第96話 おじさん、探索庁のトップに呼び出される。

 ポーン


 64階に到着したエレベーターが開くのを待っていると、直角90℃でお辞儀をしている濃紺のスーツ姿の青年がいた。


田戸蔵たどくら様、お待ちしておりました。

 局長室にご案内いたします」


 ピシッと三つ揃えのスーツを身にまとい、髪の毛に整髪料をてかてかになでつけて、襟にはダンジョン書士のバッジをつけている。


 探索庁長官、鶴峯つるみね辛一しんいちの秘書、犯林おかばやしくんだ。

 犯林おかばやしくんはまるでロボットのように姿勢良く一定の歩幅で歩みをすすめて『局長室』と書かれたドアをノックする。


田戸蔵たどくら小次郎こじろう様をお連れ致しました」

「ありがとう。お入りいただきたまえ」

「失礼いたします」


 犯林おかばやしくんが開けたドアの先には、さわやかな笑顔をたたえた鶴峯つるみねがまちかまえていた。


田戸蔵たどくら、休日のなか良く来てくれたね」

「探索庁のトップ直々の電話となれば、断るわけにはいかないだろう」

「本当はメールで伝えたかったんだが、君の機械音痴は天然記念物ものだからね」

「悪かったな天然記念物で。これでも今はスマホを使いこなせるようになったんだぞ」

「それはそれは。ササメくんに感謝しないとな」


 鶴峯つるみねは俺の抗議をニコニコしながらうけながすと、高級そうな革張りのソファへとうながす。

 俺はソファに座るなり開口一番先手を打った。


「探索チームには加わらないぞ、ササメが出産間近なんだ。この1ヶ月はできるだけそばにいてやりたい」

「わかったわかった。その件は充分に理解しているよ。その証拠に今月からは模擬戦を依頼してはいないだろう?

 今回、君を呼び出したのは、探索チームの選抜をしてもらいたいからだ」

「選抜、というと?」


 いぶかしがり首をひねる俺に、向かって鶴峯つるみねは話をつづける。


「君にこれまで出張を依頼して戦ってもらったのは、全員ネイビーライセンス所持者。模擬戦をしてもらい、君に実力を測ってもらっていたんだよ」

「なるほど?」


 鶴峯つるみねが右手をかざすと、犯林おかばやしくんが流れるように鶴峯つるみねに書類の束を手渡す。


「これが、君が模擬戦を行った探索者一覧だ。この中からメンバーを選抜し、小隊を組んでケルベロス制圧の任務にあたってもらう」

「なるほど、やはりダンジョンの主は、うしとらのダンジョンに封印されていたケルベロスの子供なんだな?」

「ああ。子供とはいえ、相手はケルベロスだ。充分な戦力で対峙しないと、封印は不可能だろう」

「なるほど……」


 俺は、鶴峯つるみねが差し出した資料をめくりながら、気がついたことを聞いてみる。


「これで全員か? 何人か欠員がいるようだが……未蕾みつぼみさんところの、田中くんや鈴木くんとか」

「ああ。すでにスケジュールが埋まっている人物は選抜メンバーから外したよ。なにしろこのご時世だ。無理やり任務を押し付けたらハラスメントとか言われかねない」

「電話一本で俺のことを呼びつけた人間が、よく言うよ」

「はっはっは、昭和世代には生きづらい世の中になったもんだよな」


 俺は、資料をひととおり眺めると、鶴峯つるみねに質問をする。


「いつまでに判断すればいい? 悪いが書類を持ち帰って検討したいんだが」

「できれば今週中。わざわざもう一度来てもらうのもなんだから、ササメくんに資料を送っておくよ。選抜メンバーの選考が終わったら、ササメくんに伝えてくれ。ササメくんからメールを受け取るよ」

「よくわからないがわかった。ササメに伝えればいいんだな」

「ああ」

「わかった。もうひとつ質問なんだが、本当にこのメンバーからしか選べないのか?」

「なにか問題があるのかい?」

「い、いや、大丈夫だ。週末までだな? それまでには連絡する」

「はっはっは、よろしく頼むよ。俺はずいぶんと昔に現役をしりぞいたからな。もう戦闘についてはさっぱりだ。田戸蔵たどくら、お前にすべて一任したい」

「…………わかった。とりあえず、今日はもう失礼するよ。お昼はササメと一緒に半熟タマゴをたべるんでな」


 この2週間後、俺は自分の軽率な判断を激しく後悔をすることになる。

 ケルベロス探索メンバーが、全滅したと報告を受けたからだ。

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