第99話 おじさん、また探索庁に呼び出しをくらう。

 そこは全面むらさき色をした禍々しい景色だった。

 鋭角に尖った岩が地面からザクザクと突き出して、近くを流れる川や池は血のように真っ赤に染まっていて、ぶくぶくと怪しいあぶくをだしている。そしてその池から、噴き出したカスミが視界を悪くしている。


 ここは、ダンジョンの最下層だ。


「おぎゃーおぎゃー」

「ほぎゃーほぎゃー」

「ふぎゃーふぎゃー」


 遠くから、あかちゃんの泣く声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。


「イチノ!? フタホ!? 三郎さぶろう!?

 なぜ、こんな危険なところに!?」


 視界が悪いなか、子供たちの泣き声のもとへと急いでかけていく。すると、


「ブヒブヒ♪」

「ブフブフ♪」

「ブホブホ♪」

「よかった、無事だったか!!」


 3頭は小さな尻尾をピコピコとふりながら、俺に向かって走ってくる。

 全身黒毛に胸元と足首がクリーム色。ブリンドルという毛並みで体長は20センチほど。俺とササメの子供。ケルベロスの赤ちゃんだ。


 3頭は俺に抱きついて我先にと、俺の頬をペロペロとなめてくる。


「わかったわかった! ミルクの時間だな!!」


 俺はそばにあった焚き火を灯すと、哺乳瓶を3本用意する。


「まってろよ、もう少しでミルクができるから」


 くちゃくちゃ

 くちゃくちゃ 

 くちゃくちゃ


 ? なんだろう?? 何か食ってるような音がする。


「なっ!?」


 俺は振り返ると目を疑った。3頭が1メートルくらいに成長し、一心不乱に何かを食べている。人の死体。屍肉だ。


「ヒトノ!? フタホ!? 三郎さぶろう!? なに喰ってるんだ!!」


 俺はあわてて、子供たちを死体から引き剥がそうとする。


「ガルルルルルゥ!!」

「ガルルルルルゥ!!」

「ガルルルルルゥ!!」


 3頭は、うなり声をあげて俺に襲いかかってくる。


「うわぁあああ!!」


 ・

 ・

 ・


 夢か。それにしてもヒドイ夢だった。


 俺はあたりを見回す。

 カーテンからは光が差し込んでいる。朝6時くらいだろうか。

 隣にはササメの静かな寝息が聞こえる。立ち上がってベビーカーをみると、


「すぴぃーすぴぃー」

「すぷぅーすぷぅー」

「すぽぉーすぽぉー」


 イチノ、フタホ、そして三郎がすやすやと眠っている。

 とうぜん、ケルベロスではなく普通の人間のあかちゃんだ。

 俺は、ササメの言葉を思いだす。


『ワタシね、この子たち、うしとらのダンジョンに封印されていた、ケルベロスの生まれ変わりなのかなって気がするの』


 まったく、ササメのせいでトンデモない夢をみてしまった。


 プルルル……プルルル……プルルル……


 寝室に置いてあるスマホが震えている。

 だれだ? こんな時間に。俺はしぶりつつもスマホの画面を見る。


 鶴峰つるみね? 


「もしもし?」


 俺は悪い予感を感じつつ、スマホにでた。


田戸蔵たどくらか。悪いな、こんな朝早くに」

「別に構わないさ。何か問題があったんだな?」

「ああ。ダンジョンの主を討伐するため、1週間前に裏鬼門うらきもんのダンジョン探索にいった高屍間たかしま隊が壊滅したと連絡があった」

「なんだって!?」


 うしとらのダンジョンの南西にできたダンジョンは、先週、裏鬼門うらきもんのダンジョンと名付けられた。


「今から探索庁から緊急ニュースを流す手筈だ。裏鬼門うらきもんのダンジョンは、特別警戒地域に指定される。半径1キロメートルが立ち入り禁止になる。

 これから対策本部で緊急会議だ。専門家として、お前とササメくんにも参加してほしいんだが、構わないか?」


 俺は、少し考えて鶴峰つるみねの質問に質問で返す。


「子供を連れて行っても構わないか?」

「ああ、もちろん構わないよ」

「わかった。タクシーを使ってもいいか?」

「当然だ。急ぎの案件だからな。とにかくすぐに向かってくれ」

「了解したよ」


 俺はスマホを切ると、ササメの肩をそっと揺すって起こす。


「んー。なに〜?」


 ササメは目をこすりながら目をさます。


裏鬼門うらきもんの討伐隊が、制圧に失敗した。

 特別警戒地域に指定されたらしい」

「え?」

「専門家として、ササメ、お前も呼び出されている。イチノたちを連れて探索庁にいそぐぞ!」

「え? ええっ??」


 俺は、ようやく使い慣れてきたタクシーアプリでタイクシーを呼ぶと、ササメと3人の赤子を連れて、探索庁のある永田町へと向かった。

 

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