第100話 おじさんの奥さん、お偉方に詰められる。

 探索庁につくと、犯林おかばやしさんが、いつもの直角90度のあいさつで出迎えてくれる。


「すでに皆様お集まりです。会議室にご案内します」


 俺は双子用抱っこ紐で、イチノとフタホを抱っこして、三郎さぶろうを抱っこしたササメとともに、いつもより早歩きの犯林おかばやしさんについていく。


 犯林おかばやしさんは、エレベーターのボタンを押すと、エレベーターはすぐに開く。俺とササメがエレベーターに入ると、犯林おかばやしさんは一切のムダもなく、流れるように64階のボタンを押す。


 全面ガラス張りのエレベーターが静かに上昇していくなか、


「あの、緊急ニュースってまだ流れていないようなんですけど」

「現在協議中です。特別警戒ダンジョンに指定されるのは実に10年ぶり。ダンジョンのリスクを完全にコントロールしているという我が国の主張を、一時的であれ覆すのですから。相応の段階を踏む必要があります」

「と、言うと?」

「現在、シェールストーンエネルギー推進大臣の故泉こいずみ大臣に緊急会見ををしていただくべく、最終調整の段階です」

「なるほど……」


 事態は思ったよりも深刻のようだ。そんな大事な会議に、俺とササメが参加してどうにかなるのか? しかも随分と遅れての重役出勤ときたもんだ。


「こちらです」


 俺とササメは、『令和X年 裏鬼門うらきもんのダンジョン対策委員会』と、毛筆で書かれた張り紙が貼られた大会議室の扉をくぐる。すると、


「おお、田戸蔵たどくらにササメくん」


 鶴峯つるみねが両手を広げて出迎えてくる。素早く俺たちの後ろにまわった鶴峯つるみねは、俺とササメをあれよあれよと、会議室の一番奥に座っているシェールストーンエネルギー推進大臣の故泉こいずみ大臣の、右どなりへと座らせる。


 席に座ると、開口一番、俺よりも10~20歳ほど年上の恰幅かっぷくの良いおじさんが、ササメに向かってどなりつけてきた。


「この女か! うしとらのダンジョンで生まれたをむざむざと手放したバカ女は!!」


 な!? 突然の出来事に俺とササメは何も言えずに驚いていると、今度は、同じく10~20歳くらい年上の、ガリガリに痩せこけた白髪まじりのメガネのおじさんが、泡を飛ばしながらまくしたてる。


「ケルベロスが子供を産んだあと、なぜすぐに親元から離さなかった! これは我が国のシェールストーンエネルギー産業の重大なる損失だぞ」


「ほぎゃ?」

「ふぎゃ?」

「ぷぎゃ?」


 俺たちが入ってくるなり突然の怒号をとばされた、イチノとフタホと三郎さぶろうがパリクリと目を覚ます。そして、


「ぽぎゃーーーー!!」

「ふぎゃーーーー!!」

「おぎゃーーーー!!」


 3人はせきを切ったように泣き始めた。


「うるさい!!」

「なんなんだ突然?」

「早く、この赤子どもを泣き止ませろ!!

「こんな大事な会議に赤子をつれてくるとは!!」

「まったくとんだ非常識女だ!!」


 おじさんたちは、ササメに向かって暴言を吐きまくる。

 産後間もないササメをこんな朝早くに呼び出しておいて、なんだその言いぐさは!!

 俺が反論しようとしたときだった。


「赤子は泣くのが仕事でしょう。つまり、赤子は仕事をしているということです」


 故泉こいずみ大臣が首を挟む。が……なにが言いたいんだろう、ちょっと何言ってるかわからない。


 故泉こいずみ大臣の謎発言に会議室の一同が首をひねるなか、鶴峯つるみねが話をひきとる。


「仕事をしている赤子に、自分の仕事を自覚すらしていないボンクラが避難するのはいただけませんね」

「な!?」

「つ、鶴峯つるみね長官! 暴言がすぎるぞ!!」


 おじさんふたりの口撃を意に介さず、鶴峯つるみねは語気を強める。


「いまは国益を語っている場合ではない!

 ましては未来をになう赤子とその育児という激務をつとめる夫妻を罵っている場合ではない!!

 いち早く災害級ダンジョンと化した裏鬼門うらきもんのダンジョンの主を鎮圧することだ!!!

 ……と言いたいのですよね、故泉こいずみ大臣」

「ズバリそうでしょう!!」

「ぽぎゃーーーー!!」

「ふぎゃーーーー!!」

「おぎゃーーーー!!」


 故泉こいずみ大臣の演説(ほとんど鶴峯つるみねの発言だけど)に、ぐうの音もなくなったおじさんたちを尻目に、イチノとフタホと三郎さぶろうがギャンギャンと泣きわめくなか、


田戸蔵たどくら、抱っこをかわるよ」

「は? あ、ああ」


 言われるがまま、俺は双子用の抱っこ紐を外して、鶴峯つるみねにつけ治す。


「ぽぎゃぎゃぎゃーーーーーーーー!!!!」

「ふぎゃぎゃぎゃーーーーーーーー!!!!」


 イケメンとは言え知らないおじさんに抱っこされたイチノとフタホが、さらに泣き声のボリュームをあげるなか、鶴峯つるみねが俺の肩を叩いて耳打ちをした。


「じゃ、故泉こいずみ大臣との会見、頼んだぞ」


 え? どういうこと??

 


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