第89話 幕間劇。ふたりの閲覧者。

 男は執務室のソファに座り、ノートPCで動画を見ていた。

 三つ揃えのスーツで、頭を整髪料でテカテカに撫で上げている男は、無表情で瞬きもせずじっと動画をみている。

 そして、ソファの後ろから、男の様子をニコニコしながら眺めている男がいた。


 ふたりが居るのは、探索庁の局長執務室。

 三つ揃えのスーツの男は犯林おかばやし、探索庁局長の秘書をしている男だ。

 ソファの後ろに立っている男は、鶴峰つるみね辛一しんいち。探索庁の局長だ。


 探索庁の局長と、その秘書が見ているノートPCには、みっつの動画が表示されている。

 ひとつは、巨大なミルフィーユが映っている動画、もうひとつは、砂嵐の映像。

 最後のひとつは、小柄な女性と、男性3人が、仲良くミルフィーユを食べている動画だった。

 男性のうちひとりは、近未来的なサングラスをかけてアゴに大きなあざをつくり、もうひとりは、顔面のいたるところにすり傷をつくっている。そして最後のひとりは、画面から見切れて、もくもくとミルフィーユを食べていた。


「それじゃー、今日の配信はここまで。最後まで観てくれてありがとう♪ チャンネル登録よろしくねー!」


 小柄の女性が可愛らしく両手をふり、サングラスをかけたあざ顔と、顔面傷だらけの男も、女性に合わせて手を振る。画面から見切れた男は、もくもくとミルフィールを食べているまま、動画は終了し、ほどなく、もうひとつの動画も終了する。砂嵐の動画は、そのまま砂嵐を流し続けていた。


 ソファに座っている犯林おかばやしは、動画の終了を確認すると、ノートPCをパタンと閉じた。その背中に、鶴峰つるみね辛一しんいちが声をかける。


「どうだった、田戸蔵たどくらの戦いっぷりは?」

「さすがですね、ネイビーライセンスのふたりを相手取って、終始危なげない戦いぶり。ピンチらしいピンチは、閃光と氷のトラップのコンボくらいでしょうか」

「ああ。それも事前に察知して被害を最小限にとどめている」


 鶴峰つるみね辛一しんいちは、犯林おかばやしの回答に、大きくうなづくと、犯林おかばやしの向かいのソファに座り足を組む。


「なんというか、現実を思い知らされますね。探索者の熟練度は、シェールストーンを使いこなし方に現れるといいますが、結局のところは判断力とフィジカルがものを言う」

「まあ、否定はしないよ。田戸蔵たどくらの中心星は、身体の耐久力を向上させる『自己の星』。そして俊敏性と、シェールストーンの威力を増幅する『自我の星』も同等近く持ち合わせている。ダンジョン探索に必要な能力を全て持ち合わすギフテッドだよ。だが、彼の本当の才能は、他人の才能を見出す審美眼だと思っている」

「審美眼……ですか?」


 犯林おかばやしは、上司の言葉にわずかに首をかしげて質問する。


「そう、審美眼さ。しかも一見探索者にふさわしくないような、異端の能力者の才能を開花させる。

 たとえば、田戸蔵たどくらのパートナー、田戸蔵たどくらササメくんの妹、百発百中の拳銃をあやつる氷のガンマン壬生みぶヒサメくん。最近では、露花つゆはなロカくんの才能を見出している。

 きっと、彼にかかれば未蕾みつぼみミライくんの能力も開花をするはずさ。それに……」


 プルルルル……プルルルル……


 話をさえぎるように、電話の着信音が鳴った。鶴峰つるみね辛一しんいちは、ジャケットの胸の内ポケットからスマートにスマホを取り出して着信者の名を見る。僅かに顔をゆがめるが、すぐにいつものニコニコ顔に戻って、着信アイコンをタップした。


「ふはw 局長、今週の進捗を報告しますw」

「これはこれは、逆村さかむらさん。幻獣の飼育は順調ですか?」

「局長が定期的にエサを手配してくれるおかげで、順調に育っていますよw」

「そうですか、それはなりより。もう少しすれば、その幻獣は新たなダンジョンを生成するはずです。そうすれば、新鮮な食材を思う存分、食べさせることができるでしょう」

「ふはw めっちゃ楽しみww それじゃあ、また来週進捗を報告しますねww」


 ピッ


 鶴峰つるみね辛一しんいちは携帯を切ると「はぁ」とため息をつき、不機嫌を隠さずつぶやいた。


「まったく、彼はいい趣味をしているよ。探索者を襲って食べる幻獣を、喜んで飼育するなんてな」

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