第79話 おじさん、弟子にめっちゃ詰められる。

 つもる話もあるが、なにせ相手は探索庁のトップだ。俺はそうそうに話を切り上げて、局長室の出口へと向かう。


「それじゃあ、田戸蔵たどくら、カンコくんのこと、よろしく頼んだよ」

「アテにはしないでくれよ? あ、ここまでで結構です」


 絶妙なタイミングでドアをあける秘書の犯林おかばやしさんが、エレベーターにまでついてきそうなのを断ると、一礼してドアをしめる。


 俺はガラス張りのエレベーターに乗ると、鶴峯つるみねの依頼を思い出す。


『カンコくんが運営するカーバンクルランドなんだがな、いち施設で『八卦の幻獣』のうち、4体をも独占していることが、少々問題になっているのさ。師匠たるお前から口利きをしてもらえるかい?』

 

 はあ、気が重い。あの様子だと、丙田ひのえだのやつ、鶴峯つるみねとバチバチにやり合っているみたいだな。


 『八卦の幻獣』は、ダンジョンのあるじたる幻獣のなかでも、特別扱いをされている幻獣だ。


 理由はそれぞれ。


 大半の幻獣は、危険すぎるため『八卦の幻獣』として認定されているが、なかには人類にとって有益な種のため、登録されている幻獣もいる。

 人に良くなつき、幻獣初の人工繁殖に成功した繁栄の象徴、カーバンクルもそのうちの1匹だ。


 たしか、丙田ひのえだが監理しているのは、カーバンクルの他、自身の体毛を硬質化させ、あらゆるものをクラフトする、創造の象徴、緋々色狒々ヒヒイロヒヒだけだったはずなのだが……。


 考えてもしかたがない。それになりより、厄介ごとはいち早く片付けておきたい。

 俺は、探索庁をでるなり、丙田ひのえだに電話をかける。


 トルルル……トルルル……トルルル……ガチャ


『しもしもー? えー、お師匠じゃない! ちょっと待って何年ぶり? あたしゃうれしいよ!!』

「俺が探索者を辞める前だから、10年ぶりかな?」

『マジッすか? あ! ご結婚おめでとうございます⤴!!』


 相変わらずの年代を感じさせるギャルっぷり……が、どこか違和感がある。

 声のキーが一段高くなった気がする。


丙田ひのえだ、電話のせいか? なんだかお前の声がえらく若返った気がするんだが……」

『それが、ちょっくら野暮用でたつみのダンジョンの最下層で8年ほどすごしましてね、気がついたら10歳くらいまで若返ったものでしてぇ』

「そ、そうか……」


 15年ダンジョンの最下層にいたササメが10歳以上若返ったんだ。マナを吸収しやすい特異体質の丙田ひのえだがそれ以上のペースで若返ったとしても何らおかしくない。


「ところで、話がかわるんだが、今日、鶴峯つるみねと合ってな?」

「はぁ? 鶴峯つるみね!? あのヘラヘラ薄ら笑い野郎がなにか??」


 鶴峯つるみねと聞いた途端、丙田ひのえだのおこちゃま声にドスが効く。

 やっぱりだ、昔からよく衝突していたが、この10年でさらに険悪になったらしい。


「そ、その、鶴峯つるみねが言うには、お前の運営するカーバンクルランドで、『八卦の幻獣』の内、4体を独占しているらしいじゃないか。政府から随分とせっつかれているみたいだぞ?」

「はあ!? 鶴峯つるみねのやつ、嘘ばっかり。どうせあたしゃを悪者にしているに決まっている!!」


 だめだ……取り付く島もない。予想どうり、いや予想以上の拒絶反応に、俺はそうそうに丙田ひのえだの説得をあきらめる。

 が、1点、どうしても気になることがある。俺は、話題をかえる。


「わかったわかった。鶴峯つるみねの話はおいといて、俺の質問に答えてくれないか? 俺の認識では、カーバンクルランドが飼育している幻獣は、カーバンクル数十匹と、緋々色狒々ヒヒイロヒヒ1匹だと思ったんだが、幻獣が増えたのか?」

『はい! ケルベロスが増えました』

「ケルベロス!? まさか……」

『そのまさかですよ! お師匠とササメさんが監視していたケルベロスの子供です』

「そうか!! 2匹とも無事だったのか! いきててよかった、よーかったー」

『いえ、あたしゃが……正確にはあたしゃの元で働いている職員が飼育しているのは、2匹のうちの1匹だけです。もう1匹は、未だに行方知れずでねぇ』

「そうなのか……無事でいてくれるといいが」

「はい……で、まあそーゆーワケですので、あたしゃが預かっているケルベロスは絶対に、鶴峯つるみねや政府に渡しませんし、もうも絶対に渡しません!! お師匠の頼みでも、絶対応じません! 絶対ですからね!!!!」


 ガチャン! ツーツーツー。


 一方的に切られてしまった……想像どうりだ。丙田ひのえだが、俺の言うことなんか聞くはずがない。

 まあ、説得はこころみた。鶴峯つるみねの約束を反故ほごにしたわけではないし、いいだろう。


 俺は、かるくため息をつくと、永田町の駅へと歩いていった。


 ん? そういえば、ケルベロスが2匹いないとなると、カーバンクルランドにいるのこり1匹の幻獣ってなんなんだ??

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