第127話 美少女、ボルシチをお持ち帰りする。

 アタシは指揮棒で生み出した、青と緑のマナの塊を池に放り投げる。青と緑のマナがあふれだしてターコイズ色に変色すると、水面に手を当てて集中をする。


「コーディング! でもって……フロート!!」


 ぷるんぷるんになった池の水が、上空2メートルほど浮かび上がるのを確認すると、アタシは空っぽになった池の底に入ってくまなく散策をする。


「うーん、ここにもないかぁ」


 池の底から出ると、アタシはぷるんぷるんの水面に、指揮棒をプスリと突き刺した。


 プルルルルルルルルルルルルルルルルルルン!


 コーディングでぷるんぷるんになっていた水は、指揮棒でつっついた場所からまるで薄皮がめくれるようにプルプルと裂けていって、普通の水面にもどると、そのまま池の中へと流れ落ちていく。


 めっちゃ気持ちいい!!


 って、あまりの気持ちよさに最初は病みつきになっちゃいそうだったけど、もう30回以上繰り返しているから、さすがにあき始めている。


 集中力も切れかけているから、正直ヘロヘロだ。


 アタシは地面に大きな「✕」を書くと、グループチャットを確認する。


 うーん、まだ見つかっていないみたいだ。


 ダンジョンには、通常2つの魔法陣がある。

 下層に降りるための魔法陣と、地上に戻るための魔法陣。


 地上に出るための魔法陣は探し始めて30分ほどで見つかったんだけれど、肝心の下層に降りるための魔法陣が、かれこれ5時間以上さがしているのにみつからない。

 

 通常は色違いのボスモンスター? を倒すと出現するらしい(たすくさんに聞いた)けれど、つい最近できたこの13層にはまだモンスターが現れていなかった。


 こうなったら、ダンジョンを隅々まで探索をして魔法陣を探すしかない。

 モンスターがいないから楽だと思っていたのに、どっこい『いないほうが大変』だったわけだ。モンスターなら、色違いを探して倒せばいいだけだもん。

(もっとも、伝説の探索者のおじさんやカンコさんがパーティーにいるから、なんだけれども)


 ピコン!

 あ、グループチャットに着信が届いたみたい。


 アタシはすぐさまスマホを確認する。


『ミライさん:おつかれさまですー。晩御飯の準備ができましたー。

 熱々の豚汁とビーフシチューとクラムチャウダーとトムヤンクンとブイヤベースとボルシチと佛跳牆ファッチューチョンをつくりましたー。ウエルカムドリンク代わりのタマゴ酒もありますよー』


 グループチャットには、次々と料理の写真がアップされていく。

 さすがはミライさん、相変わらずものすごい品数だ。まあ、けっきょくほどんどの料理はミライさんのお腹の中におさまっちゃいそうだけど。


 ピコン! ピコン! ピコン!


『鈴木さん:ヤッタ、ミライのクラムチャウダー。俺、大好物ッス!』

『田中さん:タマゴ酒があるのはうれしいな』

『おじさん:佛跳牆ファッチューチョンそういうのもあるのか』


 タイムラインにミライさんの料理がアップされるたび、口々に感想があがる。(おじさん、よく佛跳牆ファッチューチョンなんて入力できたな……)


『おじさん:もう6時過ぎだし、今日は一旦切り上げるか?』

『鈴木さん:ッスね!』

『田中さん:地上への魔法陣はみつかりましたし、夕食のあと一旦引き返して、明日再探索するのもアリですね』

『鈴木さん:田中さんはすぐ家に帰りたがるッスねw』

『ミライさん:田中さんが帰宅したいのはしょーがないよー。田中さん家のお子さん3歳ですよねー? 可愛いさかりですもんねー。田戸蔵たどくらさんの所もお子さん生まれたばっかりだしー。今日はお開きにしますかー?』

 

 ミライさんの料理がタイムラインにアップされてからというもの、すでにお開きモードだ。かくいうアタシも、さっきからずっとおなかのムシが鳴り続けている。


 ピコン!


『カンコさん:おいコラ! なに勝手にお開きモードになってるんだい? 最下層への魔法陣、見つけたよ!! 場所も送るよん』


 そう言うと、カンコさんから水中写真と座標データがアップされた。

 本当だ。水面の中に紫色に輝く魔法陣が映っている。


『鈴木さん:お、これで本当に今日は上りで良さそうッスね!』

『田中さん:だな。地上への魔法陣からも1キロちょっとだし、これで明日、万全な状態でダンジョンの主と対戦できそうですね』

『おじさん:異議なし』

『ロカ:アタシもそっちがいいな。今日はパパが珍しく早く帰るみたいだし。あ、ミライさん、ボルシチをお持ち帰りしてもいい? パパの代好物なの!!』

『ミライ:モチロンー♪』

『カンコさん:オイコラぁ! なんであたしゃへのネギライの言葉がないんだい?』


 カンコさんの怒りのコメントに、みんなは無難なスタンプを送り返した。


 その日は、お腹いっぱい世界のスープ料理を堪能して、ダンジョンの主の封印は明日へと順延となった。

 

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