第86話 おじさん、結構なピンチが訪れる。

 まずはひとり。

 

 俺は着地と同時に、槍をつかんだまま尻もちをつく、鈴木くんのトドメを刺しに向かった。


「くっ!」


 背中から田中くんの声が聞こえる。が、もう遅い、俺が鈴木くんに致命傷を与える時間は充分とある。


(パキッカシャカシャ)

 

 ん? なんだ、この音??

 後ろからかすかな物音が聞こえる。が、気にするのは後だ。まずは頭数を減らす。俺は一体多数のバトルのセオリーに従い、隙だらけの鈴木くんにトドメを刺すため、左腕の義手を振りかぶり、手刀を放とうとする。そのときだ、


 ピカッ!!!!!!!!!


 俺の横をかすめたシェールストーン吸入器から、突然まばゆいばかりの閃光が溢れ出す。


 くっ、まぶしくて何も見えない! 閃光弾……赤のシェールストーンか!! 


 俺は構わず手刀を振りかぶるが、攻撃はむなしく空をきる。

 なるほど、サングラスをかけた鈴木くんには無効ってわけか。


(サーセン! 田中さん、助かったッス!)

(のんきしてる場合か! こっちは奥の手使わせられたんだ。一気に畳み掛けるぞ!!)


「ハァ!!」

ガギィイイン!!


 鈴木くんは掛け声とともにショートソードを振り下ろす。

 閃光弾にやられて目が回復しない俺は、彼の声を頼りに、左手の義手でショートソードをガードするのが精一杯だ。


「ハイ! ソリャ!! ウリャア!!」

ガギィイイン!! ガギィイイン!! ガギィイイン!!


 ? 何故だ、鈴木くんはショートソードを振るうたびに掛け声を放つ。


 ゾクリ……。


 悪寒が走る。悪い予感がする。俺はイチかバチかでバク宙をする。


 ブォォン!!


 その刹那、身体のすぐ下を、鈴木くんの横薙ぎの槍が通り過ぎる。

 危なかった!!

 田中くんが掛け声とショートソードで義手を攻撃することで、鈴木くんの攻撃音をかき消したってわけか。

 目をやられて音を頼りに動こうとする相手を封じ込める作戦だ。もとより耳で攻撃を読んでいた俺には、かなりこたえる。


 しょうがない。目が回復するまでは、逃げの一手にでるべきた。着地したらすぐさま距離をとるべきだ。

 空中で一回転した俺は、両手で地面に着地して、そのまま逃げる準備をする。


 ゾクリ……。


 またもや悪寒が走る。いや、これは……!?

 俺は慌てて右手を引っ込めると、左手一本で着地をする。


 パキッ! パキパキパキパキパキ!!


 左手の義手がみるまに凍結していく。

 悪寒じゃない! のか!!


 俺は大慌てで氷漬けの義手を身体から切り離し、ふたりとの距離を取る。

 鈴木くんが吸入器に青いシェールストーンを仕込んで、氷結のトラップを仕込んだのだろう。

 なるほど、田中くんが叫び声と斬撃音で断続的に音を出し続けていたのは、このトラップに気づかれないようにするためか!


 っと! 感想戦は後だ!!

 目が視えなくて、おまけに獲物を取られては流石に勝ち目がない!

 今はとにかくふたりから距離を取らないと!!


 ザシュ!!

「チッ!!」


 バキィ!!

「ぐっ!!」

 

 俺はふたりの猛攻から、急所をかばいながらひたすらに逃げつづける。

 時間にしてわずか数秒。だがその数秒が絶望的に長く感じた。

 やれやれ、ようやく閃光にやられた眼が少しづつ回復してきたようだ。


(お? 目が回復したようッスね)

(まさか視力を奪われたまま俺たちの挟撃を避けるなんて……だが、田戸蔵たどくらさんの義手ぎしゅは剥ぎ取った。このまま攻め続けるぞ!)

(はいッス!!)


 さてと……どうしたものかな?


 ゾクリ……。


 みたび悪寒が走る、いや、これは武者震いだな。

 俺は、もう10年以上味わっていなかった、一切の手加減なしのひりつく戦いに、なんとも言えない心地よさを感じていた。

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