第63話 美少女、最深層につづく魔法陣に入る。

 アタシとおじさんがチョコレートバーを食べ終えると、それを見計らってヒサメさんが立ち上がった。


「さてと、そろそろ最深層に向かいましょう」

「そうだな。たのんだぞヒサメ」


 チョコレートバーを食べ終えたおじさんが立ち上がると、アタシも立ちながらおじさんに質問した。


「最深層の魔法陣って、池のなかに隠してあるんだっけ?」

「ああ。そう簡単には見つからない方法でな」


 そう言うと、おじさんはヒサメさんを見る。

 ヒサメさんは、ジャージのトップスのファスナーを下げると、インナーに装着したホルスターから銃を抜いて、ためらうことなく池の中に2発の銃弾を打ち込んだ。


 銃弾がつくった水の波紋とシンクロするように、じんわりと青色と緑色にそまっていく。


「ヒサメさん、これって、もしかしてマナ?」

「ええ、この拳銃で砕いたシェールストーンが流れ出ているの」


 ヒサメさんは、水面をじっと眺めている。

 池の中の青と緑のマナは、少しずつ溶け合って、目が醒めるような鮮やかなターコイズ色へと変色していく。


「そろそろ、頃合いね」


 ヒサメさんは池の水面にそっと手を置くと、目を閉じて集中をする。そして、


「コーティング!」


 と、叫んだ途端、ターコイズ色の水面が発光する。


 そして………………あれ? なんにも変わってない??

 いや違う、よく見ると水面が揺らいでいない。


 アタシは、用心深く水面をさわってみた。


「わ、なにこれ??」


 なんといえばいいんだろう? 低反発マクラ? 人間をダメにするクッション??

 とにかく、水面が絶妙な柔らかさで、まるでゼリーみたいに固まっている。


 アタシは、そっと水面の上に立ってみる。足が5センチくらい沈むけど、それ以上は沈まない。そして全然濡れてない。

 アタシは水面に思い切りダイブした。


 ぽよよーん。


「あはは、ちょー気持ちいい!」


 水面はアタシを優しく受け止めると、人間をダメにするちからで跳ね返す。


「コラ、ロカ遊びに来たんじゃないぞ」

「そうよ。それにそのまま水面に立ってられたら、次の形状変化が使えないから」

「はぁい」


 アタシはおじさんとヒサメさんに注意されて、ちょっと名残惜しいけど、人間をダメにする水面から離れると、ヒサメさんは再び水面に手を当てて集中する。


「フロート!」

「え? え? えええ???」


 ヒサメさんが叫ぶと同時に、水の池は、少しずつ、少しずつ宙に浮かんで上空3メートルのところで静止した。

 すごい! 池のサイズからして軽く10トン近くはあるだろう水が、宙に浮かんでいる。

 そして池の底から紫色に発光する魔法陣が現れた。


「青と緑のシェールストーンの合成術よ。水を空気の膜でコーティングして自在に操るの。もっとも、私の腕前では宙に浮かせるくらいがやっとだけど」

「よし、じゃあ、行くとするか。さっきまで水の中だったんだ。かなりぬかるんでるから、足をとられるなよ」


 すでに見慣れた光景なのだろう。おじさんは別段驚くことなく、池の底に現れた魔法陣へと進んでいく。

 アタシとヒサメさんは、足元に気をつけながらおじさんのあとを追いかける。


「うわー。変な感じ」


 アタシは上を見た。水の下を歩くなんて妙な感じだ。水面から差し込んだ光が、キラキラと幻想的な風景を創り出している。


「そういえばヒサメさん、アタシたちが魔法陣に入ったら、この水はどうなるの?」

「私の術の射程範囲から外れて、自動的に元の水に戻るわ。私の術の射程範囲は、せいぜい50メートルといったところだから」

「てことは、少なくとも50メートル以上は潜るんだ」

「ええ。最下層はすり鉢状になっているの。そこの中心、つまり最下層の最深部に、ある幻獣が封印されてるの。姉さんの仕事は、その幻獣を監視すること。

 そして義兄にいさんがしていた仕事は……」

「なにモタモタ歩いてるんだ。そろそろ入るぞ」


 いつの間にか魔法陣の目の前でまっているおじさんの声で、ヒサメさんの話はなかば強引に打ち切られた。


「おじさん、歩くの早過ぎだよ!」

「お前たちがおそいんだろ?」

「もー、おじさんには、てんでレディーファーストの精神がないんだから!

 そんなんじゃモテないよ!!」

「ふふ、言えてるわ」


 アタシとヒサメさんは、憎まれ口をたたきながら、でもしっかり歩くのを早めておじさんの待つ魔法陣へと向かい、そのまま3人とも魔法陣の中に吸い込まれていった。

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