第68話 美少女、幻獣の赤ちゃんにメロメロになる。
「うふふ、ありがと。あなたもずいぶんと大人の魅力が出てきたじゃない」
「おじさんになっただけだよ」
ササメさんとおじさんの、15年のブランクを全く感じさせない熱々カップル力を目の当たりにしたアタシは、ふたりのもとから距離をとる。
久しぶりのふたりの時間をじゃましちゃいけない。そう、思ったからだ。
アタシは、かまどを離れると、封印されたケルベロスの腰をマッサージしているヒサメさんのもとへ駆け寄った。
「マッサージ、アタシも一緒にやります」
「ありがとロカちゃん」
「グルルルルル……」
アタシはヒサメさんと向かい合わせになって、双頭のケルベロスの骨盤を強く強く押す。
アタシが左側で、ヒサメさんが右側だ。
「ヒサメさん、聞きたいことがあるんだけど?」
「……なあに?」
「このケルベロスって、なんで頭がふたつしかないんですか?」
「え? ああ、そっちの質問ね。いいわよ、私の知ってる限りの情報だけど」
やっぱりヒサメさんも、ササメさんとおじさんの事が気になるみたいだ。ちょくちょく視線をあげて、ふたりのことを見つめている。
ヒサメさんは視線を下げて、双頭のケルベロスの痩せこけた腰を押しながら話を始めた。
「一頭のケルベロスは、封印が解けた直後に死んだはずよ」
そう言いながら、ヒサメさんは後ろをふりかえる。目線の先には、石を積み上げた小さな石塚があった。ササメさんが埋葬をしたんだろう。
「どういうことです??」
「ケルベロスはね、雌雄同体の幻獣なの。基本は全員メスなんだけどね。自分の死期を悟った時、1匹が分離してオスに変体するの。
そして繁殖を試みて程なく死んでしまう。分離したケルベロスは、生殖器以外の臓器は持ち合わせていないから」
「そうなんだ……」
アタシはケルベロスの腰をマッサージをしながら返事をする。感想を言いたいけれど、ちょっと気持ちの整理が追いつかない。
「ケルベロスはね、2匹の子供を産んで、母乳で2週間ほど育てた後、束の間の休息を得ながらゆっくりと息を引き取るの」
「え? たったの2週間!?」
「あら、決して珍しいことではないわよ。北極の流氷の上で子育てをするタテゴトアザラシも、2週間くらいで親離れをするから」
「すごいね……」
アタシの家も、超がつくほどの放任主義だけど、お嬢様学校に通わせてもらったり、なんだかんだと親のすねをかじりまくっている。ぬるま湯な環境のアタシとは大違いだ。
「グルルルルゥ……」
ザッザッザッザッザッ
突然、ケルベロスが前足で穴を掘り出した。ヒサメさんとおじさんの攻撃を受けた前足は、ほぼ完治している。すごい生命力だ。
ケルベロスの不思議な行動を見たササメさんは、ハッとして大きな声をあげる。
「姉さん! ケルベロスがそろそろ出産するみたい! 急いで」
「わかったわ!」
ヒサメさんの声を聞くなり、ササメさんはかまどで沸かしたお湯を洗面器にくんで、大慌てでかけよってくる。おじさんはササメさんの後をついてくる格好だ。
「子供を産む前に子供をかくまう穴を掘る。うん。そこは普通のイヌ科と同じ習性なのね」
ササメさんは、ビニール製の薄手の手袋をはめると、ケルベロスの後ろにまわる。
「グルルルルゥ……グアアアアアァァァァァ」
ケルベロスが大きな声をあげると、白い半透明の膜につつまれた首が3つある赤ちゃんケルベロスが地面にぼとりと落ちた。
ササメさんは赤ちゃんをそっと拾い上げると、大急ぎで赤ちゃんをお母さんケルベロスの前に置きながら、アタシに説明をしてくれる。
「イヌ科の動物の赤ちゃんはね、羊膜に包まれたまま産まれてくるの。
赤ちゃんは自力じゃ羊膜から出られないから、お母さんが舐めて羊膜を破ってあげるのよ」
ケルベロスは、ペロペロと白い半透明の膜にに包まれた子犬を舐める。すると……
「ほぇええ」
「ぽぇええ」
「ぼぇええ」
羊膜が破れて、赤ちゃんケルベロスは元気な鳴き声をあげると、ヨチヨチとおぼつかない足取りで歩き始める。まだ目は閉じていて見えないままだ。
でも、本能でわかるのだろう。赤ちゃんケルベロスは、迷う事なく、まっすぐお母さんケルベロスのお腹に向かっていくと、「カプリ」とおっぱいに吸い付いた。
「「うわぁ! カワイイ!」」
アタシとヒサメさんは、あまりの可愛らしさに思わずハモってしまう。
ケルベロスの赤ちゃんは、ひとしきりおっぱいを吸うと、そのままコテンとよこになる。そして、
「あれ?? 頭が引っ込んでいく」
1匹を残して2匹の頭がシュルシュルと体の中に収納されていった。
「ケルベロスの赤ちゃんは、敵から身を守るために眠るときは交互に頭を引っ込めるの。成犬になるまでは、1日16時間以上は寝るから。
おっぱいやご飯を食べる時以外は、交代で眠るのよ」
「へえ! そうなんだ」
ササメさんの説明を聞きながら、アタシは目を輝かせて可愛くあくびをする赤ちゃんケルベロスをながめる。頭が1つしかないから、フレンチブルドックの子犬にそっくりだ。
めちゃくちゃカワイイ。
「さあ、もう1匹も頭が出てきたところよ。もうひとふん張り頑張って!!」
ササメさんが声をあげる。アタシは、ケルベロスの赤ちゃんを抱っこしたいのをぐっと我慢して、お母さんケルベロスの腰を力強く押し続けた。
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