第125話 幕間劇 黒ずくめの男の正体。

 男は真っ暗な執務室のなか、ひとり、エクゼクティブデスクに座ってノートPCで動画を見ていた。

 

 髪を七三に分けてメガネを掛けた細身の男は、タートルネックの薄手のセーターに、ジャケットをはおり、ボトムスはチノパンというカジュアルなスタイルだ。が、一目見れば、どれもが質の高い品とわかる。


 男の名前は、鶴峯つるみね辛一しんいち。探索庁長官だ。

 トレードマークとも言える笑顔は無く、鶴峯つるみねは、深刻な顔をしてモニターを眺めている。


 モニターには、ウインドウがふたつ。


 ひとつは、満点の星空を写している映像で、もうひとつは、なにやら複雑なデータが表示されている。


 鶴峯つるみねは、ふう……とため息をつくと、メニューバーの「その他」から「機能停止」をクリックした。


『本当に、機能を停止しますか?』


 モニタにポップアップされた最終確認ダイアログには、「停止」と「キャンセル」のボタンがある。鶴峯つるみねは、ためらいもなく「停止」のボタンをクリックした。


 すると、満天の星空を移していた映像は激しく乱れ、やがて灰色の砂嵐を映す。


 鶴峯つるみねはエクゼクティブデスクにがっくりと両肘をつき手のひらで顔をおおい、独り言をつぶやいた。


「辛いな。自らの手で生物の命を奪うという行為は、何度やっても本当に辛いものだ。安らかに眠ってくれ、犯林おかばやし


 そう、カーバンクルランドを襲った黒づくめの男。その正体は、鶴峯つるみねの第一秘書の犯林おかばやしだった。


 ・

 ・

 ・


 どれくらい経っただろうか。


 ポーン。

 

 ノートPCにポップアップが表示される。第一秘書の犯林おかばやしからだ。


 鶴峯つるみねは、トレードマークの笑顔に戻ると、ポップアップをクリックする。ノートPCの画面には、犯林おかばやしの無表情の顔が映っている。区内某所のターミナル駅だ。


庚申こうしん塚の設営、完了しました」


 犯林おかばやしは画角を変える。映されたホームの鉄柱には、小さな、本当に小さな文字で庚申こうしんと刻まれている。


「ご苦労、犯林おかばやし。あとは田戸蔵たどくらたちが幻獣を弱らせるまで、近くで待機をしておいてくれ」

「了解です」


 鶴峯つるみねは、犯林おかばやしが、自分の指示に短く答えるたのを確認して、ウインドウをとじる。すると、


 ポーン。 ポーン。


 立て続けにウインドウがポップアップする。宛名はどちらも第一秘書の犯林おかばやしとある。


 鶴峯つるみねは、素早くダイアログをタップすると、どちらの画面も、犯林おかばやしの無表情の顔が写っていた。

 だが、その後ろの景色が異なっている。どちらも駅のホームだが、ひとつは若者に人気のターミナル駅。もうひとつは、サブカルの聖地と呼ばれる街のホームだ。


「「庚申こうしん塚の設営、完了しました」」


 ふたりの犯林おかばやしは、全く同じタイミングで喋ると、全く同じタイミングでホームの鉄柱を映す。 映されたホームの鉄柱には、小さな、本当に小さな文字で庚申こうしんと刻まれてあった。


「ご苦労、犯林おかばやし。あとは田戸蔵たどくらたちが幻獣を弱らせるまで、近くで待機をしておいてくれ」

「「了解です」」


 ふたりの犯林おかばやしの短い返信を確認すると、鶴峯つるみねはふたりの犯林おかばやしが映っているふたつのウインドウを閉じた。


 カーバンクルランドを襲った黒づくめの男の正体は、犯林おかばやし鶴峯つるみねの第一秘書のひとりだ。

 そして、ホームの鉄柱に、小さく庚申こうしんの2文字を刻んだ3人も、すべて犯林おかばやし。カーバンクルランドで命を絶った犯林おかばやしとまったく同じ遺伝子を持つ、クローン人間だった。

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