第123話 決着。

「ありゃりゃ?」


 黒ずくめの男を追いかけていた、カノエさんの右足が音もなく宙を舞った。

 バランスを崩したカノエさんは、そのまま転がり込む。

 そして、カノエさんと離れ離れになった右足は「ドサリ」と芝の上に着地した。


「カノエーーー!!」

「うきゃ!?」

「キャンキャン!」

「ワンワン!」

「zzz……ブホ!?」

「なんや? 何が起こったんや?!」


 みんなが口々に眼の前の惨劇に声をあげるなか、俺は努めて、努めて、冷静に、地上140センチほどの場所に平行に張られたワイヤーを指し示す。カノエさんの血で赤く染まっていなければ、どこにあるかわからないくらい細い細いワイヤーだ。 


「トラップだよ。極細のワイヤーが仕掛けられてある。黒ずくめの男は、あらかじめワイヤーを仕込んでおいた。そして、俺たちを殺すかのように見せかけて、カノエさんを誘導したんだ」

「ご明答。もっとも、演技ではなく、本当に殺すつもりでいますがね」


 壁に刺したワイヤーを巻き終えた黒ずくめの男が、窓に足をかける。


数人かずとさん! みんな、下がって!!」

 ダン! ダン!


 スーツの上着から拳銃を抜いたヒサメさんが、黒ずくめの男にすばやく弾丸を放つ。が、黒ずくめの男は、右手に握った武器から2本のワイヤーを繰り出して、発射直後の弾丸を難なく弾き飛ばした。


「無駄です。この距離ならあなたの能力は怖くない。拳銃から発砲した青いシェールストーンを発動させるには、タイムラグが生じますからね」

「くっ!」


 こいつ、ヒサメさんの能力を完全に把握している。一体何者だ??


「あなたたち探索者の攻撃など、ちっとも怖くありません。もし、霜月しもつきカノエが繰り出したのが、電撃ではなく風の刃であったのなら、私はとっくに息をひきとっていることでしょう」

「? どういう意味やろ??」


 コヨミちゃんの無邪気な質問に、俺は、苦々しく返答する。


「カノエさんは、人殺しなんてできないってことだよ」

「そう! 霜月しもつきカノエは、所詮はモンスター、かりそめの命に対してしか本気は出せない。全力で殺しにかかってくる人間に対峙してもなお、愚かにも気絶させて無傷で捕らえることを優先する」

「あたりまえでしょ! カノエが人殺しだなんて!!」


 ヒサメさんが怒りのこもった声で叫ぶ。

 そりゃそうだ。日本は法治国家なんだ。

 まともなモラルがある人間なら、そんなことできるわけがない。


「殺意のこもってない攻撃など、怖くありませんよ」

「言ったな! だったらこの殺意の波動を受けるのだ!!」


 そう言うと、腰を起こしたカノエさんが、白いシェールストーンを黒ずくめの男に思いっきりなげつけた。

 白いシェールストーンからは、大量の鋭利なトゲが生えている。


「フッ。くだらない……」


 黒尽くめの男は失笑をすると、宿舎の壁を蹴って、ゆうゆうとトゲトゲシェールストーンを回避する。


 ガイン! ガィィン!! ザクッ


 トゲトゲシェールストーンは、窓のフチに左・右と、ぶつかってから、そのまま宿舎の床にむなしくつきささる。

 カノエさんの起死回生の攻撃は不発におわったかたちだ。


「はぁ、霜月しもつきカノエ。あなたには本当にガッカリです。せっかくの殺意がこもった攻撃を、声に出して相手に知らしてしまうだなんて。あなたの大切な人と、その恋人を殺してから、なぶり殺してさしあげます」


 黒ずくめの男は、憐れんだ目でカノエさんを一瞥すると、窓のサッシをつかんで宿舎に入ろうとする。そのときだった。


 ブツリ

 

 鈍い音とともに、黒ずくめの男の右腕が切り裂かれた。


「なん……だと……!?」


 窓枠に張られた細い細いワイヤーに、男の鮮血がしたたる。


「にゃはは、マネしちった!」


 カノエさんが、右手にワイヤーをつかんでいる。

 なるほど、白のシェールストーンから、鋭利なワイヤーを作り出したって訳か。


 ……ってか、一度見ただけの技を完全再現するだなんて、カノエさん、恐ろしい娘!!


「くそ!!」


 黒ずくめの男は大慌てで、右腕、正確にはその手の中にあるであろう武器を回収にかかる。


「させない!」

 ダン! ダン!


 ササメさんは素早く銃をかまえると、黒ずくめの男の右手を氷漬けにして、そのまま弾き飛ばした。


「くそが! この色気ゼロの貧乳女が!!」


 余裕がないのだろう。さっきまで丁寧言葉を話していた男が、一変してヒサメさんを口汚く罵る。


 プチン! 俺の中で何かがはじけた。


「ナナちゃん、ハッちゃん、キューちゃん! このクソ野郎をやっちまえ!!」

「ガルルルル!」

「ガルルルル!」

「ガルルルル!」


 ナナちゃん、ハッちゃん、キューちゃんは、俺の命令で窓を飛び出すと、トドメと言わんばかりに黒ずくめの男に猛烈なタックルをぶちかました。


「ぐはっ!」

 

 体長50センチを超える、大型犬の手加減なしの攻撃をモロに受けた黒ずくめの男は、体制をくずして頭から芝生に落下すると、そのまま気を失った。

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