撃戦はオレにとっては初めての実戦、いわば初陣だ。緊張していないと言ったら嘘になる。


「知っていると思うがオレは今回が初陣だ。軍曹は実戦何回目だ?」と気を紛らわせるため操縦中の軍曹に問いかける。

「はい、自分は今回で三回目であります」

「そうか、なら先輩だな! 勝田基地所属だから前回も同じ北茨城迎撃戦か?」と問うと、「そ、そうでありますが少尉殿、何を仰られますか。三回目などまだまだヒヨッコで、これでも緊張しております。それに比べて少尉殿は初陣にもかかわらずその落ち着きぶり、敬服いたします!」


「いやいや、これでも緊張してさっきから敵軍と我が軍の戦闘能力の比較を考えていたんだ。これでも大学の卒論で『戦略防衛論』なんてのを書いた」

「それこそ驚愕であります、少尉殿。今までお仕えした上官殿で初陣で戦闘能力の比較とか、第一ご自分から緊張していると仰られた方はいらっしゃいませんでした」

「そうか……オレは変か?」

「失礼いたしました! そういった意味で言ったのでは無くてですね、と、とにかく……その、ご自分の素を出される上官は、は、初めてでして……」なんかしどろもどろでかわいい。


 思ったより軍曹は素直な性格らしい。オレはこの子を上官としてだけではなく最後まで守ってやる……なぜかそう思い、「軍曹、二人だけの時は『殿』はいらない。官位だけでいい」と口に出してしまった。

「え?」と戸惑う軍曹。

「別に深い意味はない。今までオレは『素』でしか人と付き合ったことがないし、これからもそうするつもりだからな。だが軍人である限り名前で呼ぶのはマズいからな」そして士官学校で「あの『罰』はキツかったな〜」と『罰』を受けた話をしたりした。

「そういえば少尉ど……少尉が赴任される前、何名か上官が赴任されてくる中に男前な方がいらっしゃると女子隊員で話が持ちきりでした」


「え?」今度はオレが戸惑う番だ。

「少尉のその『罰』を買って出たというお話を聞いて、少尉がその男前な方だったと今わかりました」

「なんだそりゃ……そうか、少々照れるな。しかし『鬼軍曹』でもそういった話を同僚とするんだなぁ。少し安心した」

 顔を赤らめた軍曹は「い、いやそれは官舎だけでの話でして、決して演習中はそんな話はいたしませんし……し、少尉はなぜ軍人になられたのでしょうか?」と話を切り替えるが、軍曹はオレに興味津々なのが見え見えだ。


「あ? ああ。十八歳になると『選択的兵役登録(Selective Service System)』に登録するだろ? だが人生何が起こるかわからないから高校卒業後すぐに一年間の軍事訓練と二年の兵役の後、大学を卒業したら州政府にでも就職するつもりだったんだ。が、両親にせめて先に大学へ行って欲しいと言われ、四年間大学に進んだんだ。卒論がなんか評価を受けたらしく士官学校を受けろと言われた。……軍曹こそなんで軍人に?」あまり多くを説明せず逆に質問をする。

「自分は勉強キライなんで高校を卒業して少佐と同じく……っても軍事訓練を受けたことが同じってことなんですが。そして数年志願兵を勤めてから将来を決めようと。それに父も軍人ですので」


 服務期間二年から六年の志願兵か……女性にとっては過酷だが、軍曹にまでなったということはやっぱり実力もあるし頭も良いんだな。軍人一家だしな。

「それより少尉、射撃の腕前かなり凄いとお聞きしております。一度ご指導願いますか?」と話をはぐらかすように軍曹が聞いてくる。なんでそんなことまで知ってるんだ?

「ま、いいぞ。オレはMcMillan TAC-338を愛用しているが……」

「はい、存じあげております。今日も装備されていますね」

「あ、ああ。全長一、二二〇ミリ、本体重量五キロで軽量にできているとはいっても女性には不向きかもな。名前の通り".338ラプア・マグナム"弾五発入りのマガジンを装着できる。カタログスペックは有効射程一、六〇〇メートルだが、オレは一、八〇〇メートル程度の射距離でも敵を倒すことができるが、上には上がいてな、二、〇〇〇メートルというヤツもいるぞ」と話すと、目を丸くする軍曹。

「狙撃銃はどれも四キロオーバーが多いからなぁ……」

「わ、わたし腕力筋力には自信がありますので、ぜひ少尉にご指導いただきたく思います!」

「わかった。じゃこの作戦が終わったらな」

「ありがとうございます! 少尉!」

「ああ」


 などと話しているうちに、〇三四四に「迎撃戦」主戦闘域である緩衝地帯北端、五キロ手前に現着し輸送車から降車する。

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