第3話 西暦二〇六九年八月十四日 第二〇次北茨城迎撃戦前夜
アメリカ合衆国日本州陸軍東部方面隊勝田基地にて。
「茨城県と旧福島県境の緩衝地帯に向け、旧国道六号線を南下していた敵軍は二二○○現在、旧磐城市内で侵攻を停止している。
おそらく明朝○六○○を待たずに侵攻を再開するとみられるため我が軍は○四○○までに緩衝地帯北端まで進軍しこれを迎撃する。
二二一五に緩衝地帯北端に向け進軍を開始する。以上だ」とイケガミ連隊長から指示が出る。
あれから約八年、オレは今年士官学校を卒業したばかりのアメリカ合衆国陸軍少尉となった。
ハイスクール卒業後一年間の軍事演習後、両親の説得に折れ十九歳から国際政治学を学べる大学に四年間通っていたが「合理的だが柔軟な思考力、リスクを顧みない決断力、戦略レベルで俯瞰的な視野を持つ」と、提出した論文『日本州周辺諸国に対する戦略防衛論』が高評価され士官学校に進学を勧められた。
年齢は二十六歳独身。身長百八十センチ、体重は八十キロ。
軍隊で鍛え上げられたため今は筋肉質だが、ハイスクール時代は陸上部に所属していたため脚が速く俊敏だった。
格闘は苦手だが持ち前の瞬発力を活かし格闘戦の成績は良かった。
あと視力は二・〇なので射撃の腕前もかなり良い方だ。
正義感が強かったので士官学校では他の学生のケンカの仲裁に入り自分も同罪と一緒に「罰」を受けたりした。そのおかげで危うく留年しかけ、卒業式で、「ゴート(ヤギ)」になるんじゃないかと一時期ヒヤヒヤしたこともあったな。
「ゴート」というのは卒業式で、成績が最下位の生徒に同級生や教授、父母から派手なスタンディングオベーションで迎えられる風習なのだが……。
士官学校を首席で卒業した場合、陸軍のエリートコースを突き進むのに対し、ゴートの生徒は苛烈な歩兵部隊に配属されるケースが多い。
ゴートではないがパットン陸軍大将(パットン戦車シリーズの名称の元になってるのは知ってるだろう?)は一年生の時に数学で落第・留年しているし、マーフィーの法則の名の由来となったエドワード・A・マーフィー・ジュニアも四四九人中四〇三位だったと後から知り、少しは安心したけどな。
あと、「罰」は大抵、最短五時間以上の「罰ツアー」を言い渡される。これは学校の中庭を制服を着せられM1ガーランド半自動小銃を担いで決められた時間往復するんだ。
M1ガーランド半自動小銃はセミオートマチックライフル。全長一、一〇八ミリで重量は四、三〇〇グラムもあるんで、たまったもんじゃない。
夏場にコレをやらされた日にはどんなヤツも二度とバカなまねはしなくなること間違いなしだ。
ここまで話しているとまるで脳筋の大馬鹿者に思えるけど、成績は優秀だったので無事卒業できた。
首都圏の基地で少尉として任官し、最初の半年は研修勤務を与えられ、その後小隊付軍曹の補佐を受けつつ二個以上の分隊から成る小隊級部隊(十六人から四十四人程度)の指揮官を務め、八ヶ月から二十四ヶ月程度の勤務を経て中尉に昇進するはずだったが……赴任先は「苛烈な歩兵部隊」ではないが、東部方面隊勝田基地だった。
少尉は戦時の場合には直ちに小隊長として赴任することとなっており、こうして今、第二〇次北茨城迎撃戦第三小隊を率いて敵を前にしている。
敵の侵攻準備の動きを捉えた司令部の指揮の下、茨城県にある勝田・霞ヶ浦・土浦・古河の各司令部に迎撃命令が下されたのは今から四時間前だった。
勝田基地は北の守りの要だ。司令を受けた各基地からの部隊が集結してくる。
自分の小隊付き軍曹(タキナ・カワカミ一等軍曹)にあと十分以内に兵装を再点検し兵員輸送車(M113) に搭乗させるよう指示を出す。
彼女はオレと違い一兵卒からの叩き上げで軍曹になった。当然ポッと出がなれるような官位ではなく、実力もあるし頭も良い。
身長は百六十センチ、黒目、黒髪ロングの純日本人で結構美人だ。
が、性格はキツいらしく叩き上げということもあるのか、御多分に洩れず新兵・兵隊共からは「鬼軍曹」呼ばわりされているようだ。
ま、軍曹は軍の背骨とも言えるポジションだから仕方がないけどな。
十分を待たず、「少尉殿、報告いたします。小隊二十八人、兵装の再点検と、輸送車三台への搭乗が完了致しました!」と敬礼をしつつ軍曹から報告があった。
「よし。ではオレたちも乗り込むか。オレと軍曹は先頭車両で良いか?」とオレも答礼しながら輸送車を確認すると一両目は運転士がおらず兵士が八人、残り二両は運転士を含め十人ずつ搭乗しかなり余裕があるが……ははは、最初からそのつもりだったな。
「はい。光栄であります! 自分が運転いたします!」軍曹は素知らぬ顔で返答する。
オレは車長席に、軍曹は運転席に乗り込み二二一五、全軍勝田基地を出発する。
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