第110話 おじさん、カーバンクルランドで働く。

「……以上が、裏鬼門うらきもんのダンジョンの主、封印作戦の全容だ」

「なるほど、なるほど? 要はあたしゃたちがケルベロスを弱らしたところに、鶴峯つるみね庚申こうしん塚で封印すると。いちばんオイシイところを鶴峯つるみねに持ってかれる形になるけど、ま、しゃーないねぇ」


 鶴峯つるみねの力を借りることに、丙田ひのえだは明らかにゴキゲンななめだ。

 俺は、鶴峯つるみねから受けていた説明を補足する。


「本来なら、シェールストーン製の檻に入れて、最低限の自由を与えるべきかもしれないが、鶴峯つるみねいわく、人を喰ったケルベロスは、もはや母親と同等近い能力を有していると考えてしかるべきらしい」

「ふーん。しかし鶴峯つるみねのやつ、いつの間に庚申こうしん塚の封印なんて覚えたんだろうねぇ。あの術は明治3年の天社神道禁止令てんしゃしんとうはいしれいよる陰陽師の撤廃とともに『失われた秘術』じゃないですか」

「さあな……だが、あいつは昔から熱心に陰陽師の『失われた秘術』を研究していたからな。どっかで古文書でも見つけたんだろう」

「ま、鶴峯つるみねのことはどーでもいいさ。それより、お師匠の作戦なんだけど……」


 鶴峯つるみねの話題が続くのがシャクなのだろう。丙田ひのえだは、話題をやや強引に変える。


「この作戦における肝心要のキーマンが、やけに実戦経験が浅いけれど、こんなメンバーで大丈夫かい?」

「大丈夫だ。問題ない。どちらも、キモが座っているからな。若い頃の丙田ひのえだにそっくりだ」

「ん。了解。お師匠がそういうのなら、あたしゃも信じるしか無いねぇ」


 自分が褒められたことが、まんざらでもないのだろう。丙田ひのえだは表情をゆるめて首肯する。その時だ、


 ピッ! ピッ! ピッ! ピッ!

 うきゃ! うきゃ! うきゃ! うきゃ!


 背中のほうから、ホイッスルを鳴らす音と、何かの鳴き声が聞こえる。

 俺は音の方へと振り向いた。


 ピッ! ピッ! ピッ! ピッ!

 うきゃ! うきゃ! うきゃ! うきゃ!


 栗色の髪を左右でお団子にして、白地にカラフルな水玉模様のシニョンネットを被せている少女。

 そして少女の背中には、フワフワでモコモコの毛をしたサルがしがみついている。カーバンクルランドで飼育されている、八卦の幻獣の一匹、想像の象徴、緋々色狒々ヒヒイロヒヒだ。


 ピッ! ピッ! ピッ! ピッ!

 うきゃ! うきゃ! うきゃ! うきゃ!


 少女のリズミカルなホイッスルにあわせて、「こっちゃこい」と緋々色狒々ヒヒイロヒヒが手招きをしている。

 少女と緋々色狒々ヒヒイロヒヒの後ろには、緑・赤・黄・白・青と、色とりどりのクマのヌイグルミがゾロゾロとついてきていた。


 ピッ! ピッ! ピッ! ピッ! ピーーーーーーピッ!!

 うきゃ! うきゃ! うきゃ! うきゃひー!!


 少女がホイッスルを鳴らすのをやめると、色とりどりのクマたちはピタリと止まって動かなくなる。少女は口からホイッスルを外すと、おっとりとしつつも、ちょっと怒りの入った関西弁のトーンでさけぶ。


「カンコさんに、かぞえさん!! もう開園まで10分切ってますよ!! はよう持ち場についてください!!」「ん。もうそんな時間なのかい? そんじゃ、あたしゃはそろそろ入場口に行こうかねぇ。スケロク、おいで!!」

「ごめんごめん、コヨミちゃん。すぐにダンジョンコーナーに行くから! クマメン、ついてくるんだ!」


 急かされた丙田ひのえだは、緋々色狒々ヒヒイロヒヒを頭に乗っけて、のんびりと入園口へと向かい、かぞえくんは、色とりどりのクマのヌイグルミがと一緒に大慌てでダンジョンコーナーの入り口に走っていく。


 カーバンクルランドの常駐従業員は、丙田ひのえだかぞえくん、そしてコヨミという名の少女のたったの3人きり。3人の仕事をアシストしているのがシェールストーンで動くAIアシストロボットのクマメンだ。


 コヨミと呼ばれた少女は、持ち場へとちっていく、丙田ひのえだかぞえくんを満足そうに見送ると、今度は俺たちに向かって話しかけてくる。


「そこの3人も、ボーッとしとらんで、はようユニフォームに着替えてください! 今日は休日やし、お客さんもぎょーさんくる! ネコの手もかりたいくらいなんや!」


 え? 俺たちも働かないとダメなのか!?

 俺がとまどっていると、


「わー! 面白そう!! カーバンクルランドのユニフォーム、めっちゃカワイイから着てみたかったんだよねぇ」


 ロカはノリノリだ。


「こっちよ、ロカチャン。ユニフォームは宿舎にあるから!」


 カーバンクルランドにちょくちょく足を運んでいるヒサメも、当然とばかりにロカと一緒に宿舎へと向かっていく。


「おじさんも、早く早く!!」


 俺は、ロカにうながされて、渋渋、赤のオーバーオールを着込んで麦わら帽子をかぶると、ロカやヒサメの見様見真似で、慣れない接客作業をはじめた。

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