第146話 青年、探索庁長官の第一秘書と取引をする。

*この回はたすくくんの視点でおおくりします。


 俺は、裏鬼門うらきもんのダンジョンから帰還すると、その足で探索庁のある永田町を目指す。


 交通手段は地下鉄。


 本当は走ったほうが早いのだけれども、いかんせん地上は人が多すぎる。

 俺は、スマホでとある探索者の配信画像をみながら時間をつぶす。


「次は永田町ー。永田町ー」


 電車を降りて地上に出ると、眼の前になんとも特徴的な形状のビルが現れる。探索庁のビルだ。俺はビルに入ると受付に声をかけた。


犯林おかばやしさんをお願いしますか?」

「少々おまちください………………………………お待たせしました。色無いろなしたすく様ですね。地下16階で犯林おかばやしがお待ちしております」


 そう言いながら、受付は小さなカギを手渡してきた。


 俺はエレベーターに入ると行き先ボタンを見る。


 B1 B2 B3 B4 …… B7 


 整然と並んだボタンの下にある小さな鍵穴に、受付から受け取ったカギを刺す。


 キィ……


 小さくきしんだ音をあげながら天板が開いていき、奥から地下8階から地下32階へのボタンが現れる。俺が「B16」のボタンを押すと、エレベーターは静かに地下へとくだっていった。


「お待ちしておりました、色無いろなし様。部屋までご案内致します」


 開いたドアの先には、直角90°に身体を曲げた男がいた。

 探索庁局長、鶴峯つるみね辛一しんいちの第一秘書、犯林おかばやしさんだ。


 俺は、犯林おかばやしさんのあとについていく。どうして探索庁のトップの第一秘書が、一介のただの地図職人の対応をするのか理解に苦しむ。が、その分、報酬は破格だった。


 犯林おかばやしさんは一番奥のドアで立ち止まると、カードキーをタッチして、顔認証と指紋認証、それから暗証番号を入れる。

 すると「ピッ」と小さな音とともに、ドアのロックが外れる音がした。

 ずいぶんと堅牢なセキュリティだ。本当にこんな場所に、俺なんかを入れていいのだろうか。


「どうぞ、こちらに」


 案内された部屋は、中央に折りたたみのパイプ机に1台のノートパソコンが置かれた部屋だった。照明はなく、開きっぱなしのノートパソコンからこぼれるわずかな光で、ようやく部屋の全容が確認できた。

 倉庫部屋なのだろう。窓ひとつなく、壁にしつらえたスチールラックには、整然と荷物がならんでいる。もっとも、それがなになのか、俺にはさっぱりだが。


「それでは色無いろなし様、作成した地図データをいただけますか?」

「ああ」


 浮遊カメラに差し込んでいたマイクロSDカードを手渡すと、犯林おかばやしさんは、ノートPCで確認する。


「……はい。はい。確認しました。問題ありません」

犯林おかばやしさんの予想通り、裏鬼門うらきもんに現れるモンスター構成は、90%近く、うしとらのダンジョンと合致しました。おそらく、ダンジョンの主も同種族と考えて間違いないです」

「さすが、最速の探索者、色無いろなしたくみの御子息だ。その腕は父上譲りなのですね?」

「関係ないです! 俺は親父に何ひとつ教わってない!!」


 俺は、反射的に反論をする。3年前、突然消えたクソオヤジ。あいつのために、俺たち兄妹がどれだけ苦労したことか。


「……失礼しました。ところで、色無いろなし様、もうひと仕事、頼みたいのですが構いませんか?」

「次はどこに行けば?」

「前回と同じ、裏鬼門うらきもんのダンジョンです。色無いろなし様は、現在、裏鬼門うらきもんのダンジョン制圧メンバーを編成しているのはご存知ですよね」

「ああ。テレビで見たけど?」

「ついさっき、その編成メンバーが決定しました。つきましては、色無いろなし様に、彼らの先導をおねがいしたいのです」

「断ります。そんな仕事、地図職人でなくてもできる」


 俺の返答に、犯林おかばやしさんは残念そうに首をふる。


「おやおや、それはもったいない。今回の制圧メンバーには、あの大人気ダンジョン配信者、未蕾みつぼみミライさんと、露花つゆはなロカさんも参加するんですがね」


 露花つゆはな……ロカ……だって?


「仕方がない。代役を立てるしかないですかね……」

「ま、待ってくれ! 犯林おかばやしさん、その仕事、受けても良い!」

「報酬は今回の10分の1になりますが、それでも??」

「ああ、構わない」

「では、こちらの書類にサインをいただけますか?」


 犯林おかばやしさんは、軽く口角をあげながら卓上に書面をすべらせる。ずいぶんと準備が良いな……。

 俺は自分の心が見透かされたような気恥ずかしさを感じながら、書面にサインをする。


「はい、はい。では、確かに。それではよろしくお願いいたします。詳細は追ってご連絡致しますので本日はお帰りくださいませ。エレベーターまでご案内しますので」


 俺は、エレベーターで直角90°におじぎをする犯林おかばやしさんに見送られて探索庁をあとにすると、すぐさまスマホで配信動画のつづきを見る。


『それじゃあ、最後の合言葉♪ L・O・V・E・L・O・K・A! ラブロカチャンネル!! チャンネル登録よろしくね♪』


 カワイイ。


 露花つゆはなロカ。もう、1年以上推し活をつづけている、女子高生ダンジョン探索者だ。


 あのロカちゃんに直接会えるチャンスがくるなんて!! 俺はスキップしながら家路へとついた。

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