第129話 美少女、父親に母親の行方を聞く。

 ガタンゴトン……ガタンゴトン……

 アタシは、ガラガラの電車のなか、つり革につかまっている。


 裏鬼門うらきもんのダンジョンの湿地帯の第13層で、1日じゅう魔法陣をさがしていたものだから服が泥だらけだ。さすがにシートに座ってしまうのはしのびない。


 次は○○ー。次は○○ー。


 最寄り駅のアナウンスを聞いて、アタシは電車から降りる。日は落ちてしまっているけれど、まだまだ周囲は明るい。

 アタシは改札を抜けると、そのまま真っすぐ家に帰る。


 普段はスーパーで晩御飯のお惣菜を買うのだけれども、今日はもう、ダンジョンでミライさん特性の世界のスープ料理を堪能したし、おみやに持ち帰ったボルシチがある。


 駅から速歩きで10分、アタシの家が見えてくる。1階のリビングに明かりが灯っている。パパがかえっている証拠だ。

 アタシは家につくと、ロックを外して玄関に入る。そこには私服に着替えているパパとパグのタラオが待ち構えていた。


「ロカ! ケガは無いかい??」

「フゴフゴ?」

「うん。全然平気だよ!!」


「そうか! よかった。よーーかったーー。 幻獣は封印できたんだな??」

「フゴフゴ!」

「ううん。それは明日。ダンジョンの構造が変わっていて、新しい階層ができてたの。だから今日は最下層の魔法陣を見つけたところでお開きになったってワケ」


「そうか……じゃあ、明日も?」

「フゴ、フゴゴ?」


「うん。裏鬼門うらきもんのダンジョンに8時だよ。全員集合!!」

「フゴ、フゴゴ!」

「そうか……」


 パパに今日の探索成果を説明すると、ものすごく心配そうな顔をする。

 アタシはパパを元気づけようと、話題をかえる。


「ねえパパ、もう晩ごはん食べた?」

「いや、まだだが。ご飯は炊いたから、おかずをなにかデリバリーする予定だ」

「だったら、コレ食べてよ!」

「フゴゴゴ?」


 アタシはリュックから巨大なタッパーを取り出した。


「ミライさん特性ボルシチだよ。パパの好物だから、お持ち帰りしちゃった」

「ほう。ボルシチか、久しぶりだな。ロカ、おまえも食べるんだろ?」

「アタシは、だいじょうぶ。ダンジョンでたっぷりごちそうになったから。あ、でも、おこめは要らないけれど、ボルシチだけはおかわりしたいかも!」

「そうかい? それならボルシチは温めておくから、ロカはお風呂に入りなさい」

「フゴフゴ♪」

「はぁい!」


 アタシはバスルームに向かうと、泥だらけになった探索用コスチュームを洗濯機に放り投げてシャワーを浴びる。探索の汚れを落とすと、明らかに一番風呂とわかる湯船にお気に入りのバスボムを入れてお湯につかる。


 黄色いマナパウダーを配合したバスボムの成分が、身体の隅々にいきわたるのを実感する。今日は戦闘こそなかったけど、マナをめちゃくちゃ使ったし、明日に備えてたっぷりと睡眠をとらないと。


 アタシは、湯船の中でたっぷりと伸びをする。


(そういえば、パパとダイニングを囲むなんて、どれくらいぶりだろう)


 少なくとも、ママが家から出ていってからは、ダイニングでご飯を食べた記憶がない。アタシは朝ご飯は学校で済ましちゃうし、晩ごはんはリビングでテレビを観ながらひとりで食べる。


(な、なんだか、ちょっと緊張してきたかも)

 ザァアアア……!


 顔が火照って湯当たりしそうになったアタシは、慌てて湯船を出る。


「フゴフゴ♪」


 タラオが足元でうろつくなか、身体と髪の毛をようく拭いて、パジャマを着込むと、頭にフェイスタオルを巻いてダイニングへと向かう。

 ダイニングには、ボルシチのビーツのほのかな大地の香りと、サワークリームの酸味が漂ってくる。


「わぁ、このお皿、懐かしい!!」

「フゴフゴ?」


 白地にコバルトブルーの細い線が格子状に入っていて、交差するところに金のワンポイント。コバルトネットと呼ばれる、ママの故郷の伝統的な焼き物のデザインだ。

 たっぷりのビーツで赤く染まったボルシチが、涼やかなコバルトブルーの器とよく似合う。


「ボルシチといったら、やっぱりこの皿じゃないとな! さあ、冷めないうちに食べよう! タラオおまえはワンチュール付きだ!」

「フゴフゴフゴ♪」

「いっただきまーす」


 パパは、スプーンでボルシチをすくうと、ふうふうと息を吹きかけてから口にはこぶ。


「いやあ。これは美味しいな!!」


 開口一番、ミライさんのボルシチを褒めたたえた。


「でしょでしょ?」

「ああ。この3年ほど、美味しいボルシチを求めて、国内外とわず色んな店に通ったが、こんな美味しいボルシチは本当に久しぶりだ」

「フゴフゴ♪」


 パパはご機嫌にボルシチをほうばると、続けざまにお茶碗のご飯をかきこむ。

 ちょっと、変わっているかもしれないけれど、これが我が家の定番スタイルだ。


「ママのボルシチといい勝負でしょ?」


 アタシは、思い切って聞いてみる。


「ああ。ママのボルシチはベーコンだが、骨付き肉も悪くないね」


 ご機嫌に返答をするパパを見ながら、アタシは軽く深呼吸をする。そうして、もうずっと前から聞いてみたかったことを、思い切って聞いてみる。


「ねえパパ。ママはどうして突然いなくなったの?」

「…………聞きたいかい?」

「フゴフゴ?」


 パパは、もうほとんど完食をしたボルシチのお皿に目を落としたまま、アタシに質問をする。


「うん! もちろん!!」


 アタシの返答に、パパはお皿を持って、お行儀悪くスープを飲み干すと、ふうとため息をついた。


「わかったよ。おまえが大人になったら、話す。それまで我慢してくれ」

「パパ、アタシもう18歳だよ。もう大人だよ!!」

「フゴ!」


 アタシが反論すると、パパは笑いながら言い返す。


「大人を名乗るなら、俺のスネをかじらなくなってからにしろ」


 う……パパ痛いところをついてくる。


「じゃ、じゃあ高校を出たらでいい??」

「ダメだ。社会人になってからだ。つい最近、推薦で大学を合格したのは誰だったっけ?」

「ううゔ……いいがえぜない……!!」


 アタシがふくれっ面をすると、パパが勝ち誇った顔で言い返す。


「ハッハッハ。ただまあ、これだけはハッキリと言っておくよ。パパとママは、やむにやまれず理由で別々の人生を歩むことになった。だがロカ。ママは、ロカのことを世界で一番愛していたし、今もきっとそのはずだ」

「パパ……」

「オマエが社会人になったとき、すべてを話すよ。その後はロカのスキにすれば良い」

「……うん」

「とりあえずだ。パパは明日のことが心配だよ。絶対に、無事で戻ってくるんだぞ!」

「フゴフゴ!!」

「うん!」


 アタシはパパが温めてくれた、ミライさんのボルシチをほうばった。

 気のせいかな? パパが温めてくれたボルシチは、ダンジョンで食べたときよりも、ずっと、ずっと、美味しく感じだ。



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