第91話 おじさん、弟子の弟子に無理難題を押し付けられる。

「それじゃあー、よろしくおねがいしまーす」


 まるで岩石のような巨大なキャラメルミルフィーユをたいらげた未蕾みつぼみミライが、クリームをほっぺたにくっつけて可愛らしくおじぎをする。

(本当に、何歳なんだろう……)

 

 しかし困った。未蕾みつぼみミライの戦闘能力は、ロカとのコラボ配信のときにこの目で観たが、正直いってしまうと、とても深層階で通用するような能力じゃあない。

 武器は短弓と、矢じりがシェールストーン製の矢だ。

 矢じりを白のシェールストーンで強化しての攻撃は、そこそこの破壊力を持つが……問題は命中力。お世辞にも、弓矢を使いこなしているとは言い難い。


 ここは無難に、近接武器に持ち替えたほうがいいのだが、田中くんからNGを出されてしまった。


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田戸蔵たどくらさん、非常に言いにくいんですが、ミライは遠距離武器以外の使用は事務所NGなんです」

「事務所NG? なんだそりゃ??」

「彼女、本職はフードコーディネーターなんですが、ダンジョン探索を含む、一切の芸能活動は、超大手芸能プロダクションのバーターズ・プロダクションが管轄をしているんです」

「バーターズだって? 俺でも聞いたことがある。なんでも紅白とレコード大賞の枠がからなず6枠もらえているっていう……」

「はい。そのバーターズからのお達しで『ミライに傷ひとつ付けてはならない』っていう規約になってるんです」

「じゃあ、仮に手を骨折でもして仕事ができなくなったら……」

「俺と鈴木のギャラから、天引きをされる契約です」

「マジか!!」


 なるほど、どうりで田中くんが浮遊する大盾を駆るアグレッシブな戦闘スタイルを封印して、未蕾みつぼみミライのガードに徹しているわけだ。


「だから、お願いですから、ミライの武器は遠距離武器オンリーでお願いします。ミライが前線に出ようものなら、俺、心労で倒れちまいますよ!!」

「だが未蕾みつぼみさんの資質を見る限り、どう考えても近接向き……」

「た! の! み! ま! す! よ!!」


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 そんな訳で、田中くんに押し切られてしまった俺は、未蕾みつぼみミライの新しい戦い方(ただし遠距離に限る)を考える羽目になったわけだ。

 しょうがない。やれることは少ないかもしれないが、まずは、改めて戦闘能力と適正をチェックすることにしよう。


未蕾みつぼみさん! 準備いいですかー?」

「はーいー♪」


 俺は、まるでキャラメルミルフィーユみたいな赤茶けた崖に、直径1メートルほどの円を書き、その中心に「✕印」をつける。簡易的な弓矢の的だ。

 この的を、30メートル離れている未蕾みつぼみミライに射抜いてもらうという寸法だ。


「じゃーあ、行きますよー!!」


 未蕾みつぼみミライは、田中くんや鈴木くんも使っていた吸入器をシャカシャカ振って、シェールストーン製の矢じりにていねいに吹きかけると、弓に矢をつがえる。


「えーーい!!」

 ザシュ!!


 矢は、的の左上に深々と突き刺さる。刺さった矢が、半分以上埋まっている。

 なるほど、かなりの威力だ。

 未蕾みつぼみミライの中心星は『自我の星』。シェールストーンの威力を上げることに長けた能力で、十中八九、間違いないだろう。


 だが、明らかに弓矢向きではない。『自我の星』しかも、白のシェールストーン使いの真骨頂は、強靭な切れ味を誇る武器を、必中の距離で放つ一撃必殺だ。

 いくら威力が強くとも、弓矢でピンポイントで急所を貫くのは至難のわざだ。30メートル程度の距離なら、常に中心を射抜くくらいの腕前でないと、実践ではほとんど通用しない。


 低階層なら、鈴木くんがモンスターの足を砕いたり、未蕾みつぼみミライのいる場所にモンスターを誘導する今の戦い方でも通用するだろうが、5メートル級のモンスターが出没する第9層あたりになってくると、手詰まりになるはずだ。


 せめて白のシェールストーンじゃなく、赤や青、そして緑のシェールストーンを使いこなせれば、炎や氷結、かまいたち等の広範囲攻撃ができるのだけれども。


 俺は手をメガホンにして、30メートル先の未蕾みつぼみミライに質問する。


未蕾みつぼみさーん。試しに、白以外のシェールストーンを撃ってもらっていいですかー?」

「いいですけどー。白以外を使うのにはー、ちょっと問題があるんですー」


 問題? なんのことだ??


「ちょっと何言ってるかわかりませーん。試しに撃ってもらっていいですかー?」

「はーーい!!」


 そう言うと、未蕾みつぼみミライは、弓のジョイント機能を使って、矢じりの先端に赤いシェールストーンをセットする。矢を放てば、自動的にシェールストーンを砕く仕組みだ。


「じゃあ、いきますよー!! えーーい!!」


 そう言うと、未蕾みつぼみミライは弓を放つ。


「な!?」

 ゴオオオォォォォォォォォオオオオオオオ!!!!


 未蕾みつぼみミライから放たれた矢は、直径数メートルはあろうかという、巨大な火の玉になって、的から数メートル離れた俺に向かって猛スピードで迫ってくる。

 俺は、先の模擬戦で傷んだ左足の痛みに耐えながら、猛ダッシュで避難する。

 背中がチリチリと焼けているのがわかる。やばい! マジでヤバイ!!


 ドッゴォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!


 的から大きく逸れた火の玉は、崖に直撃をする。

 危なかった! 間一髪とはまさにこのことだ。

 火の玉が直撃をした岩肌は、数メートルにわたってゴッソリとえぐれて、まっ黒コゲになっている。なんちゅう破壊力だ……。


「あわわわわ! ごめんなさーい!! 大丈夫ですかー??」


 未蕾みつぼみミライが、のんびりと、けれども申し訳無さそうにペコペコと頭をさげている。


「な、なんとか大丈夫でーす!」

「よかったー。ワタシ、赤と青のシェールストーンを使うと、びっくりしちゃって目をつむっちゃうクセあるんですー」


 なるほど、これが白のシェールストーンしか使わない理由か。これを目をつむらないで放つことができたら、とんでもない戦力アップになるんだが……これ、どうすりゃいいんだ??



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