第97話 おじさん、子供が生まれる。

「うーん。これは参ったな……」


 俺は家に帰って、鶴峯つるみねから受け取った探索者候補を詳細に確認すると、思わず愚痴をもらしてしまう。


「どうしたの?」


 ササメは、リビング兼ダイニングのコタツテーブルに書類を広げて慣れないデスクワークをしている俺の背中に声をかけると、マグカップをふたつもって座椅子に腰掛ける。

 マグカップのなかには、ドドメ色をした謎の液体が入っている。なんでも妊婦に良い薬膳茶らしく、最近のササメのお気に入りだ。

 俺は、薬膳茶にシュガースティックを3本入れると、ティースプーンで念入りにかき混ぜながらササメに返答をする。


「ケルベロス討伐の選抜チームなんだがな、全員、能力に不安があるんだ」

「そうなの? みんなネイビーライセンス持ちなんでしょう? だったら最低限の戦闘能力は有しているんじゃない?」

「まあ……最低限の能力は持っているよ。でも、本当に最低限なんだ。まるで能力の低い探索者ばかりを、意図して寄りすぐった感じというか」

「? おかしいわね。この書類選考は、鶴峯つるみねさんがしたんでしょう?」

「いや、それは聞いていない。あいつは忙しいからな。部下に任したとは思うんだが」


 俺は、ティースプーンで慎重に砂糖を溶かしてから薬膳茶をすする。うーん、これでもまだまだ苦すぎる。次からは砂糖を4つ入れることにしよう。


 顔をしかめる俺を横目に、猫舌のササメが「ふーふー」と念入りに薬膳茶を冷ましてから、慎重にひとすすりする。


「あちゃちゃちゃ! ひぃ……」


 ササメは目を白黒しながら舌を出して、大急ぎで手であおぐ。

 俺は、ササメの仕草を愛おしく眺めながら、話をつづける。


「とにかく、だ。この書類からでは、誰を選んでも変わらない。どんぐりの背比べだ」

「うーん……だったら考え方を変えてみたらどうかしら? 今回編成をするのは小隊でしょう? だったら連携を重視して、チーム単位で何組か選抜するとか」

「なるほど、で、あれば、ここの探索チームをそのまま選出するのがベターかな?」


 ササメの提案に、俺は書類の束から、数枚の紙を抜き取る。


「ここの探索チームは、高屍間たかしまさんというリーダーが指揮する小隊編成なんだ」

「へえ、いいじゃない」

「でも、ひとつ心配があるんだよな」

「この、高屍間たかしまさんって人、俺より数個年下で、実績もそれなりに積んでいるんだが、俺との模擬戦はかたくなに受けてくれなかったんだよな。『俺の能力の真骨頂は指揮能力。あんたみたいな野良の探索者じゃあ、俺の能力ははかりきれない』だってさ」


 俺の言葉に、ササメはいたずらっぽく微笑みながら大きくうなずく。


「たしかに! 小次郎さんが戦術指揮なんて想像できないわ!!」

「うっ! これでも探者チームの戦闘班長として、チームを仕切っていたんだぞ! しかも、丙田ひのえだとか、鶴峯つるみねとかの問題児連中を!」

「そうなの? ワタシは、あのふたりに引っ掻き回されているようにしかみえなかったけどぉ」

「おまえなあ! ん? どうした!? ササメ!!」


 俺がササメにツッコミを入れようとしたときだった。

 突然、ササメが腰をさすりながらうずくまる。


 ひょっとして!!


小次郎こじろうさん、ワタシ陣痛がきたみたい」

「なんだってーーーー!? 大丈夫かササメ!!」


 予定日よりも1ヶ月近く早い! 

 だ、だだ、だいじょうぶなのか!?!?!?!?!?

 俺は大慌ててテーブルを叩いて立ち上がろうとする。すると、


 ガチャン!!

「しまった!!」


 コタツテーブルの上に置いていた飲みかけのドドメ色の薬膳茶を盛大にこぼしてしまう。

 鶴峯つるみねから預かった書類もびしょ濡れだ。


「ど、ど、ど、ど、ど、ど……どうすれば!!」

小次郎こじろうさん……とりあえず……テーブルをふいて。それからこの前インストールしてあげたタクシーアプリでタクシーを呼んで。いつ産気づいてもいいように……荷物はキャリーバッグにまとめているから……」


 完全にテンパっている俺に、産気づいたササメがテキパキと指示を出す。

 俺はオロオロしつつも、言われるがままにタクシーを呼んで荷物を抱えると、そのままタクシーに同乗する。


 ・

 ・

 ・


 28時間後、ササメは無事、三つ子を出産した。

 ずいぶんと難産だったが、幸いなことに母子ともに健康だ。


「よくがんばったな、ササメ」

「ありがとう。小次郎こじろうさんも少し休んだら? もう2日近く寝ていないじゃない」

「そうだな。お前もゆっくり休め」

「うん」


 俺は、ササメに言われるがまま、朦朧とした意識のまま家に帰り、ドロのように眠る。


 そして翌朝、コタツテーブルに散乱した、ドドメ色に染まったケルベロス探索者候補の紙を見て、鶴峯つるみねからの依頼を思い出す。


 しまった……完全に忘れていた。


(どうしよう。鶴峯つるみねはメールで……と言っていたが、正直言って、なにをどうすればいいのかサッパリわからん)


 俺は仕方なく、高屍間たかしまさんの探索者チームを推薦する手紙をしたためて封筒に宛先を書くと、コンビニで切手を買ってポストに投函し、ササメと三つ子がいる病院へと急いだ。


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