第114話 美少女、第12層を歩く。

 第12層は湿地帯だった。小さな池が大量にあって、そこにハスの花が咲いている。綺麗な景色だけど、歩くのはやっかいそうだ。


 たすくさんは、全員が第12層に着いたことを確認すると、銀色のスプレーをカシャカシャと振って、全身くまなくふきかける。


「モンスターに、マナを探知されにくくするスプレー。モンスターは、大気のマナを感じ取って襲ってくるから。これを使えば、視力が悪いモンスターをかなりの確率でやり過ごすことが出来る。

 特にサイクロプス型はド近眼。見つかる心配は皆無」


 え!? サイクロプス型って視力悪いの?? あんなにデッカイ目をしてるのに……。

 アタシは衝撃を覚えつつ、無味無臭のスプレーを全身にかける。こんなんで本当に見つからなくなるのかな?


「全員スプレーをかけおわったな。じゃあいくぞ! たすくくん、案内を頼む」

「わかった」


 おじさんの号令で、たすくさんが先頭を歩き、そのすぐ横をおじさんもいっしょについていく。


「そんじゃ、あたしゃたちも行くとしますか!」


 カンコさんに背中をポンと叩かれて、アタシは、おじさんとたすくさんの後をついていく。


 見渡す限りの湿地帯。アタシは、この光景を一度だけ見たことがある。そう、うしとらのダンジョンの13階層とまったくおんなじ光景だ。


 おじさんとたすくさんは、クネクネと色んなところを迂回しながら進んでいく。歩きやすい場所を選んでいるってのもあるんだろうけど、それ以上に敵に出くわさないコースを選んで歩いている見たい。


 おじさんがちょくちょくたすくさんに質問をして、たすくさんが指を指した方向に歩いているのがその証拠。おじさんから全幅の信頼を得ているって感じ。


 おじさんとたすくさんの話し声が聞こえてくる。


「やっぱり、最下層手前は湿地帯か。うしとらのダンジョンにそっくりだな」

「主はケルベロスの子供。母親が作ったダンジョンに似ているのは当然」


 なるほど、ダンジョンの主となる幻獣によって、ダンジョンの構造が決まってくるのか……やっぱりアタシはまだまだ知らないことが多すぎる。

 たすくさん、かなり凄腕の地図職人みたいだけれど、結構キャリアが長いのかな?

 フードをまぶかに被っているから、まったく年齢がわかんないけれど。


 湿地帯は延々と続いている。くねくねと曲がりくねりながら、自分がどこをあるいているかサッパリわからない。はぐれてしまったら大変だ。


 アタシは、ぬかるみに足をとられないように、できるだけ下を見ながら歩いていると、後ろからミライさんたち一行の声が聞こえてくる。


「ミライ、少し持とうか?」

「いくらなんでも荷物持ちすぎッス!」

「ううんー、だいじょうぶー。ダンジョンに何泊かする必要があるかもだしー」

「いやしかし……いくらなんでもこの量は多すぎだろう」

「でもー全部で7人分だよー! 足りなくならないか心配だよー」

「いや……俺はそんな大荷物で、目的地までミライの体力がもつか心配をしているんだが……」


 そっか、ミライさん、ああ見えてめっちゃ食べるもんね。

 きっとリュックいっぱいに食料をつめているに違いない。

 アタシは後ろを振り向いた。


「えええぇー!?」


 ビックリした。ミライさんが、身の丈の倍以上ある大量のダンボールを背負って、ニコニコしながらテクテクと歩いているんだもの。

 ダンボールには「練馬大根」とか「下仁田ネギ」とか「岡山シャインマスカット」とか、ありとあらゆる野菜やフルーツ名とその産地が印刷されてある。


 ってことは、これ、全部食料??


「なあミライ、頼むから少し荷物を分けてくれ。目的地についたときに、君がへばったらシャレにならない」

「ならないっス!」

「大丈夫だよー。ワタシは最後にちょっとだけ参加するだけだしー。田中さんと鈴木さんは、ダンジョンの主と直接戦わなきゃだしー。体力温存ー温存ー」


 ミライさんは田中さんと鈴木さんの提案をニコニコしながら断ると、テクテクと歩いている。本当に全然平気そう。


「なるほど、なるほど。この娘っ子は、もともと基礎体力があったんだねぇ」


 アタシの横を歩いているカンコさんが、しきりにうなづいている。


「ミライっていったっけ? あの娘っ子、なんでもダンジョン探索をするまえは、トレッキング界の有名人だったそうじゃないか。

 いくらシェールストーンがだれでも扱える便利アイテムだからって、出力や精度を高めるには結局、操る人間の体力や熟練度が影響するからねぇ」


 そっか……このメンバーの中では、ミライさんが一番素人だと思っていたけれど、絶景キャンプ飯配信を10年近くやっていた体力基盤があってこその、あの大火力なんだ。


 アタシ、このメンバーの中じゃぶっちぎりの素人だ。

 ダンジョン探索の世界には、すごい人がいっぱいいる。ちまたでは本格ダンジョン探索者なーんて言われ始めているけれども、調子に乗っちゃダメ。アタシなんてまだまだだ。

 

 ・

 ・

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 どれくらい歩いただろう。おじさんとたすくさんは、いきなり足をとめると、アタシたちの前にふりむいた。


「着いた。最下層への魔法陣」


 たすくさんが、ぶっきら棒に指を指す。

 でも、そこには魔法陣なんかない。蓮の花が咲き乱れる小さな池が、きれいな水をたたえているだけだった。

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