第120話 幕間劇 ある男の末路。

 男は執務室のソファに座り、ノートPCで動画を見ていた。

 三つ揃えのスーツで、頭を整髪料でテカテカに撫で上げている男は、無表情で瞬きもせずじっと動画をみている。

 そして、ソファの後ろから、男の様子をニコニコしながら眺めているメガネの男がいた。


 ふたりが居るのは、探索庁の局長執務室。

 三つ揃えのスーツの男は犯林おかばやし、探索庁局長の秘書をしている男だ。

 ソファの後ろに立っているメガネの男は、鶴峰つるみね辛一しんいち。探索庁の局長だ。


 探索庁の局長と、その秘書が見ているノートPCには、見渡す限りの湿地帯が映っている。 

 裏鬼門うらきもんのダンジョンの幻獣封印作戦に同行している、大盾使いの青年のハイテクサングラスをハッキングした映像だ。


 突然、奇怪な生物が画面に映り込む。粘土の人形をめちゃくちゃにくっつけたような、いびつな姿のバケモノだ。バケモノは手足を無茶苦茶に動かしながら、だんだんと近づいてくる。


「ドウン!」


 いびつな姿のバケモノは、中年の男性が左腕から放ったレーザービームで瞬く間に瞬殺される。

 つづけざまに、赤いオーバーオールを着た少女が、投げナイフでバケモノの焼き後から逃げ出す小さな物体を刺し殺した。


「うーん。やはり、高屍間たかしまくん程度の人間では、うまの幻獣に取り込まれてしまったか」

「他責主義で実力の伴わない不相応な野心がある逸材だと思っていたのですが、なかなか上手くいきませんね」

「まあ、くよくよしないで、次の被験者を試すとしよう。約束の時間から15分すぎた。さすがに、そろそろ来る頃だろう」


 ぶるるるる……


 ポケットに入れた犯林おかばやしの携帯がふるえる。

 犯林おかばやしは流れるように携帯を取り出すと、


「はい。はい。承知しました」


 と、短く応対をして電話を切った。


「局長、たったいま、逆村さかむら様が受付に来られたようです。エレベーターホールまでむかえに上がります」

「噂をすれば……だな」

 

 ・

 ・

 ・


「うはw 相変わらずスゲー景色w」


 ほどなくしてチャラついたスーツを着た逆村さかむらが、ニヤつきながら入ってきた。


「これは、これは逆村さかむらさん。ようこそお越しくださいました」

「ふはw どうも局長ww」

戌亥いぬいの幻獣をたった数ヶ月で成体に成長させるだなんて! 私の目に狂いはなかった。あなたは超一流の幻獣飼育者ですよ」

「ふはw オレ様にかかればよゆーよゆーww」

「本当に素晴らしい。カーバンクルランドにいるケルベロスなんて、未だに体長50センチほどにしか成長していないというのに!!」


 防衛庁の最高責任者からの賛辞がよほどうれしかったのだろう。逆村さかむらは、鼻歌を歌いながら、鶴峰つるみね辛一しんいちの座る向かいのソファに、どっかと足を放りだして座る。


「で、今回お呼びした件なのですが、逆村さかむらさんの幻獣飼育能力を見込んで、預かってもらいたい幻獣がいるんです。お願いできますか?」

「うはw 全然オッケーw オレ様大忙しww」

「ご承諾戴けますか!! では、犯林おかばやしくん、早速礼のものを持ってきてくれないかい?」

「かしこまりました」


 犯林おかばやしは、高さ30センチほどの透明な容器を、ローテーブルにゴトンと置いた。容器の中には液体が満ち満ちていて、タツノオトシゴのような顔に、人間の足が一本だけついている奇っ怪な生物が、容器の中で激しくうごめいている。


「うはw きめえww」

八卦はっけの幻獣のひとつ、支配の象徴、三尸さんしです。逆村さかむらさん、今度はこれを飼いならしてもらいませんか? 餌はモチロン人肉です」

「ウケるw こんなチンケな虫で、どうやって人を襲えっていうんだよ」

「なあに、簡単です。三尸さんしは人体に寄生する。犯林おかばやし、こいつを抑えろ」


 鶴峰つるみね辛一しんいちが命令するやいなや、いつのまにか逆村さかむらの後ろにたっていた犯林おかばやしが、むりやり逆村さかむらを立たせると、胸につけたダンジョン書士のバッチを外し、中央の黄色い部分を「カチリ」と押す。


 ビュウウウン!!


 犯林おかばやしのバッジから、大量のワイヤーが唸りを上げて飛び出すと、たちどころに逆村さかむらをグルグルの簀巻すまきにしばりあげた。


「うはw なんだこれww」


 鶴峯つるみね辛一しんいちは、ピンセットで三尸さんしをつまみあげると、逆村さかむらの鼻先へと近づける。


「うはw まさか、そのキモいヤツをオレ様に……?」

「はい。あなたのようなサイコパスなら、素敵な共生関係を構築できると信じでいます」

「う、うはw じょ、冗談じゃないww ヤメロw やめてくれww」

「では、逆村さかむらさん、この子をよろしくお願いします」

「いやだw いやだww いやだwww いーやーだーwww」


 鶴峯つるみね辛一しんいちが、にこやかな笑顔でピンセットでつまんだ三尸さんし逆村さかむらの耳に当てると、三尸さんしはニュルリと耳の中に入り込んだ。


「うはw キモチワルww うはww うははww うははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……ww」


 逆村さかむらは、しばらくのたうち回ると、やがて白目をむいて気を失った。


「局長、この男、どこに連れていきましょう?」

「阿蘇山の火口にでも放り投げておいてくれ。案外、化けるかもしれないからな」

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