第70話 美少女、うたた寝をやらかす。

 ダンジョン探索者の朝は早い。つまりは夜も早い。

 ダンジョンの最深層にも朝と夜がある。夜になると辺りは真っ暗だから、基本寝るだけになってしまう。


 でも、アタシとおじさんとヒサメさんが訪れた日、つまりはケルベロスの赤ちゃんが生まれてからは、夜は交代で見張をしている。


 爆睡をしていたアタシは、ササメさんに肩をそっと揺らされて目を覚ます。見張の交代の時間だ。

 アタシは、テントから出ると、ランタンを持ってケルベロスの家族の元へといく。


「グルルルゥ」

「グルルルゥ」


 眠らない双頭のお母さんケルベロスは、穏やかにのどを鳴らして、アタシを歓迎してくれる。そしてそのかたわらには、


「ぷひぃぃぃぃぃぃ」

「ぷふぅぅぅぅぅぅ」

「ぷぴょぉぉぉぉぉ」


「ぶひぃぃぃぃぃぃ」

「ぶぷぅぅぅぅぅぅ」

「ぶぴょぉぉぉぉぉ」


 可愛らしい寝息を立てる、2匹、6頭のケルベロスの赤ちゃんがいる。

 アタシは、ケルベロスの赤ちゃんの寝姿を存分に楽しめるポイントに腰掛ける。 その愛らしい姿を見ていると、見張りの2時間はあっという間に過ぎてしまう。


「ぷひぃぃぃぃぃぃ」

「ぷふぅぅぅぅぅぅ」

「ぷぴょぉぉぉぉぉ」


「ぶひぃぃぃぃぃぃ」

「ぶぷぅぅぅぅぅぅ」

「ぶぴょぉぉぉぉぉ」


 アタシは、特等席で6頭のケルベロスの赤ちゃんのASMR効果抜群の可愛らしい寝息を堪能する。ああ、なんて心地が良いんだろう……。


 そういえばヒサメさんが、ケルベロスは2週間で親離れするって言ってたけど、この子たちはどうなんだろう。

 双頭のお母さんケルベロスの1匹は、頭に鉄柱を打ちつけられてあって、文字通り身動きが取れない状態だ。


 やっぱり、たった2週間でお母さんとお別れなんて寂しいよね。

 ここにはマナが創り出すモンスターもいないし、2匹共、ずっとこの最下層で暮らせばいいんじゃないかな。


「ぷひぃぃぃぃぃぃ」

「ぷふぅぅぅぅぅぅ」

「ぷぴょぉぉぉぉぉ」


「ぶひぃぃぃぃぃぃ」

「ぶぷぅぅぅぅぅぅ」

「ぶぴょぉぉぉぉぉ」


 アタシはぼんやりと考え事をしながら、6匹の赤ちゃんケルベロスの癒し効果抜群の寝息に、少しずつ、少しずつまぶたが重くなっていった。

 ・

 ・

 ・


 ・

 ・

 ・


 ビュゥウウ!!


 ・

 ・

 ・


 「キャ、な、なに??」


 アタシは、突然の突風で目を覚ます。

 しまった! うたた寝をしてしまった!!


「キャン!キャン!キャン!」

「ワン!ワンワン!」

「バウ!ワウ!ワウ!」


「くぅぅぅぅうん!」

「きゅーーーーーん!」

「わおおおおおおん!」


 なぜだろう? アタシの真後ろから2匹の赤ちゃんケルベロスの声が聞こえる。アタシは、声が聞こえる方向にふりむいた。すると、


「え? え? ええ!??」


 2匹の赤ちゃんケルベロスは、マナが起こした2本のつむじ風に巻き込まれて、宙を舞っている。つむじ風のてっぺんには魔法陣が浮かんでいた。


「おじさん! ササメさん! ヒサメさん! 大変、大変なの!! ケルベロスの赤ちゃんが!!!」


 アタシは大慌てで、おじさんと、ササメさん、ヒサメさんのテントに向かう。

 アタシが反射的に放った悲鳴のような大声で目が覚めたのだろう。

 3人は、すばやくテントから飛び起きて、事態を確認する。


 ケルベロスの赤ちゃんは、少しずつ、少しずつ、上昇していっている。


「ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめんなさい!!!

 アタシ、ついついうたた寝しちゃって……そうだ! アタシのアップドラフトなら、赤ちゃんを助けることができるかも!」


 アタシは大急ぎで、テントの中にある霜月しもつきカノエモデルのレイピアを取りに行こうとする。でも、慌てるアタシの腕を、ぎゅっと握りしめる人がいた。


 ササメさんだ。


 ササメさんは、ゆっくりと首を左右にふると、ある方向を指差す。

 そこには、とても穏やかそうな満足そうな顔をして、2匹の赤ちゃんケルベロスを見送るお母さんケルベロスがいた。


 え? どういうこと??


 ササメさんが静かに口を開く。


「あのマナの竜巻は、お母さんケルベロス自身が起こしたものよ。

 このダンジョンは、2匹の成犬ケルベロスが住まうには狭すぎる。

 あの2匹は、もう赤ちゃんじゃない。新たなダンジョンの主になるべく、2匹は低層階に転送されるはずよ」


「キャン!キャン!キャン!」

「ワン!ワンワン!」

「バウ!ワウ!ワウ!」


「くぅぅぅぅうん!」

「きゅーーーーーん!」

「わおおおおおおん!」


 2匹、6頭のケルベロスたちは、マナの竜巻で少しずつ少しずつ、魔法陣に吸い込まれるように上昇していくと、そのまま静かに消え去った。

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