第82話 おじさん、乾(いぬい)のダンジョンに潜る。

 俺は、名古屋駅につくと、ダンジョンアトラクション目当てのお客さんと共にシャトルバスに乗り込む。


「いやーすみませんねぇ。なにせ満員なものでして」


 客の中で唯一の一人客だった俺は、運転手に小さな補助席をあてがわれてる。

 俺は、いわれるがまま補助席に座ると、バスはゆったりのったりとした動きで、岐阜方面へと走っていく。


 向かうのは、いぬいのダンジョン。

 最深部に、丙田ひのえだがパートナーにしている、緋々色狒々ヒヒイロヒヒが住まうダンジョンだ。


 もっとも、丙田ひのえだが従えているのは、10歳にも満たない小猿。

 いぬいのダンジョンで、ひとり泣いていた赤ちゃん猿を、丙田ひのえだが連れ帰って育てはじめたのだ。


 最下層には、今も緋々色狒々ヒヒイロヒヒの群れが、無数の大岩に押しつぶされる形で封印をされている。

 うしとらのダンジョンのケルベロス同様、江戸時代の幕府お抱えの陰陽師が、数人がかりで封印したと伝えられている。


「今日は絶対にカナヘビ型を倒してね!」

「ああ、お父さんにまかしておけ!!」

「うふふ、頑張ってねあなた」


 後ろのシートから、家族連れの声が聞こえてくる。


 いぬいのダンジョンは名古屋駅から車で30分。

 都心にほど近く、駅から10分と、抜群のアクセスを誇るうしとらのダンジョンと比べると、いささか不便な場所にある。


 その代わりダンジョンの周辺には、アスレチックやキャンプ場やグランピング施設など、アウトドアアクティビティが充実しており、家族連れやカップルが集う、人気スポットになっていた。


 今日も平日にも関わらず、カップルや家族連れでシャトルバスは一杯になっている。

 俺は、上下左右から放たれる幸せオーラが漂うなか、ひとりポツンと補助席に座ってちじこまっていた。


 ・

 ・

 ・


 助手席でちぢこまること30分後、バスはようやくいぬいのダンジョンに着いた。


 俺はまっすぐといぬいのダンジョンの入り口むかう。

 現在の時間は9時50分。

 ダンジョンの前には、自前のモンスター討伐用の武器を持った『モンスター狩り』目的の一般客の行列ができていた。


 一般客用のダンジョンがオープンするのは午前中10時。

 ダンジョン内のモンスターを狩るのは早い者勝ちだ。

 だから一般客は、モンスターが出現しやすいポイントをゲットするために、朝から行列をする。


 俺は、その一般客の行列をつっきって探索者用入り口へと向かっていく。すると、俺を見たお客さんがヒソヒソと話している声が聞こえてきた。


「なんだ? あのおじさん、探索者用の入り口にむかっていくぞ?」

「ひょっとして、ダンジョン探索者か?」

「まさか! あのオッサン、手ぶらだぞ? あんなヤツが探索者なわけねーだろw」

「ダンジョン配信者の撮影スタッフじゃねw」

「だよなw」


 一般客のヒソヒソ話が聞こえてくる。まったく、耳が良すぎるってのも困ったものだ。とはいえ、これが俺の探索スタイルだ。気にしたってしょうがない。

 とっとと田中くんと鈴木くんとの模擬戦を済まして、ササメの待つ我が家へと帰ることにしよう。


 俺は、受付にライセンスを見せると、魔法陣に入り、待ち合わせ場所の第7層へと潜っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る