第95話 おじさん、朝ごはんをつくる。

 朝5時、ダンジョン探索者の朝は早い。

 今は10月始め。まだまだ真夏日が続く異常気象の毎日だ。


 今日は久々の休日なんだけれども、この数ヶ月のあいだ、毎日、毎日、ダンジョンへの弾丸日帰り通勤を繰り返したものだから、すっかり朝型になってしまっていた。


 よし、そろそろいいだろう。


 俺は、冷蔵庫から、タッパーに漬け込んでいたトーストを取り出すと、バターを溶かしたプライパンの中にそっと置く。


 プレンチトーストだ。


 久々の休日だ。今日くらいは、毎日弁当をつくってくれるササメに何か作ってあげたい。

 ササメはもう臨月だ。ありがたいことに母子共に健康だ。

 いまだに自分が父親になるという実感がわかないが。三つ子をやどしたササメのお腹は、はちきれんばかりに大きくなっていた。


「おはよう小次郎さん」

「なんだササメ、もう起きたのか?」

「えへへ、キッチンから美味しそうな匂いがするから目が覚めちゃった。ワタシも手伝うね」

「ダメだダメだ! 今日くらいはゆっくりしろ」

「ええー?」

「ええーじゃない。お前は朝メシができるまでテレビでも見てろ」

「はぁーい……」


 ぽっぺたをぷっくりとさせるササメの背中を押して、キッチンから追い出した。


 俺は、フレンチトーストを焼き上げると、コーヒー、それからベーコンエッグと半熟タマゴを一緒にリビング兼ダイニングの六畳間のこたつ兼テーブルにセットする。


「わぁ、朝からすっごく豪華! このフレンチトースト美味しそう!!」

「こないだ未蕾みつぼみさんにレシピを教わったんだ」

「でも、フレンチトーストに目玉焼きに半熟タマゴって、いくらなんでもタマゴがかぶりすぎじゃない?」

「そうなのか?」

「それに今、タマゴってすっごく高くなってるんだよ?」

「そうだったのか!? すまない……」

「とりあえず、半熟タマゴはお昼ご飯にまわしましょ。うふふ、ワタシと子供たちのために、ありがとう小次郎こじろうさん❤︎」

「あ、ああ……」


 面と向かって誉められてしまうとなんだか照れてしまう……。


「「いただきまーす」」


 ササメはフォークとナイフを手に取ると、フレンチトーストをひとくち大にきって口に持っていき、目を閉じてゆっくりと咀嚼する。


「おいしい♪」

「そうだろう、そうだろう。不器用な俺でも簡単に作れたからな。さすが人気フードコーディネーターの未蕾みつぼみさんだ」

「このベーコンエッグも美味しい! フレンチトーストと合わせて食べると、あまじょっぱくて最高だね」


 俺とササメはテレビを観ながら、絶品フレンチトーストに舌鼓をうっていると、なごやかにバラエティー番組の進行をしていたMCが、急に深刻な顔になって、渋く低い声のトーンでニュースと読み上げはじめた。


『ここで、ニュースが入ってまいりました。

 都内に新しいダンジョンが出没したそうです。場所は……え? うしとらのダンジョンから南西300メートル??

 またずいぶんと近くに発生しましたね。

 えー、テレビをご覧のみなさん! 解ってらっしゃいますと思いますけど、未制圧のダンジョンには、絶対立ち入らないでください!!

 繰り返します! 都内に新しいダンジョンが……』


 やな予感がする……俺とササメは顔を見合わせる。


うしとらのダンジョンのすぐそばだって言ってたな? ひょっとして……」

「ええ。ケルベロスの子供が、ダンジョンの主になったんだと思う」


 やっぱりか。ケルベロスが主となると、うかうかしているとうしとらのダンジョンクラスの広大なダンジョンになりかねない。早く対策をしないと。


 プルルルル……プルルルル……


 スマホを入れた胸ポケットがふるえる。

 俺はスマホを取り出すと、宛名を確認して電話に出た。


「もしもし、どうした鶴峰つるみね

『今、ニュース速報が流れたと思うが観たか?』

「ああ。うしとらのダンジョンのすぐ側に、新しいダンジョンが出来たなと言っていたな」

『電話をかけたのはその件だ。政府から、すぐに探索チームを編成するよう要望があった。いまからこちらに来てくれないか?』


 やれやれ、久々の休日だと思っていたのだが。

 俺はスマホのスピーカーをふさぐとヒサメを見る。ヒサメは、声をひそめて話しかけてきた。


「(ひそひそ)鶴峰つるみねさんからね」

「(ひそひそ)ああ。これから会いたいだってさ」

「(ひそひそ)そう……」


 俺はふたたびスマホを耳にあて鶴峰つるみねと会話をする。


「わかった。今から探索庁に向かうよ。だが、ダンジョン探索チームに参加するのは勘弁してくれ。ササメの出産がひかえてるのでね」

『そうか……だったら話だけでも聞いてくれ。探索メンバー選抜のアドバイスをしてほしい』

「わかった。1時間ほどで着くと思う」


 俺は電話をきると、心配そうな顔をしたササメに話す。


「悪いがちょっと出かけるよ。鶴峰つるみねにアドバイスを求められた」

「小次郎さんは、探索チームに加わるの?」

「いや、やめておくよ。今から探索となると、お前の出産に間に合わなくなる」

「……そう」


 ササメは、一瞬、嬉しいとも悲しいともとれない表情をするが、すぐに笑顔にもどる。


「どうするかは、あなたに任せるわ。行ってらっしゃい」

「ああ」


 俺はササメとお出かけのキスをすると、家を出て駅へとむかった。




 

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