第7話 新たなミッションと解決した問題

 美香に手伝ってもらい何とか湯船に入り、片足を外に出した体勢で肩まで沈む。

 湯船の反対側には美香がいる。2人で入るには少し狭い体が密着、体を支えるためか美香の手が僕の膝の上に置かれている。その一点の僕の神経が集中しているのがわかる。ドクンドクンと鳴る心臓の音が彼女にバレませんようにと願う。


 これ以上僕が持たないと思ったところで、美香が「待ってて」とバサと立ちががった。その綺麗な肢体が目に飛び込む、目を逸らさないとと思いながら視線を外せない。下から上に視線が上がり美香と目があった、何故か勝ち誇ったように微笑んでいた。


 美香は一度風呂場から出るとビニール製の何かを持ってきた。それってもしかしてエヤマット...

 良からぬ妄想が浮かび慌てて口まで湯船に沈む、ブクブク。そんな僕を無視して美香は準備を進めている。

「髪を洗うここに横になって」と何でもない事のように美香が言う。

 無理だって!

 僕は今日で死んでしまうのか。


 湯船を出てマットの上に横になる。足は脱衣所に出て頭は美香の膝の上。抵抗はしない、何も考えない。綺麗だとか、いい匂いだとか、暖かいとか、すげー柔らかいなど。美香の体で跳ねる水の音っていやらしいなんて事考えちゃいけない。無理やり思考の外に追い出そうと戦っていた。

 五感コンプリートには味覚が必要、という考えが一瞬頭に浮かんだ時に完全にオーバーヒートした。本当に何も考えられなくなった。味覚、、、味覚って舌だぞ!

 無抵抗な僕の頭を美香は抱き上げ後ろも丁寧に洗ってくれている。問題は胸が近い。


「はい、次」と今度は僕を椅子に座らせ、体を洗い始めた。最初は背中だったが徐々に手に移り、正面に座り足を洗い始めた。そして胸、もうされるがままだ。そうしているうちに泡を流して終わる。

 多幸感MAXの地獄のような拷問だった。よく耐えた自分、誰か褒めてくれ。


「私も洗ってくれる」美香が言い出した。


 むーりー!!!!


「ずるいじゃない自分だけ。それとも自分だけ洗われるのが当たり前だと思ってるの。ここは当選私も洗ってもらう権利有るよね」と固まっている僕を無視して椅子に座る。そして背中を向けた。

 せ、背中、ならなんとかなるか。

「邪魔だからその紐結び解いて、その間前は押さえているから大丈夫」

 大丈夫じゃない!

 本当に僕を殺す気ですか。


 ・

 ・

 ・


 紐は解けた。背中も洗った。でも結べなかった、手が震えまともに動かせなかったのは仕方がないと思う。

「なに、ブラ取ってとでも言うの。そんな事は絶対にしない」とそのまま出ていった。

 戻ってきた美香は自分でちゃんと結べていた。


「本当カー君ってエッチだね、男子ってみんなそうなの。罰として次は髪も洗ってね。私美容院で髪を洗ってもらうの気持ちいいから」

 何故かミッションが増えた。

「結ぶのも後で練習しようか。毎回これだと私も困る」


 はぁ!

 美香は日本語を話しているはずなのに、僕は彼女が何を言っているのか意味を理解できなかった。


 ーーーーー


 学校ではみんながヨソヨソしい。


 教師陣がヨソヨソしいのは『君子危うきに近寄らず』なのだろう、皆さん頭がいい大人だ。

 一応担任は『すまん』と口の動きだけで声のない謝罪をくれた。辛い立場なんだろうと理解はできるが、もやもやはしている。


 一方生徒のヨソヨソしさはそれとは違う。

「なんなんだよ」と僕が愚痴ると「なんなんだろうね」と幹。

「気にするな」と志郎。そして2人ともニヤニヤ。


 クラス全体がこんな感じだ。

「なんでみんな遠慮するかな。私たちみたいにかぶりつきで見りゃいいのに」とあさひさん。あの日から僕達と話すようになった。

 で、何を見てるの?

「特等席だからね、そんなに空いてない」と幹。その特等席ってなんだ、コンサートにでも行く約束でもあるのか。僕は聞いてないぞ、誘え。


 それと、あれだけ強気だった教頭も不思議な事に何も言ってこない。


 そうしているうちにギブスが取れ朝礼に参加すると、校長が変わったと全校生徒に発表された。

 教頭と理事長も変わっている。

 再び校長室に呼ばれた。美香と小野さんも一緒だ。


 何故か目の前に百合さん。

「申し訳ございません」

 百合さんが頭を下げ、後ろの3人、新しい校長と教頭そして副理事長も同じく頭を下げている。


「やめてください」僕は居た堪れない「わかりましたから、もう十分です」

「そうはいきません。自分の判断の甘さからお二人にはご迷惑をおかけしました。謝罪で済む話ではありませんが、まずは謝らせてください」

 4人は一層深く頭を下げた。


「私は代理の者です。この様な場にいるべき者ではありません。そもそも謝罪を受けるいわれもないのですから」小野さんも身の置き場所がなさそうだ。

「いいえ、小野様はお二人のご両親のかわり頑張っておられました。ならば私たちの誠意をお伝えしなければならない相手です。親御様にお伝えしていただくためにも」

「十分理解しております。黒沢様も蜜里様もお子様が今まで通りにこちらに通えるのであれば問題になされておりません」お父さん達ならそう言うだろう。

「では親御様へ、よろしくお伝えください。お願いいたします」再度百合さんが頭を下げる。


 バカ息子はカナダ留学に出発したそうだ。すでに日本にいない。

 校長と教頭は謹慎。可哀想に校長は謹慎のまま退職になる。いや退職まで明確な処分が下されないのは温情だったのかもしれない。

 その証拠に教頭は解雇されている。理事長に百合さんが副理事長に百合さんの娘さんに変わった。ちなみに副理事長は前理事長の妹さん。

 学校関係者の構造を察した。


 小野さんの言っていた通り何もしなくとも問題は解決していた。


「では謝罪はここまでとして、教育者として一言よろしいでしょうか」と百合さん、僕たちの正面に座りなおした。

 僕と美香が緊張した。

「私の時代とは違うと理解しております。ですので純潔とか不純異性などと言い騒ぐつもりはありません。ただし学生という立場は理解して行動して欲しいのです」

「「はい」」僕と美香は背筋が伸びる。

「それが親御さんの御恩にも応えることになります」

 僕の親からのいき過ぎた寄付が有るからではなく、百合さんが純粋にそれを望んでいるのがわかる。

「大丈夫です。僕たちは百合さんの考えているような関係ではありません」と僕はその言葉に応えた。ご心配いりません。


 百合さんの目が大きく見開く。横にいた3人も同じ顔だ。そして美香の方を見る。

「はい」と美香がなんとか聞こえる程度の声で同意してくれた。


 途端「おもしろい」と副理事長が笑い出した。

「でしょ。本当にそうなんですよ、これ」と小野さんまで。

 なんだ、なんなんだ、何がそんなに面白いんだよ。教えてくれよ。

「黒沢君、なんかごめんなさい。貴方を勘違いしていたみたいです。そうですか、そうでしたか」百合さんも1人納得しているようだった。

 新しい校長と教頭は何か珍しい生き物でも見るように僕を見ている。


 微妙な雰囲気のままその場は終わる。それと小野さんと副理事長がアドレス交換してたのは何故だ。


 マンショに送る車の中で「親公認に続き、学校公認ですか」と小野さん、訳がわからない。

「何がですか」

「はいはい、わかってます」と小野さん僕の質問を軽く流してくれる。美香はさっきから黙ったままだし。


 最近こんなのが多く無いか。

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