第109話 おじさん、元弟子に残酷な現実をつきつけられる。

 丙田ひのえだの目線の先には、ご機嫌に短い尻尾をピコピコと振っている、頭が3つある幻獣ケロベロスがいた。


「ナナちゃん、ハッちゃん、キューちゃん! いくよ!!」

「キャンキャン」

「ワンワン」

「バウバウ」


 ロカが天高くほおり投げた3つの完熟マンゴーを、ケルベロスは大きくジャンプしてかじりつく。


 体高50センチほどの大型犬だが、その身体はとても筋肉質でムッチリとしている。白毛のからだは、ところどころに黒い斑点があり、3つの頭は鼻ぺちゃで、コウモリのような大きな耳がピンと立っている。

 その姿は、まるでパイド柄のフレンチブルドッグのようだ。


 ケルベロスの3つの頭は、模様がバラバラだ。

 ナナちゃんと呼ばれたケルベロスの頭は片目が黒毛、ハッちゃんと呼ばれたケルベロスは真っ白、そしてキューちゃんとよばれたケロベロスは両目が黒毛になっている。


 おそらく、性格もそれぞれ違うのだろう。


「ナナちゃん、ハッちゃん、キューちゃん! エライエライ!!」

「さすが、カーバンクルランドのスターよね」

「ブフブフ♪」

「ブヒブヒ♪」

「ブホブホ♪」


 大量のフルーツをもらったケルベロスは満足そうに身体を仰向けにして、ロカとヒサメにわしゃわしゃとお腹を撫でられている。その仕草は、完全にフレンチブルドッグのそれだ。とても凶暴な幻獣とは思えない。


 俺は、ケルベロスの様子をじっと見つめている丙田ひのえだに質問をする。


「なあ、裏鬼門うらきもんのダンジョンの主になったケロベロスも、カーバンクルランドで飼育できないのか?」

「あたしゃだってモチロンそうしたいさ。だけんど不可能だね。裏鬼門うらきもんのダンジョンにいるケルベロスは、十中八九、肉を食べている。それも人肉を」


 丙田ひのえだは腕組みをすると、右手の中指をトン、トトン、トトトンと不規則なリズムで左の二の腕を叩きながら話をつづける。


「幻獣の凶暴性が、成体になるまでの食料で決定するのは、お師匠もしってるよね?

 肉を食べた幻獣は性格が凶暴になる。でなもんだから、ここにいる幻獣たちには一切肉類を与えていない。成体になるまで絶対にね。

 カーバンクルなら1年、ケルベロスなら10年、あたしゃが面倒見ているサルの幻獣。緋々色狒々ヒヒイロヒヒは15年。食料に野菜とフルーツ類だけを与え続けることで、ようやっと人と共生できる幻獣になれるってわけ」


 丙田ひのえだは、右手の中指をトン、ト、トン、トトトトトン、ンンとさらに不愉快そうなリズムで叩きながら話をつづける。


「お師匠なら聞いてるでしょ? この1年間でのうしとらのダンジョンでの行方不明者数を。あの面の皮が厚いヘラヘラ野郎! 鶴峯つるみねから!!」

「ああ」


 俺は首肯する。


「この3ヶ月、うしとらのダンジョンでの行方不明者は9名。そして、先行して討伐に向かった高屍間たかしま隊の10名だ」


 丙田ひのえだは、俺の返答に天をあおぐ。


「仮にケルベロスの犠牲者が半分だとしても、10名近くが食べられてしまっている。こうなったらもう、人間との共存は絶望的ね」

「やっぱりそうか。一級幻獣飼育士免許をもつ、おまえとかぞえくんに相談をすれば、なにか方法があるかと思ったんだがな」


 落胆をする俺をみて、丙田ひのえだは「はあ……」とため息をつくと、肩をすくめてかぶりをふる。


「お師匠、言っときますが、もともと幻獣は人類の脅威だった危険生物ですよ。『人間と幻獣の共存』って言えば聞こえはいいですけど、ぶっちゃけカーバンクルランドがやっていることは野生動物の家畜化。しょせんはあたしゃのエゴでやってる施設なんですよ」


 なんとも皮肉にあふれた言動だが、でも、だからといって、ダンジョンに封印して人間が私服を肥やす為だけに幻獣を利用するのよりは遥かにマシだ。

 少なくとも、ごきげんにお腹をなでられているケルベロスのナナちゃん、ハッちゃん、キューちゃんは幸せそうに見える。


 双子のケルベロスとして生を受けたにも関わらず、かたや人間のパートナー、かたや危険生物として扱われる。運命とは皮肉なことだ。

 だが、同情していてもはじまらない。早いとこ裏鬼門うらきもんのダンジョンの主となったケルベロスを封印しないと。


「で、お師匠、作戦を教えてくれない? あたしゃは何をすればいい??」


 考えていることは同じなのだろう。チビッコになった丙田ひのえだは、腰に手を当てて、なだらかな胸を張る。


「ああ、そうだな。今回の探索は6人編成、メンバーは……」


 とにかく、俺は与えられた任務を全うしよう。俺は丙田ひのえだに、対ケルベロス戦の作戦説明を始めた。

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