第80話 幕間劇 局長と第一秘書の日常

「あ、ここまでで結構です」


 三つ揃えのスーツで髪の毛を整髪料でテカテカにした男は、くたびれた服装の中年男性の言葉に軽く会釈をすると、カチャリとドアを締め、振り向きざまに質問をした。


「あの人が、最強の探索者、田戸蔵たどくら小次郎こじろうですか……」


 その声は、いささか拍子抜けといった感じだ。


「まあ、本当の実力者というものは、ああいった感じだよ」


 メガネを掛けた男が、にこやかな笑みをたずさえ返答をする。

 探索庁の局長、鶴峯つるみね辛一しんいちだ。

 鶴峯つるみねは話をつづける。


「一見、気弱そうな男だが、その強さは本物なのだろう」


 だが、髪の毛を整髪料でテカテカにした男……犯林おかばやしは、どこか不服そうだ。


「失礼ですが、あの田戸蔵たどくら小次郎こじろうが、丙田ひのえだカンコを説得できるとは到底思えません」


 犯林おかばやしの質問に、鶴峯つるみねは笑みを崩さず首肯する。


「だろうな。あの丙田ひのえだカンコを説得できる人間なんて、この世の中にはどこにも居ないさ。

 ただ、カンコくんは、田戸蔵たどくらのことを、ことのほか尊敬していてね。僕の口添えで説得の電話をかけた事実に、そうとうなダメージを受けるだろうね」


 そう言うと、鶴峯つるみねはニヤリと広角をあげた。


「とにかくだ。どのみちカーバンクルランドは、露花つゆはなロカくんの父親が経営するDEWファイナンスが買収する計画だ。

 僕たちはその結果報告を待っていればいい……ん?」


 ブルルルル……ブルルルル……。


 鶴峯つるみねのジャケットの内ポケットがふるえる。

 鶴峯つるみねは内ポケットからスマートフォンを取り出すと、DEWファイナンス汚山きたやまという名前を確認して電話に出る。


『もしもし? 局長ですか? カーバンクルランド買収計画なんですが?』

「ああ、汚山きたやまくんか。首尾はどうだい?」

『そ、それが、社長の露花つゆはなが、突然、カーバンクルランドが設立した子会社を支援すると言い始めてですね……その、誠に申し上げにくいのですが、買収計画がペンディングに……」


 鶴峯つるみねは、電話越しに湯水のようにあふれだしてくる汚山きたやまの弁明釈明に対して、表情を一切変えずに「うんうん」と、にこやかな笑みで返答する。が、その瞳はみるみるうちに光を失っていった。


『……と、いうわけで、今後弊社がカーバンクルランド支援の方針で動きそうになく……局長が、数々のサポートをしてくださったのに……誠に申し訳ありません』

「まあ、しょうがないよ。今までよく頑張ってくれましたね、汚山きたやまくん。君にはなにか褒美が必要だ。を予約しておくから、ゆっくり羽を伸ばしてくれたまえ」

『うひゃひゃ! はい、ありがとうございます!!』


 鶴峯つるみねと言う言葉に、汚山きたやまは品のない笑い声で反応する。


「ははは、汚山きたやまくん、君も好きだねぇ。まあ、今後はゆっくり休むといい。それじゃあね」


 ピ……ツーツーツ。


 鶴峯つるみねは電話を切ると、スマートフォンを内ポケットにしまい、犯林おかばやしに言付けをする。


「これからちょっとでかけるよ。ああ、今までがんばってくれた汚山きたやまくんを労いたい。例のヤツ、予約頼むよ」

「かしこまりました」


 犯林おかばやしは、局長室を去る鶴峯つるみねに、直角90℃のお辞儀をして見送った。


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 翌朝、都心のマンションで殺人事件があった。被害者は、刃物と思われる鋭利な凶器で首を両断されていた。

 被害者の名前は汚山きたやま

 新進気鋭の金融企業、DEWファイナンスに務めるエリートだった。


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